復讐のための五つの方法

炭田おと

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26_空気が読めない


「ディデリクス。お前は、繊細らしいな」


 その日の夕食会で、唐突にベルナルドゥスがそんなことを言い出した。


 何事かとディデリクスは目を開き、グレゴリウス卿の目は、なぜか泳がせている。


 二人のその反応で、なんとなく事情を察した。


(何を話したのかしら・・・・)


 おそらくグレゴリウス卿がディデリクスについて、自分の考えを話し、それを真に受けたベルナルドゥスが、空気を読まずにこの場で話題にしてしまったのだろう。

 空気を読まずに、というか、空気を読めずに、というのが正しいのかもしれない。


 ベルナルドゥスとエアニーだけが、この屋敷を明るくしてくれる存在だ。だけどベルナルドゥスはその場の空気を読むのが下手で、失言も多かった。


「・・・・君はいったい、何を言ってるんだ?」

 案の定、ディデリクスは不機嫌になり、ベルナルドゥスを睨む。

「違うのか? 父上が――――」


「ベルナルドゥス」

 咳払いをしながら、グレゴリウス卿がベルナルドゥスを止める。

「やめなさい」

「え、どうして・・・・」

「すまないな、ディデリクス。・・・・ベルナルドゥスは、私の言葉を曲解きょっかいしているようだ」

 グレゴリウス卿は、ディデリクスの怒りが自分に向かないように、うまく逃げようとしていた。珍しく焦っているグレゴリウス卿の様子が、おかしくて、私は俯いて笑いを堪える。


 だけど隠したところで、グレゴリウス卿がこの流れの発端だと、ディデリクスはすでに見抜いているようだ。


曲解きょっかいとは、閣下は俺について、どのような話をしたんですか?」

「いや、それはな・・・・まあ、気にするな」

「・・・・・・・・」

 やや強引に、グレゴリウス卿は話を打ち切ってしまった。


 会話が途切れ、気まずい空気が流れる。


(・・・・気まずい・・・・)

 この気まずさを何とかしなければと、私は言葉を捜した。


「ディデリクスが繊細なんて、意外な評価です。それだと、世の中の人たちみんな、繊細に思えてきますね」

「・・・・・・・・」

(・・・・また、嫌味を言ってしまった・・・・)


 場を和ませようと思って口を開いたのに、気づけば逆に場を険悪にする発言をしてしまっていた。空気が悪くなり、みな、微妙な顔になっている。


 家を失って以来、私の性格はすっかりねじ曲がり、救いようがない皮肉屋になってしまった。

 特にディデリクスにたいしては、なぜか挨拶代わりに嫌味を言ってしまう。


「確かに、俺が繊細なら、世界中の人間が繊細だろう」

 ディデリクスは笑いながら、そう答える。

「イネスにいたっては繊細な上に、裁縫すれば手が傷だらけになりそうなほど、不器用だ。もっと労わらなくては」

「あら、労わってくれるなんて、ありがとう。さすがあなたは繊細でお優しいのね」


 私達の間に、冷たい空気が流れた。

 嫌味の応酬はいつものこと。ただ私達だけならともかく、この場にはエアニーやベルナルドゥス、グレゴリウス卿がいるから、三人に気まずい思いをさせてしまっていた。


「やめるんだ、二人とも」

 聞くに堪えなくなったのか、グレゴリウス卿が私達の声を遮る。

「まったく・・・・二人とも、仕方がない面があるとはいえ、ひねくれすぎだ。もっと素直になりなさい」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「ひねくれまくっている父上が、それを言いますか?」

 沈黙した私とディデリクスを他所に、ベルナルドゥスが至極もっともな意見をぶつけた。


「・・・・・・・・」

 今度は、グレゴリウス卿が黙り込む番だった。


 過去の不幸から、性格がねじ曲がってしまったと言えば、グレゴリウス卿はその筆頭だ。ベルナルドゥスやエアニーならともかく、グレゴリウス卿は、私達のことをとやかく言える立場にはない。


「・・・・くくく」

 押し殺すような笑い声が聞こえた。


 ベルナルドゥスは顔を隠していたけれど、肩が揺れている。


「・・・・何を笑ってるの、ベルナルドゥス」

「いや、悪い」

 ムッとして聞くと、ベルナルドゥスは手をひらひらと振った。

「今の間の抜けたやりとりが、おかしくてな」

「・・・・間抜けで悪かったな」

「怒るなよ。三人とも普段はすごく頭が切れるのに、時々ものすごく馬鹿な会話をするだろ? 俺、その会話が好きなんだ。なんだか親近感が湧く」

「・・・・・・・・」

「エアニー、お前は三人を反面教師にして、まっすぐ育つんだぞ?」

「うん、わかった」


 エアニーは私達の手前、控えめに頷いた。


「でも、ベルナルドゥスももっと、空気を読む力を習得するべきだと、僕は思うんだ」


「・・・・・・・・」


「ぶはっ!」


 沈黙したベルナルドゥスを見て、今度はグレゴリウス卿が吹き出した。


 つられて、私もディデリクスも笑いを堪えられなくなる。


 外から聞こえてくる抗議の声で、ここ数日はすっかり沈んでいた食卓が、今日だけは笑い声で華やいだ。


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