鬼の花嫁

炭田おと

文字の大きさ
80 / 86

78_まかれてしまいました

しおりを挟む


「引き離された・・・・」


 ――――鬼久頭代の姿を見失って、私は通りに立ち尽くし、呆然と呟くしかなかった。

 私の目からは、鬼久頭代の姿は突然消えたように見えた。鬼が本気を出したら、人間の脚力ではどう足掻いても追いつけない。

(だけどこっちも、手は打ってある)

 私は袖の中から、形代を取りだした。


 形代は、半分に千切られてある。


 ――――もう半分はあらかじめ、鬼久頭代の背中に張りつけてあった。


 鬼久頭代がまだ、術が及ぶ範囲内に留まっているのなら、形代は、残り半分のもとへ飛んでいくはずだった。

(どうかまだ、範囲内にいて)

 願いながら息を吹きかけると、半分に千切られた形代は、見えない糸で引っ張られるように、ふわりと浮かび上がる。


 私は、形代を追いかけた。


 形代を追いかけていると、いつの間にか繁華街に入っていた。日も暮れはじめて、赤い格子窓の奥に行灯の明かりが灯る。

 形代を追ううちに、人通りは少なくなっていった。

 柳に彩られた川を挟んで、古い建物が並んでいる。趣がある二階建ての建物は、どれも料亭に見えた。人通りが少なくなったのは、お金持ちしか来ない区域に、足を踏み入れてしまったからなのだろう。

 形代は、その旅館の一つに入っていった。

 鬼久頭代は、ここで誰と会うつもりなのだろうか。彼が命を狙われている状況で、誰かと呑気に食事をするとは思えない。

 高級そうな店だ。おそらく、一見いちげんの客は入れない店なのだろう。ここで待つしかないと腹を決めて、私は待機できる場所を捜して、路地の中に入ろうとした。


「・・・・!」


 だけど、路地の中には先客がいた。


 彼らの胡乱な風体に危機感が働いて、私はとっさに、角に身を隠す。


「この中に、鬼久燿茜がいるのか?」

 鬼久頭代の名前を聞いて、息が止まる。

「いつ、仕掛ける?」

「合図を待て」

「じれったいことだな」


(この人達、鬼久頭代を襲うつもりなの?)


 男達の会話から、男達が鬼久頭代の命を狙ったことがわかった。


 路地の反対側から、新たな男が現れた。

「おい、雇い主から、合図があったぞ」

 新たに現れた人物も、胡乱な男達の仲間だったようだ。

「ようやくか」

「鬼久燿茜は、二階にいる。向かいの部屋に潜んで、待機しろということだ」

「わかったよ」

 座り込んでいた男も立ち上がり、ぞろぞろと動きだした。

「待て。半数は鬼久家に行け」

「なんだよ」


「暗殺が失敗した時の保険だ。鬼久の暗殺に失敗した時のために、鬼久の妻をさらいにいくぞ」


 また、呼吸が止まった。額に汗が浮かび、前髪が濡れていく。


「妻? 鬼久燿茜は、まだ結婚していないはずだが・・・・」

「先代の妻だ。先代は隠居しているが、今は、妻だけが鬼久の屋敷に戻っているらしい。夜に一人で買い物に行く予定だから、その時が狙い目だろう」

「・・・・・・・・」

「まったく、人使いが荒いことだな」

「愚痴を言っている暇はないぞ。お頭の命令は絶対だ。行け」

 男達は二手に分かれ、半数は異常な跳躍力で、階段を使わずに二階まで駆けあがり、残りは通りに出ていった。

 どうするべき? どちらを追えばいいのか、私は迷う。私の役目は、鬼久頭代を守ることだけれど、奥様の誘拐が企てられていると知った今、見過ごすことはできない。


(・・・・鬼久頭代ならきっと、自分の身を守れるはずだ。――――だったら今、私が加勢すべきなのは、鬼久頭代じゃない)


 この前の襲撃でも、鬼久頭代には余裕があった。私がいなくても、襲撃者をすべて仕留めたうえで、鬼道師を捕えに行くこともできたはずだ。


 だったら私は、より窮地に立たされているほうへ、加勢すべきだと思えた。


(でも、鬼とどう戦えば・・・・)

 鬼峻隊の屯所まで、助けを呼びに行く余裕はない。なによりも、あの鬼に気づかれてしまう。形代を飛ばせば――――でも、隊士が形代に気づいてくれるかどうか、確証はなかった。

(考えていても仕方がない。今はやるしかないんだから)

 私は深呼吸して、覚悟を決めた。

(夜堵が屯所に残っていることに、期待するしかない)

 ポケットから取り出した形代に息を吹きかける。形代はふっと浮かびあがり、空に昇って、屋根の向こう側に消えた。

 そして、通りに出て、通行人を装い、鬼達のあとを追跡した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...