11 / 72
11_堅牢な城
――――それから数日後、入宮後の煩雑な行事が終わり、私はようやく、わずかながら、自分の時間を持てるようになっていた。
「少しの間だけ、カタリナと二人きりにしてくれる?」
「かしこまりました」
カタリナ以外の侍女を下がらせて、二人きりになったところで、私は吐息を吐く。
「お疲れのようですね」
「ええ、疲れてるみたい。・・・・このところ、忙しかったから」
「お眠りになったらどうですか? 侍医に、眠り薬を処方してもらいましょう」
「いいえ、今は考えたいの。・・・・状況を確認しておかなければ。カタリナ、付き合ってくれる?」
「もちろんです」
カタリナの表情が引きしまった。
今後、ゆっくりと考え事ができる時間が、どれだけあるかわからない。
時間があるうちに、これからのことを考えておきたかった。
「まずはヘレボルスの影響力の強さを、あらためて知っておくべきね」
「ヘレボルス一家は、カエキリウス陛下が皇子だった頃から、陛下を影ながら後援してきました。だから陛下から、信頼されています」
皇帝の絶対の信頼を得て、ヘレボルスはパンタシアで絶大な権力を欲しいままにしている。
「それにヘレボルスは商人ギルドを牛耳っていて、上納金でとても裕福です」
ヘレボルスは商人ギルドから毎年、多額の上納金を受けとっているという噂だ。そのおかげなのか、権力者の中でヘレボルスは一番裕福だ。
「おまけにヘレボルスは、パンタシアでは絶大な力を持つ教会とも繋がっていて、影響力も強いですね」
「閣下がヘレボルスを、堅牢な城に例えるわけだわ・・・・」
思わず、呟いてしまっていた。
「城、ですか?」
「皇帝という後ろ盾、広い人脈、潤沢な資金――――どの方面においても、隙がないもの」
――――ヘレボルスは、どの方面においても強く、攻略のとっかかりがないように見える。
でも、堅牢な城に住んでいるのは、人間だ。
――――人間ならば、付け入る隙が、必ずどこかにあるはず。
「カタリナ。ヘレボルス家には今、長男のツェザリと、娘のルジェナしかいないのよね」
「ええ、そうです。ダヴィドは女好きですから、隠し子を含めて大勢の子供がいましたが、ヘレボルス家の男子は病に倒れる者が多かったそうです。そのうえ、生き方を巡って対立し、勘当された子もいるそうで、今では残っているのは、三男のツェザリだけです」
「娘のほうはどうなのかしら?」
「三人の娘のうち、二人は遠方に嫁がされたそうです。娘達も父親を嫌っていたのか、疎遠になっているようですね。交流があるのは、愛人の子、ルジェナだけです」
「ダヴィド、ツェザリ、そしてルジェナ。この三人がヘレボルスを支えているのね」
「ええ、そうです」
「・・・・この三人を、一人一人、潰していかなければならないわ」
三人を同時に討つのは、不可能だ。一人一人、用心深く弱らせていかなければ、食われるのは私やグレゴリウス卿になるだろう。
「一番付け入る隙があるのは――――きっと、ツェザリね」
入宮式の夜、隣のベランダから、暴言を吐いてきた時の彼を思い出す。
ダヴィドもルジェナも、権謀術数の世界を生き抜いているだけあって、狡猾で用心深い。
でも、ツェザリだけは違う。酩酊して、身分が上の者にも暴言を吐いたところを見ると、彼は軽率で、自分を抑えられない性格だと分析できる。
「ツェザリは騎士で、カエキリウスから少将の地位をもらっているのよね?」
「ええ、そうです。ツェザリは、隣国のプドル軍が越境した時に、防衛戦を指揮し、敵将を討ち取るという戦功をあげたそうです」
ツェザリ・ガメイラ・ヘレボルスは騎士であり、その若さで、カエキリウスから少将の地位を与えられ、第四師団の師団長を務めている。
南部から侵略してくる、隣国のプドル軍と何度か戦ったこともあり、敵の将軍を討ち取るという、戦功もあげていた。
「でも、その戦功には、疑惑がある。――――ツェザリは、当時部下だった、ドミニクス・フレデリクス卿の手柄を、自分の手柄にした疑いがあるの」
――――ドミニクス・フレデリクスは、ツェザリとは同年代の青年で、パンタシアの将官、北部の諸侯の一人でもある。
「ドミニクス・フレデリクス卿は確か、異民族で、異教徒ですよね?」
「そう。パンタシアの貴族の中では、異質な存在ね。そのせいで、冷遇されているみたいだわ」
「・・・・不思議です。陛下は異教徒には厳しいお方なのに、フレデリクス卿だけは登用しつづけています」
「フレデリクス卿が、戦上手だからよ。少数の兵で、大軍を追い返したこともあるそうだわ。パンタシアには今、軍を指揮できる人材が不足しているから、カエキリウスはフレデリクス卿を手放せないの」
優秀な将が不在の今、ドミニクス・フレデリクスのような人材は、今のパンタシアに欠かせない存在だ。だから異民族で異教徒でも、カエキリウスは彼を切ることはできない。
「プドル軍との戦いでは、ツェザリが指揮をとり、フレデリクス卿は彼の部下として、従軍していたんですよね?」
「そうよ。敵将を討ち取ったのはフレデリクス卿だったのに、ツェザリは自分が倒したとカエキリウスに報告して、彼の手柄を奪った」
「陛下は、ツェザリの話を信じたんですか?」
「ええ、カエキリウスは異教徒のフレデリクス卿よりも、自分の身内に等しいツェザリを信じた。命を懸けて戦ったのに、名誉を奪われて、フレデリクス卿は烈火のごとく怒ったそうよ」
フレデリクス卿はツェザリを盗人呼ばわりしたけれど、ここでもカエキリウスはツェザリに味方して、罰としてフレデリクス卿に謹慎を命じた。
だからフレデリクス卿は、カエキリウスにたいしても憤っている。
「フレデリクス卿いわく、ツェザリは師団を任されているのに、戦に関してはまったくの素人で、基本中の基本も知らないそうよ。他にも、いざ戦場に出ても、安全な場所にいるだけで自ら戦おうとしない、という話もあるわ」
「本当ですか?」
「わからないわ。でも、カエキリウスとフレデリクス卿が不仲なのは、事実よ」
「この一件が原因でしょうか?」
「不仲の原因の一つではあるけれど、原因はこれだけじゃないの。次にプドル軍が攻めてきた時、フレデリクス卿に防衛を任されたけれど、向こうは前の戦の倍の兵員を投入していて、さすがのフレデリクス卿も苦戦した。カエキリウスに徐軍を送ってほしいと頼んだのに、カエキリウスは援軍を送らなかった」
「なぜでしょう? パンタシアが負けたら、陛下もお困りになるはずなのに」
