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13_無様な敗走
「だが最後に――――懸念が残っている」
「何でしょう?」
「南のプドルが、怪しい動きを見せている。近々、また攻めてくるかもしれない。それにはどう対応する?」
隣国プドルは、幾度となく、パンタシアの南部に攻め込んできた。今も、戦の準備をしている可能性はある。
――――だけど、それも私の狙いの一つだ。
「ご心配なさらずとも、他の将が防いでくれるはず。それにプドルの動きに気を取られ、動けずにいれば、いつまで経っても北部に出兵できません。ヘレボルス卿と、シャームエル卿に任せてはどうでしょうか? 彼は戦の経験があり、功績を立てたこともあるそうですから」
「ヘレボルスってことは、まさかツェザリのことか?」
その瞬間、フレデリクス卿の顔色が変わった。
「ツェザリか・・・・くくく・・・・」
彼はおかしくてたまらないといった様子で、笑い出す。笑い顔を見られないよう、俯いて顔を隠しているものの、肩の震えは隠せていない。
「フレデリクス卿?」
「いや、すまない」
深呼吸して、フレデリクス卿は笑いを引っ込めた。
「そうだな。ツェザリに任せよう。ツェザリはあれだが、シャームエルは優秀だ。ツェザリの無能さを、あいつが補ってくれるはず」
「・・・・・・・・」
「とにかく、あなたの話はわかったよ」
フレデリクス卿はにこりと笑い、唐突に、私の手をつかむ。
「ありがとよ、ローナ様! あなたのおかげで、道が開けそうだ」
「は、はい・・・・」
無邪気な笑顔だ。こんなに無邪気に笑う人なのかと、私のほうが面食らってしまう。
「そうと決まれば、さっそく戦の準備に取りかかろう。兵を集め、兵糧の準備を――――ああ、金が足りない可能性もあるから、商人達にも一応、頼んでおくべきか」
「すぐに、資金の用意をして、数日中にはあなたの屋敷に届けさせます。それでよろしいでしょうか?」
「もちろんだ」
「他に必要なものは? できうるかぎり、集めさせます」
「今は金だけでいい。兵も兵糧も、戦を知ってる奴に頼んだほうが、いいものが揃う」
フレデリクス卿の心はすでに、戦場に向かっている。邪魔をしないよう、私は彼にすべてを任せることにした。
「やらなきゃならないことが山ほどあるから、これで――――」
「お待ちください」
身を翻そうとするフレデリクス卿を、私は呼び止めた。
「なんだ?」
「一つ、お約束してほしいことがあります」
何か要求されると思ったのか、フレデリクス卿は顎を引いた。
「約束? なんだ?」
「クイド軍に、痛手を与えてください。――――二度と、パンタシアの土地を蹂躙しようとは思わないほど、徹底的に」
フレデリクス卿は、目を見張った。
「次があるとは、思わせてはなりません。そんな気にならないほど、彼らを弱らせなければ。でなければまた、クイド軍は戻ってくるでしょう。次に迎えうてるとは限らない」
「・・・・わかってるよ、ローナ様」
フレデリクス卿は冷笑した。
「クイドの将軍を討ち取ってみせよう。熟練の将や兵を失えば、軍は弱体化する。立て直すのには、時間がかかるはずだ。俺が今度こそ、北部を守ってみせる」
「お願いします」
「あなたは――――いや、態度をあらためるべきですね」
フレデリクス卿は、急に敬語になった。
「今までの失礼な態度を、お許しください、皇后陛下。――――ですがその償いに、必ずや、あなたの願いに応えてみせましょう」
フレデリクス卿は何を思ったのか、私の前に跪く。
私は驚いて、しばらく声が出なかった。
「・・・・なぜ、皇后陛下と呼ぶのですか? 私は、皇后にはなりたくないと、さっき言ったばかりなのに」
「あなたの判断力と行動力、それに冷酷さは施政者に向いている。俺はぜひ、あなたに皇后陛下になってもらいたい」
「・・・・・・・・」
「それでは、陛下。時間が惜しいので、これで失礼します」
身を翻して、去っていくフレデリクス卿の背中を、私は見送った。
――――ドミニクス・フレデリクス卿が不在の間に、隣国プドルの軍隊が、パンタシアの南側の国境線を侵犯した。
対策を話し合うため、すぐさま閣議が開かれた。
パンタシアでは皇后も、皇帝とともに閣議に参加する。
なので皇后候補者である私も、カエキリウスの隣に席を与えられ、その話しあいに参加していた。
「フレデリクスが不在です。彼の帰還を待つべきだと、私は考えます」
「北部にいるのだぞ? すぐに戻ってくるはずがない!」
閣僚達が口々に、意見を口にする。
「ツェザリ・ガメイラ・ヘレボルス卿が適任でしょう。彼には、プドル軍を撃退した実績がある」
「報告によると、プドル側の兵は約二万ということでした。こちらは倍の数の兵員を用意できます。オダ平原で迎えうてば、地理的にも有利です」
「そうですよ、陛下! 異教徒のフレデリクスなど、いなくても問題ないはずです。我々には、神のご加護があるのですから」
私の予想通り、ツェザリが防衛を任されることになった。
ツェザリはそれからほどなく、四万の軍勢を率いて出立し、南部に向かった。
――――それから一か月後、ツェザリが率いる軍が、プドル軍に大敗し、敗走したという報せが、皇宮に届いた。
敵にはほとんど打撃を与えられなかったものの、パンタシア側も物資を奪われただけで、死傷者もほとんどいないという、奇跡的な結果だった。
――――被害は少なくとも、パンタシアが圧倒的に有利で、勝利が約束された戦いのはずだった。
そんな戦いで無様に負けたという報せは、多くの人に衝撃を与えた。
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