後宮の死体は語りかける

炭田おと

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41_宴の後の静けさ

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 ――――宴が終わり、官吏達が食膳しょくぜんの片付けをしている。彼らが一言も喋らないため、衣擦れの音だけが耳に入った。


 やがて彼らも去ると、広間は静まり返る。がらんどうの空間は、とても寂しく見えた。


「・・・・そう睨むな、俊煕しゅんき

 二人きりになると、父上は溜息を吐き出した。

「睨んでいません」

「その目付きで、睨んでいないと?」


 気持ちを落ちつけるため、俺は深い息を吐き出す。

「・・・・父上、なぜあの場で、あのようなことをおっしゃったのですか?」

嶺依りょういの話か?」

「あの場で思わせぶりなことを言えば、嶺依りょうい殿に迷惑をかけてしまいます。以前にも酒の席で、ある宮女きゅうじょのことを気に入ったとおっしゃったために、大官たいかん達が忖度したではありませんか」

「ああ、あの話か。寝所でその宮女きゅうじょが待っていた時は、驚いたものだ」

「だから公的な場で、迂闊なことはおっしゃらないでください。父上がたわむれにおっしゃったことでも、まわりはそのたわむれを重く受け止めるのです」

「よいではないか。そう説教臭いことは言うな」

 父上は真剣に取り合ってくれない。

「まことにあの娘は面白い。今からもう一度、話を聞きに行こうと思っていたところだ。そうだ、俊煕しゅんき。そなたも一緒に来るか」


「今から?」


 怒りが、顔に表れてしまっていたようだ。父上は警戒して、顎を引いた。


「・・・・また怒ったのか? 酒席ではゆるりと話ができなかったから、今一度、話す場を設けたいだけだ。狩猟の話を聞きたくてな」

「ですが、もう夜はふけました。こんな時刻に客人の部屋を訪ねれば、あらぬ噂を立てられます。父上に害はなくとも、嶺依りょうい殿の名誉を傷つけるかも」

「少し訪ねるだけだ。すぐに退室する」

「駄目です」

「いや、少しぐらいは――――」

「駄目です!」

 強く言いきると、父上は首を竦めた。

「・・・・まったく、気難しい奴め。そなたは真面目過ぎるのだ。遊びも学びも足りん」

「武芸も学問も、日夜研鑽を積んでおります」

「阿呆か、なぜ学びと聞いて、そなたは武芸や学問のことしか思いつかぬのだ? そなたが今学ぶべきは、女のことだ!」

 虚を突かれて、言葉を奪われてしまった。

「別に、嶺依りょうい殿のことは――――」

嶺依りょういのことだとは言っておらぬぞ」

「・・・・・・・・」

「そなたが女人にょにんに興味を持ってくれたのはいいが、女人にょにんの扱いを知らなすぎる。そんなことで、将来どうやって、正室と側室の仲を取り持つつもりなのだ?」

 父上はにやにや笑っている。

 説教に説教を返すつもりのようだ。父上がそのつもりなら、と俺も腹をくくった。

「女性達の争いに巻き込まれることは、内廷ないていでさんざん経験しております。幼い頃より、父上の代わりに妃嬪ひひん達の間に立たされてきました。父上よりは、仲裁することに慣れております」

「・・・・・・・・」

 俺の言葉は、効いたようだ。父上は口を真一文字に結んで、黙ってしまう。

「・・・・正直、内廷ないていの諍いは疲れます。側室などいりません。妻は、一人いてくれたらいい」

 すると父上は、顔を顰めた。

「何を言う。そなたの兄が帝位につけば、そなたは皇太弟こうたいていだ。皇太弟こうたいていの妻が、一人でいいわけがなかろう。私が妻達の関係を取り持てないからと言って、己の女嫌いを、私のせいにするつもりか?」

「別に父上のせいにはしていません。それに俺は、女嫌いでもありません」

「今まで、女人にょにんを近づけなかったくせに」

「それは俺が未熟者なので、武芸に励むために――――」

「ああ、もういい。そなたの、研鑽を積みたい、や、武芸に励むために、という言い訳は、もう聞き飽きた」

 父上は顔の前で、手を横に振った。

「言い訳ではありません」

「とにかく、そなたは武芸や学問ばかりに身を入れ過ぎだ。・・・・あの嶺依りょういという娘はもう年頃を過ぎているようだから、そなたがこのまま武芸に逃げ続けている間に、故郷に戻って、ジェマ族の男に嫁ぐだろう。そなたはそれでいいのか?」


 意外な言葉に、俺は目を見張る。


「・・・・珍しいですね」

「何がだ?」

「父上は常々、莫家に生まれた以上、自由に結婚相手は選べない、しかるべき時に、私が身分が釣り合う相手を用意する、とおっしゃっていたじゃありませんか。・・・・ジェマ族が相手でも、許してくださるのですか?」


 すると、父上の表情が一変する。


「それは正室の話だ。――――もちろん、正室としては認めるつもりはない」


 俺は息を呑み、父上の顔を見つめる。


「側女としてなら許すが、結婚相手としては、身分が相応しくない。・・・・あの娘の身分では、側室として仕えることすら、難しいだろう」

「では、なぜ・・・・」

 父上は背筋を伸ばして、薄く笑う。


「――――欲しいものは、己の力で手に入れるべきだ。そなたの行動次第で、あの娘の未来も変わるだろう」


「・・・・・・・・」


「今の私の言葉――――しかと考えよ」


 どういう意味なのか、とは、問わなかった。聞いてもおそらく、父上は答えてくれないだろう。


 答えが知りたいのなら、自分で考えろ、欲しい物があるのなら、手に入れる方法は自分で探せ。


 父上はいつも、俺達にそう言ってきたのだ。


「さて、それでは客人に会いに行くか」

 話が終わると、父上はまたころりと態度を変えて、腰を上げた。

 さっきの真面目な態度はどこへやら――――どうやら、俺の忠言で考えをあらためてくれるつもりはないようだ。

「・・・・父上」

「手を出すつもりはない。ただ話を聞きに行くだけだと、何度言えばわかってくれるのだ」

「・・・・・・・・」


 怒りを吐き出すために、俺は深呼吸した。


 それから、笑って見せる。


「・・・・父上が考えをあらためてくださらないなら、俺にも考えがあります」


「何?」

「失礼します」

 俺は素早く拝礼して、身を翻した。

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