復讐のための五つの方法

炭田おと

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11_堅牢な城



 ――――それから数日後、入宮いりみや後の煩雑な行事が終わり、私はようやく、わずかながら、自分の時間を持てるようになっていた。


「少しの間だけ、カタリナと二人きりにしてくれる?」

「かしこまりました」

 カタリナ以外の侍女を下がらせて、二人きりになったところで、私は吐息を吐く。

「お疲れのようですね」

「ええ、疲れてるみたい。・・・・このところ、忙しかったから」

「お眠りになったらどうですか? 侍医に、眠り薬を処方してもらいましょう」

「いいえ、今は考えたいの。・・・・状況を確認しておかなければ。カタリナ、付き合ってくれる?」

「もちろんです」

 カタリナの表情が引きしまった。

 今後、ゆっくりと考え事ができる時間が、どれだけあるかわからない。

 時間があるうちに、これからのことを考えておきたかった。

「まずはヘレボルスの影響力の強さを、あらためて知っておくべきね」


「ヘレボルス一家は、カエキリウス陛下が皇子だった頃から、陛下を影ながら後援してきました。だから陛下から、信頼されています」


 皇帝の絶対の信頼を得て、ヘレボルスはパンタシアで絶大な権力を欲しいままにしている。


「それにヘレボルスは商人ギルドを牛耳っていて、上納金でとても裕福です」

 ヘレボルスは商人ギルドから毎年、多額の上納金を受けとっているという噂だ。そのおかげなのか、権力者の中でヘレボルスは一番裕福だ。

「おまけにヘレボルスは、パンタシアでは絶大な力を持つ教会とも繋がっていて、影響力も強いですね」


「閣下がヘレボルスを、堅牢けんろうな城に例えるわけだわ・・・・」


 思わず、呟いてしまっていた。


「城、ですか?」


「皇帝という後ろ盾、広い人脈、潤沢な資金――――どの方面においても、隙がないもの」


 ――――ヘレボルスは、どの方面においても強く、攻略のとっかかりがないように見える。

 でも、堅牢けんろうな城に住んでいるのは、人間だ。


 ――――人間ならば、付け入る隙が、必ずどこかにあるはず。


「カタリナ。ヘレボルス家には今、長男のツェザリと、娘のルジェナしかいないのよね」

「ええ、そうです。ダヴィドは女好きですから、隠し子を含めて大勢の子供がいましたが、ヘレボルス家の男子は病に倒れる者が多かったそうです。そのうえ、生き方を巡って対立し、勘当された子もいるそうで、今では残っているのは、三男のツェザリだけです」

「娘のほうはどうなのかしら?」

「三人の娘のうち、二人は遠方に嫁がされたそうです。娘達も父親を嫌っていたのか、疎遠になっているようですね。交流があるのは、愛人の子、ルジェナだけです」

「ダヴィド、ツェザリ、そしてルジェナ。この三人がヘレボルスを支えているのね」

「ええ、そうです」

「・・・・この三人を、一人一人、潰していかなければならないわ」

 三人を同時に討つのは、不可能だ。一人一人、用心深く弱らせていかなければ、食われるのは私やグレゴリウス卿になるだろう。


「一番付け入る隙があるのは――――きっと、ツェザリね」


 入宮いりみや式の夜、隣のベランダから、暴言を吐いてきた時の彼を思い出す。

 ダヴィドもルジェナも、権謀術数の世界を生き抜いているだけあって、狡猾で用心深い。

 でも、ツェザリだけは違う。酩酊して、身分が上の者にも暴言を吐いたところを見ると、彼は軽率で、自分を抑えられない性格だと分析できる。

「ツェザリは騎士で、カエキリウスから少将の地位をもらっているのよね?」

「ええ、そうです。ツェザリは、隣国のプドル軍が越境した時に、防衛戦を指揮し、敵将を討ち取るという戦功をあげたそうです」


 ツェザリ・ガメイラ・ヘレボルスは騎士であり、その若さで、カエキリウスから少将の地位を与えられ、第四師団しだんの師団長を務めている。

 南部から侵略してくる、隣国のプドル軍と何度か戦ったこともあり、敵の将軍を討ち取るという、戦功もあげていた。


「でも、その戦功には、疑惑がある。――――ツェザリは、当時部下だった、ドミニクス・フレデリクス卿の手柄を、自分の手柄にした疑いがあるの」


 ――――ドミニクス・フレデリクスは、ツェザリとは同年代の青年で、パンタシアの将官、北部の諸侯しょこうの一人でもある。


「ドミニクス・フレデリクス卿は確か、異民族で、異教徒ですよね?」

「そう。パンタシアの貴族の中では、異質な存在ね。そのせいで、冷遇されているみたいだわ」

「・・・・不思議です。陛下は異教徒には厳しいお方なのに、フレデリクス卿だけは登用とうようしつづけています」

「フレデリクス卿が、戦上手だからよ。少数の兵で、大軍を追い返したこともあるそうだわ。パンタシアには今、軍を指揮できる人材が不足しているから、カエキリウスはフレデリクス卿を手放せないの」


