鬼の花嫁

炭田おと

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79_驕り_燿茜視点_前半

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「今日はお招きいただき、ありがとうございます、叔父上」

 俺が食膳に置かれていた盃を持ちあげると、叔父は薄く笑った。

 都で一番賑わっているだけあって、その料亭の雰囲気と、出される料理もすべて、一級品だった。

「感謝したいのはこちらだ、燿茜。今日はよく来てくれた」

 向かいに座る叔父は、にこやかに笑っていた。

「まさか、お前が誘いを受けてくれるとは思わなかった。・・・・俺達の間には、色々あったからな」

「過去のことです。こうして食事の場を設けたのは、俺を頭代と認め関係を修復するためですよね?」

「・・・・そうだ」

 叔父は笑ってはいるが、こめかみのあたりに隠しきれない苛立ちが見えていて、俺は笑いを噛み殺す。

「ここの懐石料理は絶品だ。お前も食べてみるといい」

「ええ、そうします」

 勧められるまま、刺身を口に運んでみたが、味を感じない。

(食事の味は、相手で決まるものだな)

 叔父はどうだろうか。盃を勢いよく煽って、流し込むように酒を飲んでいるところを見ると、叔父も食事を楽しんでいるようには見えなかった。


「・・・・それで、燿茜」

 盃を置いて、叔父が俺を見据える。


「本当にお前は、このまま頭代を続けるつもりなのか?」


「もちろんです。どうして今さら、そんなことを?」

「以前のお前は、頭代の地位を欲しがっているようには見えなかった。・・・・なのになぜか、先代の隠居後、名乗りをあげて、私から頭代の座をかっさらっていった。まったく、あの時はまいったよ・・・・」

 かっさらうもなにも、順当にいけば、俺が頭代になるはずだった。なのに叔父のほうには、自分が割り込んできたという意識はないらしい。

 だが、叔父の言うことも、すべてが間違いじゃない。俺はある時まで、頭代になるつもりなど、さらさらなかった。叔父がその地位を欲しがるなら、くれてやると思っていたほどだ。叔父は、俺のその関心のなさを見抜き、頭代の座をやすやすと手に入れられると誤解したのだろう。

「どうしてだ、燿茜。どうして突然、お前は頭代の地位を欲しがった?」

「そうですね・・・・」

 俺も食膳に盃を置いて、叔父を見据える。


「確かに昔、俺は、頭代という地位にはあまり興味がありませんでした。ですが、今は違います。――――今は、ある目的のために、頭代という地位が必要だ。頭代や、鬼峻隊の頭首が持つ、権力が」


「目的?」

「それについては、語るつもりはありません」

 すげなく言い放つと、叔父の口がへの字に曲がった。

「語る必要などないでしょう。俺は頭代になることを決め、まわりの承認を得て、そうなっただけです」

「だが、そうなると、俺はどうなる? 俺は長い間、頭代になることを目指してきたんだぞ!」

「知りません」

「・・・・っ」

 叔父は絶句して、大きく口を開けたまま、黙ってしまった。

「それは、あなたの都合だ。俺は、俺の都合を優先したまで。それに前にも言いましたが、俺が頭代になることが決まった時、鬼久の誰も、あなたの名前を出さなかった。一族に認められない者は、代表には相応しくありません」

 以前にも言ったことなのに、叔父はここでもまた、驚きから怒りへ、顔芸のような表情の変化を見せた。

「それで、今日のご用件は? また同じやり取りを繰り返すだけならば、時間の無駄なので、帰らせてもらいます」

「・・・・そうか」

 叔父はなぜか、俺を引き止めようとせず、ただただ酒を呷っていた。


 ――――襖の向こうで、何者かが動く気配を感じたのは、その時だった。


 脇に置いていた刀と脇差を手に取る。


「客人がお帰りになるらしい! もてなしてやれ!」


 そして叔父のその言葉で、座敷の中に鬼達が雪崩れ込んでくる。


「死ね!」

 ――――背後から、側面から、襖を蹴倒して現れた鬼達は、刀を振りかざしていた。


 片膝を立て、振り返らないまま肘を上げ、刃を後ろに突き出す。


 もう一方の手で脇差を抜き放ち、頭上に振り下ろされようとしていた刃を受け止めていた。


「ぐっ・・・・!」

 確かな手応えを感じる。


 血に濡れた刀身を縦に振り下ろし、十字を切る。背後と側面の鬼を仕留め、膝をついたまま、身体を反転させた。草を刈り取るように刃を低く払って、後ろに控えていた鬼の足首を切り裂く。