「援軍は不要という、ダヴィドの助言に従ったそうよ。ダヴィドは、当時影響力を増していたフレデリクス家の力を、弱らせたかったんだと思う。フレデリクス卿は自力で乗り切ったけれど、この戦にはフレデリクス家の家臣も多く参加していて、大きな被害が出たそうよ」
「ひどいですね・・・・」
「ええ、ひどい話よ。この一件で、カエキリウスとフレデリクス卿の関係に、遺恨が残ったの」
この一件が決定打となり、カエキリウスとフレデリクス卿の関係に、決定的な確執が生じてしまった。
「陛下とフレデリクス卿の因縁は、他にもあるの。パンタシアは、南はプドル、北はクイドに挟まれているけれど、どちらの国とも国境線の問題を抱えていて、何度も領土を侵犯されてるわ。なのにカエキリウスは南部の守りにばかり兵を割いて、北部の防衛は、北部の諸侯達に丸投げしている。だから北部は荒れているという話よ」
「どうして北部を守らないんですか?」
「兵員が足りないこと、軍資金が不足していることもあるけれど、北部は異教徒の土地で、あまり関心がないというのもあると思うわ」
もともと北部は異民族と異教徒の土地で、パンタシアが軍事力で平伏させたという経緯がある。
だからパンタシアの閣僚達は、北部の守りを軽んじていた。
「フレデリクス卿は北部の出身よ。カエキリウスが北部を守ろうとしないことにも、憤っている」
「それは・・・・故郷なら当然です」
「ええ、そう。フレデリクス卿も、単独では動けないからね。戦争には、兵とお金が必要だから」
フレデリクス卿は、天才だ。
だけど閣僚達は異民族、異教徒という点ばかり見て、彼の実力を認めようとしない。フレデリクス卿もきっと、歯がゆい思いをしているだろう。
「――――ここに、付け入る隙があるわ」
私は薄く笑って、カタリナを見上げた。
「カタリナ。フレデリクス卿が参内する日を調べてくれる?」
「どうしてですか?」
「会って、話がしたいの」
あなたにおすすめの小説
【完結】私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜
恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」
不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。
結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、
「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。
元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。
独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場!
無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。
記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける!
※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。
苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる
物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
【完結】私が愛されるのを見ていなさい
芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定)
公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。
絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。
ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。
完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。
立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし
さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。
だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。
魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。
変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。
二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。
悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。
潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。
【本編完結】初恋のその先で、私は母になる
妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
第19回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました。読者の皆様のおかげです!本当ありがとうございます。
王宮で12年働き、気づけば28歳。
恋も結婚も遠いものだと思っていたオリビアの人生は、憧れの年下公爵と一夜を共にしたことで大きく動き出す。
優しく守ろうとする彼。
けれどオリビアは、誰かに選ばれるだけの人生を終わらせたいと思っていた。
揺れる想いの中で、彼女が選んだのは――
自分の足で立ち、自分の未来を選ぶこと。
これは、一人の女性が恋を通して自分を取り戻し、母として、そして一人の人間として強くなっていく物語。
※表紙画像はAI生成イラストをつかっています。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい〜long version
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
*こちらは元の小説の途中に、エピソードを追加したものです。
文字数が倍になっています。