 優秀な将が不在の今、ドミニクス・フレデリクスのような人材は、今のパンタシアに欠かせない存在だ。だから異民族で異教徒でも、カエキリウスは彼を切ることはできない。


「プドル軍との戦いでは、ツェザリが指揮をとり、フレデリクス卿は彼の部下として、従軍していたんですよね?」

「そうよ。敵将を討ち取ったのはフレデリクス卿だったのに、ツェザリは自分が倒したとカエキリウスに報告して、彼の手柄を奪った」

「陛下は、ツェザリの話を信じたんですか?」

「ええ、カエキリウスは異教徒のフレデリクス卿よりも、自分の身内に等しいツェザリを信じた。命を懸けて戦ったのに、名誉を奪われて、フレデリクス卿は烈火のごとく怒ったそうよ」


 フレデリクス卿はツェザリを盗人呼ばわりしたけれど、ここでもカエキリウスはツェザリに味方して、罰としてフレデリクス卿に謹慎を命じた。

 だからフレデリクス卿は、カエキリウスにたいしても憤っている。


「フレデリクス卿いわく、ツェザリは師団を任されているのに、戦に関してはまったくの素人で、基本中の基本も知らないそうよ。他にも、いざ戦場に出ても、安全な場所にいるだけで自ら戦おうとしない、という話もあるわ」

「本当ですか?」

「わからないわ。でも、カエキリウスとフレデリクス卿が不仲なのは、事実よ」

「この一件が原因でしょうか?」

「不仲の原因の一つではあるけれど、原因はこれだけじゃないの。次にプドル軍が攻めてきた時、フレデリクス卿に防衛を任されたけれど、向こうは前の戦の倍の兵員を投入していて、さすがのフレデリクス卿も苦戦した。カエキリウスに徐軍を送ってほしいと頼んだのに、カエキリウスは援軍を送らなかった」

「なぜでしょう? パンタシアが負けたら、陛下もお困りになるはずなのに」

「援軍は不要という、ダヴィドの助言に従ったそうよ。ダヴィドは、当時影響力を増していたフレデリクス家の力を、弱らせたかったんだと思う。フレデリクス卿は自力で乗り切ったけれど、この戦にはフレデリクス家の家臣も多く参加していて、大きな被害が出たそうよ」

「ひどいですね・・・・」

「ええ、ひどい話よ。この一件で、カエキリウスとフレデリクス卿の関係に、遺恨が残ったの」


 この一件が決定打となり、カエキリウスとフレデリクス卿の関係に、決定的な確執が生じてしまった。


「陛下とフレデリクス卿の因縁は、他にもあるの。パンタシアは、南はプドル、北はクイドに挟まれているけれど、どちらの国とも国境線の問題を抱えていて、何度も領土を侵犯しんぱんされてるわ。なのにカエキリウスは南部の守りにばかり兵を割いて、北部の防衛は、北部の諸侯達に丸投げしている。だから北部は荒れているという話よ」

「どうして北部を守らないんですか?」

「兵員が足りないこと、軍資金が不足していることもあるけれど、北部は異教徒の土地で、あまり関心がないというのもあると思うわ」

 もともと北部は異民族と異教徒の土地で、パンタシアが軍事力で平伏させたという経緯がある。

 だからパンタシアの閣僚達は、北部の守りを軽んじていた。

「フレデリクス卿は北部の出身よ。カエキリウスが北部を守ろうとしないことにも、憤っている」

「それは・・・・故郷なら当然です」

「ええ、そう。フレデリクス卿も、単独では動けないからね。戦争には、兵とお金が必要だから」


 フレデリクス卿は、天才だ。


 だけど閣僚達は異民族、異教徒という点ばかり見て、彼の実力を認めようとしない。フレデリクス卿もきっと、歯がゆい思いをしているだろう。


「――――ここに、付け入る隙があるわ」

 私は薄く笑って、カタリナを見上げた。

「カタリナ。フレデリクス卿が参内する日を調べてくれる?」

「どうしてですか?」


「会って、話がしたいの」


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