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82_顔を見るなり逃げられた_燿茜視点
しおりを挟む「獄舎へ連れていけ」
「はい!」
山高組の鬼達は、隊士達に両脇を抱えられて、座敷から引きずりだされていった。
「これで、一安心だな」
翔肇と明獅が、座敷に入ってくる。
「そうだな・・・・」
「いいなー、俺も暴れたかったなー」
「また次があるから、そう拗ねるな」
一息ついて、翔肇は座敷の様子を見る。
「とはいえ――――料亭の人達には、迷惑をかけちゃったな」
捕り物劇のせいで、襖は倒れ、食膳は引っくり返り、座敷の中はひどく荒れていた。畳には酒が染み込み、表面には刀傷が残っている。
すべて、取り換えなければならないだろう。
「被害額を算出してもらおう。上に請求しておく」
「ちゃんと払ってくれるかな・・・・」
「山高組の主要な幹部を、捕らえることができたんだ。十分な成果のはずだ」
「二兎を追う者は一兎をも得ずと言うが、今回はうまくいったようだな」
諫音も座敷に戻ってきた。
翔肇が諫音に笑いかける。
「潜入捜査、ご苦労さん」
「・・・・ようやくこれで、顔を作らずにすむ」
諫音は深い深い息を吐きだして、肩を回す。諫音なりに潜入中は、悪人顔を作っていたつもりなのだろう。
「地顔がそもそも凶悪なんだし、別に演技する必要なかったんじゃね? つーか、山高組に入り込んでいる間も、お前、いつも通りに人相悪かったけど」
「うるせーぞ!」
いつも通り、明獅が余計なことを言って、諫音を怒らせていた。
「・・・・うまくいったのに、あんまり嬉しそうじゃないな」
翔肇に指摘されて、俺は顔を上げる。
「叔父の問題に区切りをつけられるとはいえ、これから報告や始末書の山と向かいあわなければならないと考えると、笑う気分にはなれないな」
「やる前から、わかってたことじゃん」
「もちろんだ。・・・・お前にとっても他人事じゃないぞ。今夜はお前にも、始末書の山に付き合ってもらう」
「げっ・・・・」
他人事だと思って薄ら笑いを浮かべていた翔肇が、今度は苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
「頭首! 大変です!」
一人の隊士が、慌てた様子で座敷に駆け込んでくる。
「どうした?」
「頭首の義母さんが、誘拐されそうになったそうです!」
「・・・・!」
空気が凍り付き、忙しく動き回っていた隊士達が、凍り付いたように動きを止める。
「燿茜、ここは俺達が何とかするから、お前は屋敷に戻れ」
「そうさせてもらう」
階段を降りる時間も惜しい。
俺は窓を開け放ち、道に飛び下りた。
「あら、お帰りなさい、燿茜さん」
――――急いで帰ったというのに、出迎えてくれた連子さんはいつも通り、朗らかな笑顔を浮かべていた。
「帰りが早くて助かるわ。こちらも色々大変だったの。さ、入って」
連子さんは俺の手を引き、屋敷の中に引き入れる。そのままぐいぐいと、居間のほうに俺を引っ張っていった。
「・・・・誘拐されかけたと聞きました」
「ええ、もう、びっくりしたわ!」
「・・・・・・・・」
間の抜けた答えに、肩の力が抜ける。
「出歩くときは護衛をつけてくださいと、言ったはずです」
「ごめんなさい、本当に反省してるのよ。・・・・でも、それ以上は言わないでちょうだい。あなたが来るまで、笠伎さんにずっと説教されてたんだから」
「怪我がないならば、何よりです」
「ええ、あなたがつけてくれた護衛のおかげで、無傷ですんだわ」
「護衛? それは、何の話――――」
――――血の匂いを嗅いで、言葉が途切れる。
「もしかして、怪我をしたんですか?」
連子さんの様子から、怪我をしていないと、勝手に判断していた。だが、血の匂いがするということは、負傷者がいるということだ。
「いえ、私は大丈夫よ。でも、私を庇って、あの子が怪我をしちゃったのよ」
ふう、と連子さんは息を吐く。
「燿茜さん、あの子、女の子なのにとっても度胸があるのね! 私と鬼の間に、割って入ってくるなんて、普通の女の子じゃ無理よ。それに、鬼道師だったなんて。あの若さで、あんな風に鬼道を使えるなんて、尊敬するわ」
連子さんは振り返って、明るく笑った。
「鬼道師? 待ってください、それは――――」
気づけば、居間の前にいた。連子さんは襖を開けて、中に入っていく。
中を覗き込むと、使用人に取り囲まれた女性の姿があった。怪我をしているのか、二の腕に布を当てている。
「御嶌さん、燿茜さんが戻ってきたわよ!」
連子さんが、御嶌の隣に正座する。
御嶌の腕に当てられた布には、赤い色が滲んでいた。――――俺が嗅いだ血の匂いは、御嶌の血だったようだ。
この状況と、さっきの連子さんの話を総合して、事態をおおよそ把握する。
「き、鬼久頭代!?」
ぼんやりしていた御嶌は、俺を見るなり慌てふためいて、卓に肘をぶつけていた。卓が揺れて、置かれていた茶器が倒れそうになる。
「まだ動いちゃ駄目よ!」
立ち上がろうとした御嶌の肩を、連子さんが押さえつけた。
「もうすぐ、笠伎さんが町医者を呼んできてくれるはずだから、じっとしていなさい」
「い、いえ、もう大丈夫ですから!」
御嶌はその手を振り払うと、突然走り出した。廊下に出る道を俺が塞いでいたからなのか、縁側から庭に飛び出して、下駄も履かずに逃げていく。
あまりにも清々しい逃げっぷりに、連子さん達は呆気にとられ、開いた口が塞がらないようだった。
「まったく・・・・」
人の顔を見るなり、逃げだすとは。勝手に行動したことを、責められると思ったのだろうか。
身を翻して、玄関に向かう。
「燿茜さん、どこに行くの!?」
「連れ戻してきます」
返事をしながら、外に出た。
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