26 / 72
26_空気が読めない
「ディデリクス。お前は、繊細らしいな」
その日の夕食会で、唐突にベルナルドゥスがそんなことを言い出した。
何事かとディデリクスは目を開き、グレゴリウス卿の目は、なぜか泳がせている。
二人のその反応で、なんとなく事情を察した。
(何を話したのかしら・・・・)
おそらくグレゴリウス卿がディデリクスについて、自分の考えを話し、それを真に受けたベルナルドゥスが、空気を読まずにこの場で話題にしてしまったのだろう。
空気を読まずに、というか、空気を読めずに、というのが正しいのかもしれない。
ベルナルドゥスとエアニーだけが、この屋敷を明るくしてくれる存在だ。だけどベルナルドゥスはその場の空気を読むのが下手で、失言も多かった。
「・・・・君はいったい、何を言ってるんだ?」
案の定、ディデリクスは不機嫌になり、ベルナルドゥスを睨む。
「違うのか? 父上が――――」
「ベルナルドゥス」
咳払いをしながら、グレゴリウス卿がベルナルドゥスを止める。
「やめなさい」
「え、どうして・・・・」
「すまないな、ディデリクス。・・・・ベルナルドゥスは、私の言葉を曲解しているようだ」
グレゴリウス卿は、ディデリクスの怒りが自分に向かないように、うまく逃げようとしていた。珍しく焦っているグレゴリウス卿の様子が、おかしくて、私は俯いて笑いを堪える。
だけど隠したところで、グレゴリウス卿がこの流れの発端だと、ディデリクスはすでに見抜いているようだ。
「曲解とは、閣下は俺について、どのような話をしたんですか?」
「いや、それはな・・・・まあ、気にするな」
「・・・・・・・・」
やや強引に、グレゴリウス卿は話を打ち切ってしまった。
会話が途切れ、気まずい空気が流れる。
(・・・・気まずい・・・・)
この気まずさを何とかしなければと、私は言葉を捜した。
「ディデリクスが繊細なんて、意外な評価です。それだと、世の中の人たちみんな、繊細に思えてきますね」
「・・・・・・・・」
(・・・・また、嫌味を言ってしまった・・・・)
場を和ませようと思って口を開いたのに、気づけば逆に場を険悪にする発言をしてしまっていた。空気が悪くなり、みな、微妙な顔になっている。
家を失って以来、私の性格はすっかりねじ曲がり、救いようがない皮肉屋になってしまった。
特にディデリクスにたいしては、なぜか挨拶代わりに嫌味を言ってしまう。
「確かに、俺が繊細なら、世界中の人間が繊細だろう」
ディデリクスは笑いながら、そう答える。
「イネスにいたっては繊細な上に、裁縫すれば手が傷だらけになりそうなほど、不器用だ。もっと労わらなくては」
「あら、労わってくれるなんて、ありがとう。さすがあなたは繊細でお優しいのね」
私達の間に、冷たい空気が流れた。
嫌味の応酬はいつものこと。ただ私達だけならともかく、この場にはエアニーやベルナルドゥス、グレゴリウス卿がいるから、三人に気まずい思いをさせてしまっていた。
「やめるんだ、二人とも」
聞くに堪えなくなったのか、グレゴリウス卿が私達の声を遮る。
「まったく・・・・二人とも、仕方がない面があるとはいえ、ひねくれすぎだ。もっと素直になりなさい」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「ひねくれまくっている父上が、それを言いますか?」
沈黙した私とディデリクスを他所に、ベルナルドゥスが至極もっともな意見をぶつけた。
「・・・・・・・・」
今度は、グレゴリウス卿が黙り込む番だった。
過去の不幸から、性格がねじ曲がってしまったと言えば、グレゴリウス卿はその筆頭だ。ベルナルドゥスやエアニーならともかく、グレゴリウス卿は、私達のことをとやかく言える立場にはない。
「・・・・くくく」
押し殺すような笑い声が聞こえた。
ベルナルドゥスは顔を隠していたけれど、肩が揺れている。
「・・・・何を笑ってるの、ベルナルドゥス」
「いや、悪い」
ムッとして聞くと、ベルナルドゥスは手をひらひらと振った。
「今の間の抜けたやりとりが、おかしくてな」
「・・・・間抜けで悪かったな」
「怒るなよ。三人とも普段はすごく頭が切れるのに、時々ものすごく馬鹿な会話をするだろ? 俺、その会話が好きなんだ。なんだか親近感が湧く」
「・・・・・・・・」
「エアニー、お前は三人を反面教師にして、まっすぐ育つんだぞ?」
「うん、わかった」
エアニーは私達の手前、控えめに頷いた。
「でも、ベルナルドゥスももっと、空気を読む力を習得するべきだと、僕は思うんだ」
「・・・・・・・・」
「ぶはっ!」
沈黙したベルナルドゥスを見て、今度はグレゴリウス卿が吹き出した。
つられて、私もディデリクスも笑いを堪えられなくなる。
外から聞こえてくる抗議の声で、ここ数日はすっかり沈んでいた食卓が、今日だけは笑い声で華やいだ。
あなたにおすすめの小説
【完結】私が愛されるのを見ていなさい
芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定)
公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。
絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。
ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。
完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。
立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。
潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし
さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。
だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。
魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。
変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。
二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。
私は彼を愛しておりますので
月山 歩
恋愛
婚約者と行った夜会で、かつての幼馴染と再会する。彼は私を好きだと言うけれど、私は、婚約者と好き合っているつもりだ。でも、そんな二人の間に隙間が生まれてきて…。私達は愛を貫けるだろうか?
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。