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18_西京のごろつき_前編
しおりを挟む空が薄暗くなり、足元の影が薄まった後も、露店がずらりと並んだ通りから、人々の流れが絶えることはなかった。
ずらりと並んだ屋台から、美味しい匂いが漂い、客寄せの声が発せられている。
一口餃子に豆乳のスープ、豚肉とネギがたっぷりと入った胡椒餅。屋台の前で立ち止まりたくなる衝動を、私は必死に堪える。
屋台には、蝶を模した小物も売っていた。思わず手に取ってしまう。
「嶺依、買い物をしている時間はないぞ」
「あ、はい」
小物を棚に戻して、仲弓さんを追いかける。
おそらくこの賑わいは、陽が落ちた後もしばらくは続くのだろう。さすがは西京だ、私の故郷では、決してありえない人口密度だった。
混雑していて、歩きづらい。人混みに慣れていない私はまっすぐ歩けず、何度も人とぶつかった。
「あっ!」
また人とぶつかって、後ろによろめく。俊煕殿下が、さっと背中に腕を回して、支えてくれた。
「大丈夫ですか?」
「すみません・・・・」
「私につかまっていてください」
答える暇もなく、大きな手が私の手を包んでいた。
それからは俊煕殿下が人混みを掻き分けてくれて、誰かにぶつかることはなくなった。申し訳ないと思いつつ、殿下に任せる。
「ここです」
しばらく歩いて、殿下はある建物の前で立ち止まった。
雲来旅館という、巨大な扁額が、その建物の門に掲げられている。
西京の建物はすべて、私の故郷の家屋と比べると立派なのに、雲来旅館の着飾ったように彩り鮮やかな外観の前では、他の建物が質素に見えた。
「殿下、ここまで案内してくださり、感謝します」
軽く膝を曲げて、殿下に礼をする。
「完全に暗くなる前に、到着できてよかったです」
殿下の視線が私から外れ、遠くに向かった。
「すみません、嶺依殿。少しの間、ここでお待ちください」
「えっ」
私達の答えを聞かずに、殿下は私達から離れていった。浩成様が、慌てて後を追いかけていく。
「・・・・どうしたんだろう?」
「さあ・・・・?」
不思議に思ったものの、私達は旅館の柱の脇に立ち、殿下が戻ってくるのを待った。
「ふざけんなよ!」
ぼんやりしていると、どこかから飛んできた怒声が、耳に飛び込んでくる。
ハッとして、正面に視線を戻す。
向かいの店から、男達が揉み合いながら飛び出してきた。
「ぎゃあ!」
片方が突き飛ばされ、尻餅をつく。
驚いた人々は、男達から距離を取り、路肩に寄り集まった。
喧騒も潮が引くようにさっと消え、あたりは奇妙な静けさに包まれた。
「偉そうにしやがって・・・・」
突き飛ばされた男を見下ろしているのは、人相が悪い三人の男達だった。
派手な柄の衣は着崩されていて、一人は街中であるにもかかわらず、剣を抜いたまま持ち歩いている。
「何だ、何だ?」
「喧嘩みてえだな」
さっそく野次馬が集まってきた。
「おい、あの連中に近づくんじゃねえぞ」
さらに前に出ようとした若い男を、年嵩の男が止める。
「あの連中のこと、知ってるんですか?」
「お前らこそ、西京に住んでるのに、余拓のことを知らねえのか?」
「余拓?」
「・・・・あの剣を持った男のことだ」
年かさの男は、剣を持つ男を指差す。
「片時も剣を手放そうとしない上に、何かあるとすぐ剣を振り回す、ヤバい奴なんだぞ。あんな風に暴力と怒声で、みかじめ料を要求してきやがる。払えなかったら、家財でも何でも持っていかれるんだ。あいつらのせいで、どれだけの連中が路頭に迷ったことか・・・・」
そんな会話が聞こえてきた。どうやらあの男達は、この界隈でひどく恐れられているようだ。
「二度と俺に偉そうな口を利くんじゃねえぞ!」
「わ、私は食事代を請求しただけだ! 食った分の代金を支払うのは、当然のことだろう!」
どうやら突き飛ばされたのは、店主のようだった。男達が無銭飲食をしようとしたことから口論になり、突き飛ばされてしまったのだろう。
「この一帯を守っているのは、この余拓さんだぞ! つまりお前が、ここで安全に商売できているのも、この余拓さんのおかげなんだ!」
余拓という男は、三人組の言動からすると、この一帯を仕切るごろつきの頭目なのだろう。
「そんなこと、知ったことか! いいから、自分達が食った分の金を払え!」
相手は剣を鞘に入れずに持ち歩くなど、見るからに危険な相手だけれど、店主は果敢にも食ってかかる。
「うるせえ! 黙れ!」
だけど余拓さんの手下に胸倉をつかまれて、店主は声が出せなくなったようだった。
余拓さんが前に出ようとしたその時、群衆の中から二人の酔っ払いが飛び出してきた。
どうやらこの騒ぎを知らずに、野次馬の中を突っ切ってきたらしい。
「うわっ!」
そして片方が、余拓とぶつかった。
驚いたのか、余拓さんはこぶしを開き、剣が地面に落ちてしまう。
すると余拓さんは、それまでのゆったりした動きが嘘のように素早くなり、剣を拾い上げた。
そして、何が起こったのかわからずに目を瞬かせている酔っ払いに向かって、剣を振り上げた。
迷いなく剣が振り下ろされ、酔っ払いの腕がぱっくり割れる。傷口は浅かったものの、血の粒は野次馬の顔にも降りかかった。
「うわああっ!」
人々は悲鳴を放ち、酔っ払いも酔いが醒めたのか、血相を変えて、群衆の中に逃げ込んでいった。
「ひぃぃ・・・・!」
一連の出来事を目撃した店主の顔は、蝋のように白くなり、膝ががくがくと震えはじめる。
「てめえのせいだぞ、店主!」
怯える人々を見て、なぜか余拓の手下が調子に乗り、店主に詰め寄った。
「てめえが余計なことで騒いだから、あいつらも怪我したんだぞ!」
ひどい言いがかりだ。でももう、店主には言い返す気力もないらしい。
「わ、わかったよ・・・・飯代は払わなくていい。もうどっかに行ってくれ」
「はあ? それですむと思ってんのか?」
だけど店主が引き下がったところで、男達の要求は止まらない。どころか、店主が弱気になったことを読み取って、彼らはもっと増長していた。
「お前のせいで、俺達まで変な目で見られるようになったんだぞ!」
「お、俺に何をしろって言うんだ・・・・」
「金を払え」
「はあ!?」
男は店主の胸ぐらをつかみ、無理やり立たせた。
「つべこべ言わずに、さっさと払え! これ以上何か言うつもりなら、その指を切り落としてやる! 二度と料理ができなくなってもいいのか!?」
男は凄みながら、また店主を突き飛ばした。
「うわわっ!」
店主は受け身が取れずに、背中から倒れていく。
仲弓さんが前に飛び出して、店主の背中を抱きとめた。
「・・・・まったく」
仲弓さんは渋面になっていたものの、男達を諫めようとはしなかった。
仲弓さんならば、三人の男を殴り倒すことなど造作もないはずだけれど、目立つことを避けたいという気持ちがあるのだろう。
代わりに、私が店主の前に立つ。
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