鬼の花嫁

炭田おと

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84_報告_燿茜視点

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「御嶌逸禾を、捜索に加えることにしました」

 俺の報告を聞いた浪健長老は、目を丸くして、固まってしまった。

「御嶌逸禾を、捜索に加えることにしました」

「・・・・・・・・」

 聞こえなかったのかと思って、もう一度同じ台詞を繰りかえしたのに、また反応がなかった。

「・・・・聞いていますか? 浪健長老」

「あ、ああ、すまないな。・・・・あまりにも予想外だったから、少し、ぼんやりしてしまったんだ」

 ばつが悪そうに浪健長老は、顎髭を何度も撫でていた。

「そ、それで? 一体、何をどう間違って、そんな結論に到達したんだ?」

「なにも間違っていません。今回のことで、御嶌は自分の能力が、鬼にとってとても効果的であることを、自分の力で証明してみせました」

「確かに鬼道は有効な手段だが・・・・お前に彼女を預けたのは、彼女に鬼と戦うことが、いかに危険なことなのかを教えるためだぞ?」

「長老の意図はわかっています。俺も最初は、それに従うつもりでした。ですが今回のことで、俺も考えをあらためました。御嶌には確かに、鬼と戦う覚悟がある」

 虚を突かれたのか、浪健長老の目が見開かれる。

「・・・・そ、それは・・・・冗談ではないのか?」

「もちろんです。冗談など、時間の無駄でしょう」

 顔を上げ、浪健長老を見据える。睨んでいるつもりはないが、俺の視線に怯んだのか、浪健長老は目を伏せてしまった。

「その話が本当ならば・・・・いや、しかし・・・・鬼が相手なのだぞ?」

「今回のことで、御嶌が鬼を相手にどう戦うべきか、それを普段からよく考えていることがわかりました。人間よりも遥かに頑丈な鬼との戦い方を模索し、抗う術を習得しようと、努力してきたのでしょう。・・・・鬼に親を殺されたことが、意識の根底にあったからではないでしょうか」

「・・・・・・・・」

 ふむ、と浪健長老は唸る。

「だが、突然襲撃されて、準備もなしに戦わなければならなくなった場合はどうだ? どう足掻いたところで、人間では鬼の腕力や脚力にはかなわんのだぞ」

「確かに、御嶌の腕力や脚力では、絶対に鬼には勝てないでしょう。ですが、隊士と一緒に行動させればいいだけの話です。隊士と鬼道師を一緒に行動させ、互いの弱点を補ったほうが効率がいい」

「しかし、常に側にいられるわけではないと言ったのは、おぬしではないか」

「護衛のためだけに、人手を割くわけにはいかない、とは言いました。でも今回、御嶌を隊士の一人として扱い、常に他の隊士と一緒に行動させるのですから、話は別です」

「・・・・・・・・」

「御嶌は自分の力で、鬼道が役に立つことを証明しました。御嶌に足りない部分があるように、我々にも足りない部分があります。人間がどんなに努力しても、鬼のような頑丈な身体を手に入れられないように、鬼にはどう足掻いても、鬼道が使えません。――――だったら、互いの弱点を埋め合えばいいこと。・・・・その簡単な答えが出せないほど、俺も目が曇っていたようです」


 ――――人間が鬼に比べて弱いのではなく、役割が違うのだ、と。


 御嶌にそういわれた時、腑に落ちた。


 一人では限界があるのだから、違う特性を持つ者同士が、互いの弱点を補いながら、目的を達成する。ありきたりだが重要なその考え方に、自然に行き着くことができなくなるほど、俺の考えも凝り固まってしまっていたようだ。


「・・・・それに今回のことで、御嶌の無茶を止められないこともわかりました。俺が何を言っても、御嶌は鐘達を追うでしょう。行動を御せないのなら、目が届く範囲にいてもらったほうが、こちらも安心できます」

