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78_まかれてしまいました
しおりを挟む「引き離された・・・・」
――――鬼久頭代の姿を見失って、私は通りに立ち尽くし、呆然と呟くしかなかった。
私の目からは、鬼久頭代の姿は突然消えたように見えた。鬼が本気を出したら、人間の脚力ではどう足掻いても追いつけない。
(だけどこっちも、手は打ってある)
私は袖の中から、形代を取りだした。
形代は、半分に千切られてある。
――――もう半分はあらかじめ、鬼久頭代の背中に張りつけてあった。
鬼久頭代がまだ、術が及ぶ範囲内に留まっているのなら、形代は、残り半分のもとへ飛んでいくはずだった。
(どうかまだ、範囲内にいて)
願いながら息を吹きかけると、半分に千切られた形代は、見えない糸で引っ張られるように、ふわりと浮かび上がる。
私は、形代を追いかけた。
形代を追いかけていると、いつの間にか繁華街に入っていた。日も暮れはじめて、赤い格子窓の奥に行灯の明かりが灯る。
形代を追ううちに、人通りは少なくなっていった。
柳に彩られた川を挟んで、古い建物が並んでいる。趣がある二階建ての建物は、どれも料亭に見えた。人通りが少なくなったのは、お金持ちしか来ない区域に、足を踏み入れてしまったからなのだろう。
形代は、その旅館の一つに入っていった。
鬼久頭代は、ここで誰と会うつもりなのだろうか。彼が命を狙われている状況で、誰かと呑気に食事をするとは思えない。
高級そうな店だ。おそらく、一見の客は入れない店なのだろう。ここで待つしかないと腹を決めて、私は待機できる場所を捜して、路地の中に入ろうとした。
「・・・・!」
だけど、路地の中には先客がいた。
彼らの胡乱な風体に危機感が働いて、私はとっさに、角に身を隠す。
「この中に、鬼久燿茜がいるのか?」
鬼久頭代の名前を聞いて、息が止まる。
「いつ、仕掛ける?」
「合図を待て」
「じれったいことだな」
(この人達、鬼久頭代を襲うつもりなの?)
男達の会話から、男達が鬼久頭代の命を狙ったことがわかった。
路地の反対側から、新たな男が現れた。
「おい、雇い主から、合図があったぞ」
新たに現れた人物も、胡乱な男達の仲間だったようだ。
「ようやくか」
「鬼久燿茜は、二階にいる。向かいの部屋に潜んで、待機しろということだ」
「わかったよ」
座り込んでいた男も立ち上がり、ぞろぞろと動きだした。
「待て。半数は鬼久家に行け」
「なんだよ」
「暗殺が失敗した時の保険だ。鬼久の暗殺に失敗した時のために、鬼久の妻をさらいにいくぞ」
また、呼吸が止まった。額に汗が浮かび、前髪が濡れていく。
「妻? 鬼久燿茜は、まだ結婚していないはずだが・・・・」
「先代の妻だ。先代は隠居しているが、今は、妻だけが鬼久の屋敷に戻っているらしい。夜に一人で買い物に行く予定だから、その時が狙い目だろう」
「・・・・・・・・」
「まったく、人使いが荒いことだな」
「愚痴を言っている暇はないぞ。お頭の命令は絶対だ。行け」
男達は二手に分かれ、半数は異常な跳躍力で、階段を使わずに二階まで駆けあがり、残りは通りに出ていった。
どうするべき? どちらを追えばいいのか、私は迷う。私の役目は、鬼久頭代を守ることだけれど、奥様の誘拐が企てられていると知った今、見過ごすことはできない。
(・・・・鬼久頭代ならきっと、自分の身を守れるはずだ。――――だったら今、私が加勢すべきなのは、鬼久頭代じゃない)
この前の襲撃でも、鬼久頭代には余裕があった。私がいなくても、襲撃者をすべて仕留めたうえで、鬼道師を捕えに行くこともできたはずだ。
だったら私は、より窮地に立たされているほうへ、加勢すべきだと思えた。
(でも、鬼とどう戦えば・・・・)
鬼峻隊の屯所まで、助けを呼びに行く余裕はない。なによりも、あの鬼に気づかれてしまう。形代を飛ばせば――――でも、隊士が形代に気づいてくれるかどうか、確証はなかった。
(考えていても仕方がない。今はやるしかないんだから)
私は深呼吸して、覚悟を決めた。
(夜堵が屯所に残っていることに、期待するしかない)
ポケットから取り出した形代に息を吹きかける。形代はふっと浮かびあがり、空に昇って、屋根の向こう側に消えた。
そして、通りに出て、通行人を装い、鬼達のあとを追跡した。
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