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80_驕り_燿茜視点_後半
しおりを挟む「・・・・貴様、何を言っている?」
「いえ、すみません。叔父上には関係のない話です」
「貴様は・・・・どこまで・・・・!」
漲る怒りの力で震える手が、盃を割り、零れた酒が畳に染み込んでいく。
「人には、分というものがあります、叔父上。俺は頭代に押され、協力してくれた人が多数いましたが、あなたを押す者がいなかった。――――闇社会と繋がりがある男を、頭代に推せるはずがない。あなたが鬼久の名前をちらつかせて、各所に圧力をかけることで、一族の名誉が傷つけられたと憤る者も、少なくなかったのですよ」
「言わせておけば・・・・! 若造が! 貴様よりも、何百年も長く生きているこの私に、図々しくも意見するつもりか!?」
「年上だから、意見をすべて丸のみにしろというのも暴論だ。尊敬できる年長者ならば、喜んで従うが、そうではないから、俺とあなたは決裂した」
「どこまでも・・・・それ以上の侮辱は許さんぞ!」
ようやく言葉を交わすことが無駄だと気づいたのだろう、叔父は盃の破片を投げ捨てる。そして脇に置いていた刀をつかみながら立ち上がると、刃を抜いた。
「お前は確かに強い鬼だ。だが、動きを封じられた状況で、どうにかなると? それはあまりに奢っているぞ!」
「俺は奢ってなどいませんよ、叔父上。――――奢っているのは、あなただ」
「奢っているだと? 俺が?」
叔父上は、馬鹿にするように笑う。
「今この瞬間、俺の反撃を予想していないのは、間違いなくあなたの驕りだ」
「お前の反撃だと?」
叔父は一瞬、訝しむ顔をしたが、すぐに俺の虚勢に過ぎないと、その言葉を切り捨てたようだった。
「動けもしないのに、偉そうに――――おい、早くこいつを斬れ! お前達の敵を、斬り捨てるのだ!」
「・・・・御意」
俺を取り囲んだ鬼達は、刀の柄を強く握りしめ、俺に近づいてきた。
そして、抜刀された剣が交錯する。
――――だがその切っ先のいくつかは、俺ではなく、山高組の鬼に向けられていた。
「なっ・・・・!?」
叔父の狼狽の声に、斬られていく鬼達の悲鳴が重なった。
山高組の鬼達は、ばたばたと倒れていく。
「貴様ら、何をしている!?」
倒れた鬼達に取り囲まれて、叔父は取り乱していた。
「諫音! 貴様まで・・・・!」
「・・・・察しが悪い」
刀の血を振り払いながら、煩わしそうに諫音は呟く。
「血迷ったのか!?」
「血迷う? ・・・・まさか、俺はいたって冷静だ」
叔父に焼けつくような怒りを向けられても、諫音はまったく表情を動かさなかった。
「敵を斬れと言われたから、俺の敵を斬ったまでだ」
「何だと・・・・!」
「悪いな。――――俺達ははじめから、こっち側の鬼なんでね」
「・・・・っ!」
叔父は瞠目し、凍り付く。
「はじめから山高組の中に、隊士をまぎれこませていたのか!」
俺に近づくと、諫音はおもむろに刀を振り下ろす。
形代は俺の背中に張り付けられていたらしく、その一刀で俺の身体は自由になった。
「頭首! 隣の部屋に隠れていた鬼道師を捕まえました!」
隊士が、座敷に駆け込んできた。
「ご苦労だった」
報告を聞きながら、俺は立ち上がる。
「・・・・!」
叔父が動こうとする。考えるより先に身体が動いて、抜刀していた。
「大人しくしてください、叔父上」
「・・・・!」
ふり向こうとした叔父の首に、刃を押し当てる。叔父は、銅像のように凍り付いていた。
「あなたがこちらの動きを探っていたように、こちらもあなたの動きを探っていたとは思わなかったんですか? 頭代になって間もない、この忙しい時期に、しつこく命を狙ってくる輩がいるのは煩わしい。・・・・だから俺が、あなたが罠にはまってくれるのを待っているとは、思わなかったんですか?」
「・・・・・・・・」
「頭首!」
念のために、外で待機していた隊士も、座敷の中に入ってきた。
「山高組の連中を、全員捕縛しました!」
「なっ・・・・!」
叔父の目が、また驚きで見張られた。
「どうして・・・・」
「叔父上と山高組が結託していることは、はじめからわかっていたこと。山高組の人間を一人でも取り逃がせば、その人間がまた組織を再建し、トカゲの尻尾きりになってしまう。だから、山高組と叔父上を、まとめて潰せる瞬間を待っていた」
叔父の瞼は、さらに上がっていった。唇を金魚のように動かし、震える指先で、俺を差す。
「・・・・もしかして、今まで私達のところに流れてきていた鬼峻隊の情報は・・・・その情報のおかげで、捕まらずにいられたのは・・・・」
「俺が隊士に指示して、情報を流していた。あなたに動いてもらい、一網打尽にするために」
「・・・・!」
滑稽だ。叔父は俺の動きも多少は警戒しつつ、今日、料亭に呼び出したのだろうと考えていたが――――まさか、無策だったとは。
俺からすれば、この計画は杜撰すぎたが、叔父はそれでも成功すると思っていたのだろう。ある意味で、俺も意表を突かれた。
おかしくなって、俺は気づけば、笑っていた。
俺の顔を見て、叔父の表情が、驚愕から怒りに代わっていく。
「俺には、他にもしなければならないことが山ほどある。だから、この問題を長期化させたくなかった。・・・・叔父上が早めに動いてくれて、助かりました」
「貴様ぁっ!」
俺はあえて動かず、刀の動きに注目した。
叔父は刀を振り上げようとして、閃光が飛び魚のように縦に伸びる。
少し体を手前に引くだけで、その一刀は簡単に避けることができた。
刀の閃光をやりすごし、前に踏みだして、手足のばねで、刀を勢いよく突きだす。
「ぐっ・・・・!」
刃が、叔父の肩を貫いて、柱に突き刺さった。
「がっ・・・・はっ・・・・」
叔父の手から、刀が滑り落ち、床で音をたてる。
「・・・・諦めが悪い」
もはや、言葉をかける気すら、起こらなかった。痛みで泣きそうになっている叔父の顔を一瞥して、すぐに背中を向けた。
「手当てをしてから、獄舎へ連れていけ」
「はい!」
隊士達に背中を向けて、俺は歩きだした。
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