 すると、浪健長老が目を見開く。

「ほう、これは珍しい。つまり、お前が根負けしたということだな?」

 睨むと、浪健長老は目を伏せる。

「しかしなあ・・・・あの方を危険に晒すわけには・・・・」

 言葉を尽くしているのに、優柔不断な浪健長老は、まだ決断できずにいるらしい。


「・・・・誤解しないでください、長老」


「誤解? なにをだ?」

「俺は許可を取りにきたのではありません。報告に来たのです」

「報告・・・・」

 浪健長老は今度は、ぼんやりした顔をしている。何を言われたのかわからないという顔だった。


「御嶌のことは、俺に一任すると、確かに言質を取りました」


「・・・・・・・・」


 浪健長老は、しばらく呆気に取られていた。それから、焦りを見せる。


「そ、それは・・・・」

「浪健長老は確かに、俺に判断する権利を委ねると、言いましたよね?」


 俺が笑顔で答えを迫ると、浪健長老も、さすがに過去の自分の発言を誤魔化すようなことはしなかった。


「・・・・言いました」

「ですから俺は、御嶌の力が捜索に役立つと判断し、今日も、報告のためだけにここに来ました」

「・・・・・・・・」

「報告を終えたので、俺は屯所に戻ります」

 浪健長老に頭を下げて、俺は立ち上がる。


 俺が退室するまで、浪健長老は肩を縮ませていた。





 屯所に戻ると、庭に御嶌の姿があった。

「鬼久頭代!」

 御嶌は俺に気づくなり、駆け寄ってくる。

「浪健長老は、なんて仰ってましたか?」

 御嶌の顔には、少し不安そうな色が残っていた。

「浪健長老が何を言おうと、心配ない。もとよりお前のことはすべて、俺に一任されていた」

「そうですか・・・・よかった・・・・」

 御嶌は頬を緩ませる。

「御嶌」

「はい、なんでしょう」

「――――今後、お前が鬼峻隊とともに行動するならば、厳守すべき事柄がいくつかある」

 御嶌の背筋は伸び、顔は引き締まる。

「まず第一に、単独行動をしないこと。同行する者がいないのならば、屯所で待機だ」

「わかりました」

「鬼と争うことになったときに、絶対に前に出るな。鬼道の力が必要なときは、俺のほうから声をかける。――――以上の二点が破られたら、その時点で協力関係を解消する」

「わかりました!」

 返事だけは、威勢がいい。

 だが、今まで彼女が信じられない無茶をしてきたことを鑑みれば、その答えをすんなりと信じることはできなかった。

「・・・・疑いの目を向けるのはやめてください」

「・・・・とりあえず様子を見てから、信じるかどうかを判断する」

「・・・・・・・・」

「お前には明日から、捜索に加わってもらう」

「はい!」

 御嶌は笑顔を弾けさせる。俺が何を言おうとも、とりあえず捜索に加わることができるという喜びのほうが、今は勝っているのだろう。

「・・・・今日はもう、暗くなる前に帰れ」

「はい。それでは、また明日」


 門から出ていく御嶌の後ろ姿を見送っていると、入れ違いに翔肇が近づいてきた。


「逸禾ちゃん、帰ったの?」

「ああ」

「でも、よかったの? 逸禾ちゃんに諦めさせるのが目的だったのに」

「予定変更だ。今の御嶌を見る限り、放っておくほうが危険だと判断した。諦めさせられないのなら、せめて目が届く範囲にいてもらったほうがいい」

「あ、そっち?」

 翔肇は苦笑する。

「・・・・今の燿茜の答えを聞いたら、逸禾ちゃん、がっかりしそうだな。あの子、自分の力を認めてもらえたって喜んでたから」

「御嶌の覚悟と力は、とっくに認めている。・・・・危険だから遠ざけようとしたが、御嶌が予想以上の猪突猛進型だったから、作戦を変更せざるを得なかったことも事実だ」

「なるほど。猪ばかりの鬼峻隊とは、相性抜群だね」

 茶化してばかりの翔肇に溜息が零れた。

「・・・・茶化すな」

「根負けしたのは、間違いないだろ?」

「・・・・・・・・」

「俺はいいと思うけどな、逸禾ちゃんの考え、好きだよ。逸禾ちゃんが鬼道の力を燿茜のために使って、燿茜が逸禾ちゃんを守りながら、問題を解決する。一人一人の力が小さいから協力しようって流れは、定番中の定番じゃん」


 翔肇は楽しそうに笑った。


「これから楽しくなりそうだな」


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