鬼の花嫁

炭田おと

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72_戦争の記憶_燿茜視点

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「・・・・それで、逸禾ちゃんを捜査に同行させることになったのか」

 まだ早朝で、西に面したこの座敷は薄暗い。そのせいか、翔肇の顔は雲って見えた。

「まさか逸禾ちゃんに、そんな過去があったなんて・・・・」

「・・・・・・・・」

 御嶌に関しては、前々から、不審に思うところはあった。

 鬼道を極めていることや、襲撃に巻き込まれた時の冷静さ、時々見せる暗い表情。――――過去の不幸な経験を経て、御嶌が自分の身を守るために戦う力を身につけようとした結果なら、納得できる。


 いや――――それらの技能や冷静さは、本人が望んでというよりは、追いつめられる形で身につけたものなのかもしれなかった。


 御嶌が持っている鬼道の技能は、あの若さにしては高すぎる。しかも誰かに教えられたわけではなく、独自に勉強したという。あの域に達するには、ほとんどの時間を、鬼道の勉強に費やさなければならなかったはずだ。

 ただ好きだから、興味があるから、という理由だけで、あそこまで極めたとは考えにくい。


 ――――御嶌が無意識のうちに、゛生死の境に立たされても、生き延びられる方法゛を探し求めて、そこに行き着いたのだとしたら。


(だとすれば・・・・)


 鐘達を自分の手で捕まえることに執着しているのも、御嶌が無意識のうちに、そうしなければならないと思い込んでいるからなのかもしれなかった。


 だが、同情で判断を鈍らせてはいけない。


「それで、逸禾ちゃんのことはどうするつもり?」

「屯所に留め置いておく」

「それで納得してくれるかな?」

「浪健長老から、御嶌の処遇を一任されている。同行中は、俺の命令に従うことを御嶌も了承した。・・・・それよりも翔肇、目撃情報の中から、気になるものを隊士達にまとめさせたが、字が汚くて読めない。手伝ってくれ」

 隊士達が持ってきた書付を、翔肇のほうに突き出したが、翔肇は受け取ろうとせずに、俺の前に胡坐をかいた。

「それにしても、逸禾ちゃんに冷たすぎじゃない?」

「・・・・・・・・」

「逸禾ちゃんが、危険を顧みずに動いていることに怒ったのはわかるけど、もうちょっと優しくしてあげないと、嫌われるよ」

「遠ざけるためにやっているのに、好かれてどうする?」

 翔肇は眉を顰める。

「鬼峻隊から遠ざけるために、わざと嫌われようとしてるわけ?」

「そのほうが、御嶌のためになる。――――岩蝉の時も思ったが、御嶌には、危機感が足りない。鬼の一撃で、命を落とすことになると、本当の意味でわかっていないのかもしれない」

「確かにその点は不安だけど・・・・わざわざ自分から嫌われることはないだろ。後で寂しがることになるぞー」

「誰が寂しがると?」

 睨んだが、翔肇は笑いを堪えるだけだった。

「そこまで深刻に考えなくても、大丈夫だよ。鐘達を捕まえるまで、俺か燿茜が、守ってあげればいいだけじゃん。それで鐘達を捕縛できたら、逸禾ちゃんは無事、過去の呪縛から解放されるんだ」


「そう簡単な話じゃない。庇いきれなかった場合は、どうなると思う? ・・・・石積いしづみ戦争で、人間の脆さはお前も思い知ったはず」


 俺の言葉で、翔肇の顔から笑顔が消える。

「・・・・石積戦争か。あれは本当に――――嫌な記憶だよな」


 石積戦争では、鬼も人間も参戦したが、どちらも数えきれないほど死んでいった。

 特に、人間側の被害は甚大だった。鬼は数は少ないが頑丈なので、砲弾や銃弾の雨が降る中を走らされても、死ぬ者は少なかったが、人間は違う。

 銃弾の雨に打たれてばたばたと倒れていって、そのまま、最期の言葉すら残せずに、死んでいった。


 ――――あの戦で、鬼が頑丈なことと、人間が脆いことを、嫌というほど思い知らされた。


「・・・・仲良くなった奴が、次の日には死んでいる。そんなことが、よくあったな。あの時はさすがに俺も、かなりまいったよ。最初は数年で終わるだろうと思っていた戦が、どんどん長引いていったから、余計に・・・・」

 翔肇は話の途中で声を淀ませ、言葉を切ると、悪夢の余韻を醒まそうとするように、頭を横に振った。

「やめよう、この話は。・・・・俺は一体、何の話をしてるんだ・・・・」

「明獅の前では、石積戦争の話はするな。・・・・本人は傷を自覚していないが、あの時負わされた傷跡は、間違いなく残ってる」

「・・・・あの戦争で、明獅の友達が大勢死んだからな」

 翔肇の表情は暗かったが、一息ついて、気持ちに区切りをつけたようだ。

 俺も頭を切り換える。


「――――そういえばあいつから、連絡はあったか?」


 翔肇の表情が引き締まる。

「順調みたいだよ。標的は、かなり苛立ってるみたいだ。゛もうすぐ、何かしらの動きを見せるだろう゛、だってさ」

「そうか。・・・・なら、そちらの問題はあいつに任せて、俺達は鐘達の捜索に集中しよう」

「ああ、そうだな。じゃ、燿茜は、今日は一日、屯所にいるんだよな?」

「そうするしかない。・・・・書かなきゃならない捕物帳とりものちょうも、残っている」

「そうだな、ちょうどよかったと思うよ。今日は、帳付ちょうづけの子が休みでさ。だから仕事が溜まってるんだよ」

 翔肇は座敷を出ていくと、帳簿を抱えて戻ってきた。翔肇の顔が見えないほど積み上げられた帳簿を見て、俺は溜息を零さずにはいられなかった。

「・・・・どうして、そんなに多い?」

「いつもこれぐらいだって。一日に、どれだけ捕まえてると思ってるの。燿茜のところに持っていくのは一部だから、知らなかっただろ? いつもは帳付けの子が、頑張ってこなしてくれてるんだよ」

「隊士を呼び戻して――――」

「そもそも、まともな文字を書ける隊士が少ない件」

「・・・・・・・・」

「あ、そうだ! 逸禾ちゃんが手伝ってくれないかな。あの子、字が綺麗だし」

「おい、待て・・・・」

 俺の制止の声も聞かずに、翔肇は廊下に出ていった。

「あ、逸禾ちゃん、頼みたいことがあるんだけど」

「何でしょう」

「これ、お願いできないかな」

 二人の話し声が聞こえてくる。

 しばらくして戻ってきた翔肇の後ろには、御嶌がいた。

「今、人手が足りなくて困ってるんだ。この書付かきつけに書かれてあることを、この帳簿にまとめてほしい。字が汚くて読みにくいと思うけど・・・・」

「大丈夫です。なんとか読めます」

「ここに名前を書いて、ここに罪状を書いてほしいんだ。・・・・頼めるかな?」

「はい、お安い御用です」

「ありがとう、助かるよ!」

「開いてる部屋があるから、こっちに来て」

「はい」

 御嶌と翔肇は、空き部屋に向かった。

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