「うぎゃああ!」

 鬼達は倒れ、傷口を押さえて蹲った。

「・・・・!」


 だが次の瞬間、欄間の隙間から、白い何かが、大量に舞い落ちる。


 風に絡めとられた花弁のようなそれが、形代だと気づき、切り裂くために刀を振るう。


 だが、数が多すぎた。


 逃した形代が身体のどこかに張り付いたらしく、身体が動かなくなる。


「ははは! さすがにお前でも、すべてを払い落とすことはできなかったか!」

 動けなくなった俺を見て、叔父は笑い声を散らし、膝を叩いた。

「お前がいくら強くとも、鬼道で動きを止められてしまえば、ひとたまりもないだろう」

「・・・・・・・・」

「罠にかかったぞ! 入れ!」


 叔父がまき散らした怒声に重なる形で、襖が勢いよく開け放たれ、大勢の男達が勢いよく座敷の中に雪崩れ込んできた。屏風は倒され、食膳は引っくり返る。

 男達の中には、諫音の姿も混じっていた。


「お呼びですか、荊高けいこう様」

 叔父と繋がりがある、山高組の鬼だろう。

「――――この男を殺せ!」

「いいんですか? 本当にここでやっちまって・・・・」

「構わん! 驕り高ぶり、大勢の人間から恨みを買ってきた男だ。動機がある鬼なら、山ほどいる!」

「だけど、あなたに嫌疑がかかるでしょう?」

「そいつの心臓を貫いた剣で、私の肩を斬れ」

 叔父の安易な考えに、思わず笑い声が零れた。

 叔父の目つきが、さらに険しくなる。

「・・・・なにがおかしい?」

「驚くほど浅い考えだ。そんな雑な偽装で、鬼峻隊を騙せるとでも? 刑門部の諒影も、それを見落とすほど愚かではありませんよ」

「浅い考えで結構、疑われても構わん。ようは、決定的な証拠さえ出てこなければいい。私でも、圧力をかけることはできる。言い逃れできないほどの証拠が出なければ、鬼峻隊も刑門部も、私に手出しできない」

 それも、一理ある。

 叔父が山高組と繋がっていることは明らかなのに、捕まえられなかったのは、決定的な証拠がつかめなかったからだ。

 頭代ではないとはいえ、鬼久の権威を笠に着て、圧力をかけてくる叔父に、手出しがしにくかったという側面もある。


「・・・・ずいぶんと落ち着いているな、燿茜」


 叔父上は、俺の落ち着きはらった様子が気に食わないらしい。


「助けを期待しているのか? だが、それは無駄なことだ。この周辺に鬼峻隊の隊士がいないことは、何度も確かめた。たとえお前の助けを求める声を、隊士が聞いたとしても、間に合うはずがない」

「・・・・・・・・」

「――――さあ、年貢の納め時だぞ、燿茜」

 膝を崩して、叔父は低い笑い声を零す。

「散々私を侮辱してきたお前に、相応しい末路だな。・・・・今、どんな気分だ? 何を考えている? 思っていることを言ってみろ」

「・・・・・・・・」

「言葉も出ないか?」


「いえ。・・・・確かに鬼道も使い方によっては、鬼に対抗できると考えていました」


「何・・・・?」

 考えていたことをそのまま言うと、叔父の顔が面白いほど一変した。

「ある者が、鬼道ならば使い方を工夫すれば、鬼にも対抗できると言いました。俺は無謀だと思ったが、今までのことを思えば、あの者の言葉は正しかったのかもしれない。・・・・視野が狭まっていたのは、俺のほうかもしれないな」


 前回の襲撃で、御嶌は俺を助けてくれた。御嶌がいなくても切り抜けられただろうが、御嶌がいたことで、決着が早まったのは確かだ。


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