後宮の死体は語りかける

炭田おと

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13_趙徳妃

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「申し訳ありませんが、趙徳妃ちょうとくひ様はご気分が優れず、お会いになることができません」


 華藍宮がらんきゅうの門前で出迎えてくれた常茗じょめいという宮女きゅうじょは、そう言って、私達の立ち入りを拒んだ。


「・・・・そうですか。それは残念です」

 私達はどうやら、ここでも警戒されているらしい。常茗じょめいさんはにこやかに対応して暮れているように見えるけれど、頬が少し強張っている。


 彼女の態度は冷ややかだ。私達が質問を重ねたところで、あたりさわりのないことしか答えてくれないだろう。


 私は頭を切りかえる。


「では、承粋宮しょうすいきゅう曹貴妃そうきひ様に仕えていた翠蘭すいらんさんについて、教えてください」


 すると常茗じょめいさんは目を丸くする。


翠蘭すいらん? 翠蘭すいらんのことを聞きにいらっしゃったんですか?」

「ええ、話をしたことはありますか?」

「何度か・・・・でも翠蘭すいらんのことが知りたいのなら、私達に聞くよりも、承粋宮しょうすいきゅうの方々に聞かれたほうがいいのでは?」

「くわしいことは教えてもらえませんでした。だから、他の方々に聞くことにしたんです」

「なるほど・・・・」

 常茗じょめいさんはくすりと笑ったけれど、すぐに袖で口元を隠した。

翠蘭すいらんには、よくない噂がありました。それで承粋宮しょうすいきゅうの方々は、翠蘭すいらんの素行を隠したいのでしょう」

「よくない噂?」


「――――皇帝陛下に仕える宮女きゅうじょでありながら、陛下以外の殿方と通じている、と」


 私達は息を呑む。殿下の表情も、厳しくなっていた。


「そんなことがありえるだろうか? この場所には宦官かんがん以外、男は立ち入れないはず」


「ええ、その通りです。しかしながら、例外がございます。・・・・殿下がこうして、内廷ないていにいらっしゃるように」


 ハッとして、常茗じょめいさんの顔を見る。


 常茗じょめいさんは含みのある微笑を浮かべ、優雅に一礼する。


「それでは、私はこれで」

 そうして、常茗じょめいさんは華藍宮がらんきゅうの中に戻っていった。


 これ以上、ここに留まっても意味はないので、私達は門を目指し、並んで歩き出した。


「・・・・さっきの話を、どう思いますか? 殿下」

 歩きながら、殿下に話しかける。

 失礼になると思い、殿下の前では溜息をつかないように気をつけていたけれど、思わせぶりなことを言うばかりで、はっきりとした答えをくれない人達に、少し疲れを感じてしまった。

「誰もはっきりとは言ってくれないので困りますね」

内廷ないていで働いている者なら、誰でも知っている噂なのでしょう。ですがそれを外部の者に話せば、自分や親族に累が及ぶやもしれないと、恐れているから、口を閉ざしているのだと思います。・・・・ですが、一つわかったことがあります」

「わかったこと?」


 殿下は立ち止まり、私に向きなおる。


翠蘭すいらんに恋仲の男がいたとしたら、その人物はおそらく、莫氏ばくしの者でしょう。莫氏ばくしの男子であれば、内廷ないていに自由に出入りできる。あの宮女きゅうじょの言葉は、きっとそういう意味なのだと思います」


 息を呑み、殿下の顔を見つめる。

「それは・・・・確かにその可能性はありますが・・・・」


「だとすれば、相手に心当たりがあります。――――独秀どくしゅう叔父上でしょう」


皇太弟こうたいていの、独秀どくしゅう殿下ですか?」

「ええ、そうです。叔父上は権力には興味を持たず、音楽と詩を愛する方です。その点においては、とても良い方なのですが、その――――女性に関しては見境がない方なんです」


 その一言で、どんな人物なのか想像がついてしまった。
 帝位を巡る争いで、多くの血が流れたから、陛下のご兄弟で存命している方は、それほど多くない。

 権力に興味を持っていないということは、浮草のような一面がある方なのだろう。後継者争いで莫氏ばくしの兄弟達が殺し合うなか、独秀どくしゅう殿下が生き残れたのは、その性格が功を奏したからだろうと思う。


 だけど、真面目の見本のような俊煕しゅんき殿下の叔父上が、宮女きゅうじょに手を出すような軽率で軽薄な方だというのが、なんとなく想像できない。


「つい最近も、叔父上が宮女きゅうじょを口説いたという噂を耳にしたばかりです。相手の名前は聞いていませんが、宮女きゅうじょに手を出す人物がいるとすれば、叔父上しかありえないでしょう」

「そ、それは・・・・」

 あまり人を悪く言わなさそうな俊煕しゅんき殿下が、ここまで強く言いきるとは。それだけでもう、独秀どくしゅう殿下の日頃の行いがわかる気がした。



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