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71_捜索に加えてもらえたけれど、気まずいです
しおりを挟むその日も京月はとても活況で、賑わっていた。
通りには笑い声が舞っていて、人通りは一時も絶えることはない。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
そんな中、私と鬼久頭代だけが、一言も言葉を交わさないまま、鬼峻隊の屯所に向かう。
――――鬼久頭代が、同行を許可してくれた。
許可がもらえた時は喜んだけれど、鬼久頭代と一緒に過ごす時間は、想像したとおり、気まずいものだった。
(浪健長老を頼ったこと、やっぱり怒ってるよね・・・・)
鬼久頭代の背中からは、拒絶が伝わってくる。一度も話しかけてくれないことが、その証明だ。私も声をかける勇気を持てずにいた。
屯所の門をくぐると、威勢のいい声が聞こえてきた。隊士達が庭で、竹刀を振っているようだ。
「おはようございます、頭首!」
鬼久頭代の姿を見つけると、隊士達は腕を止め、集まってくる。
「おはよー、燿茜」
近づいてきた久宮隊長が、私を見て首を傾げる。
「あれ、逸禾ちゃん。なんで一緒に?」
「御嶌はしばらくの間、一緒に行動することになった」
「へ?」
「詳しいことは後で話す」
隊士達を前庭に集め、鬼久頭代と久宮隊長はその日の見回りの班分けや順路について話をする。
私は邪魔にならないよう、遠くからその様子を見守っていた。
「・・・・!」
ぼんやりと視線を屋根に向けたところで、屋根から顔を出している誰かと目が合う。
(夜堵! )
夜堵は私に手を振ってから、屋根の向こう側に姿を消してしまう。
「鐘達が京月に戻ってきているという情報がある」
夜堵に気を取られている間に、鬼久頭代の話は、鐘達のことに及んでいた。
「仕事は山積みだが、まずは鐘達の捕縛を最優先事項とする。先代御主の暗殺に関わった鬼だ。必ず捕まえなければならない。次は、絶対に逃がすな」
「はい!」
「話は以上だ。各自持ち場に行け」
隊士達が散っていく。隊士達が出ていくと、広すぎる庭が寂しく見えた。
「・・・・御嶌」
「は、はい!」
唐突に名前を呼ばれて、私は跳び上がっていた。
「夜堵に、降りてくるように言ってくれ。誰が声をかけても、屋根から降りてこようとしない」
「わかりました。夜堵! 降りてきて!」
私は両腕を大きく上に突き上げて、屋根に向かって叫ぶ。
夜堵は渋々といった態度だったものの、屋根から降りてきてくれた。
「おお、久芽里の猫ちゃんは、逸禾ちゃんの指示には、素直に従うんだな。意外に可愛いじゃん」
「・・・・・・・・」
くつくつと笑っている久宮隊長を見て、夜堵が殺気立つ。
「俺達が呼んだ時も、今みたいに大人しく降りてきてくれない?」
「やだ」
「そ、そんなこと言わないでさー。お茶を用意するからー」
「やだ。ここの茶はまずいし」
二人のやりとりを聞いて、笑ってしまった。
夜堵と久宮隊長達は、少なくとも軽口を叩ける程度には、お互いをよく知っているらしい。夜堵も久宮隊長も、石積戦争に参戦していたことを考えると、顔見知りだとしても不思議じゃない。
実際に、気が置けない間柄のようだ。といっても、仲良しと言えるほどの距離感でもない。不思議な関係だった。
鬼久頭代は、屯所の中に入っていった。私は、鬼久頭代を追いかける。
「・・・・鬼久頭代。一つ、質問があります」
「なんだ?」
「護衛が必要ということでしたが、犯人に心当たりはあるんですか? 浪健長老の口ぶりからすると、すでに目をつけている人がいるようでしたが」
「浪健長老が大げさに言っただけで、護衛など必要ない。問題は、とっくに解決している」
「解決しているのなら、あの場で浪健長老が、護衛が必要だと言い出すとは思えません。事情を、把握しておきたいんです」
鬼久頭代は、また溜息を零した。
「・・・・俺が鬼久の頭代になることを認めず、自分こそが頭代に相応しいと言いだした人物がいた。ただ、それだけのことだ」
どの家でも、跡目争いは起こっているらしい。
(御三家は名門だから、跡目の問題は大きいんだろうな)
御三家は力のある家柄、一族は何百人もいる。頭代になることで、手に入れるものは大きいだろう。
実際、鬼久頭代は、その気になれば、刑門部卿の立場を手に入れることができた。七門部省の代表になれば、その先には長老の座が控えているのだから、喉から手が出るほど欲しがるのも、無理はないと思う。
「あの場では浪健長老の顔を立て、護衛の話を受けいれたが――――お前がなにかをする必要はない」
(・・・・浪健長老の顔を立ててたっけ? )
顔を立てるどころか、全力で面目を潰しにかかっていた気がしたけれど――――今は黙っておこう。
「・・・・さっきから、何の話をしてるの?」
事情を知らない夜堵達が、説明を求めてくる。
「ごめん、後で説明する」
「何が起ころうとも、鬼久の問題は、鬼久が解決する。だから、何もするな。俺についてまわるのが面倒なら、帰ってくれて構わない。浪健長老には、御嶌が無事、役目を終えたと伝えておく」
「・・・・私は、任された役目を遂行したいと思います」
「・・・・はっきりと言わなければわからないようだな」
鬼久頭代は足を止め、ようやく私を見てくれる。
――――だけど、その瞳には冷たい色が浮かんでいた。
「人間は、足手まといだ。壊れやすくて扱いに困る」
「・・・・鬼から見ると弱く見えるかもしれませんが、人間だって、そんなに簡単に死ぬわけじゃありません」
「だったら、倒壊する家屋の中にいても、無傷でいられるか?」
「その状況じゃ鬼でも、無傷ではいられないはずです!」
「明獅が一度、家ごと潰されたことがあったが、元気に這い出してきた」
「・・・・・・・・」
「鬼に殴られ、蹴られれば、人間の骨は砕け、内臓は潰れる。・・・・それだけ、鬼と戦うことは、人間にとっては危険なことだ」
鬼久頭代の言葉には重みがあり、私は反論の言葉を摘まれてしまう。
――――でも、諦めるわけにはいかなかった。
「・・・・鬼久頭代が仰る通り、頭代は自分の問題を、自分の力で解決できるし、そんな鬼久頭代から見て、私は弱くて、足手纏いでしかないのでしょう」
「・・・・・・・・」
「ですから、弱いだけの存在ではないことを、証明したいと思います」
少しの間、私と鬼久頭代は睨み合った。
――――鬼久頭代の眼差しは強くて、直視することが怖い。
でも睨み合いに負けると、護衛という役目を取り上げられることになりそうな予感がしていたから、視線は絶対に逸らさなかった。
「・・・・わかった」
鬼久頭代は溜息と一緒に、そんな言葉を吐きだした。
「だが、一緒に行動するならば、こちらの指示には従ってもらう」
「もちろん、そのつもりです」
「そういえば聞いていなかったが、桜女中の仕事はどうなっている?」
「足を怪我した時に、仕事を変わってもらった人に、引き続きお願いしていますから、心配ありません」
「そうか」
「それで、私は今から、何をすれば――――」
「屯所で待機だ」
「え?」
「鐘達の情報が集まらない限りは、動きようがない。だから情報が集まるまで、お前はここにいろ」
「・・・・・・・・」
夜堵の表情が険しくなっていることに気づいた。
鐘達と聞いて、ある程度事情を察したのだろう。
「夜堵」
鬼久頭代の視線は私から外れ、夜堵に向かう。
「今、久芽里衆も、鐘達の捜索をしているはずだ。お前も御嶌のことは心配せず、久芽里衆と合流して、鐘達の情報を捜せ」
「・・・・・・・・」
夜堵の視線を、横顔に感じた。岩蝉を捕まえる時に無茶をしてしまったせいで、最近はあんまり信頼してもらえていない。
「行って、夜堵。私は屯所にいるから」
「・・・・わかった」
夜堵は庭に飛び下りて、塀を跳び越え、姿を消してしまう。
「待機している間、私は何をすればいいんでしょうか?」
「何もする必要はない」
「・・・・・・・・」
「ゆっくりしてて、逸禾ちゃん」
鬼久頭代と久宮隊長は座敷に入っていって、襖は閉じられた。
胃にわずかな痛みを感じながら、うまく言葉では言い表せない虚無感を抱え、私は庭のほうへ戻っていった。
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