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36_大法官の選出
「みな、今日はよく集まってくれた」
カエキリウスのその言葉で、閣議ははじまった。
月に一度の定例会議、議題は洪水で駄目になった南部の治水工事と、大法官の選抜だ。
テーブルに並んでいるのは閣僚で、グレゴリウス卿もその中に混じっている。
私もいつも通り、カエキリウスの隣に座り、会議に参加していた。
「みなはもう知っていると思うが、今年は大法官を新しく選びなおす年だ。大法官に誰を選ぶかは重要な選択になる。みな、気を引きしめて取り組んでもらいたい」
「はい、陛下」
「陛下、お聞きしたいことがあるのですが」
会議がはじまって早々、一人の閣僚が挙手をした。
「ヘレボルス卿の姿が見えませんが、今日は欠席されるのでしょうか?」
「さきほど、遅れるという報せが届いた。所用でニベアから離れていたようだが、帰ってくる途中で馬車の車輪が外れ、立ち往生しているらしい。走ってきた御者が、報せを届けてくれた」
「災難に見舞われたようですね」
「迎えの馬車をよこしたから、ダヴィドは大丈夫だろう。我々は議題に集中しよう」
「はい、陛下」
「それでは、話を戻そう。――――リカルドゥスを、続投させるべきだと思うか?」
「・・・・・・・・」
居並ぶ閣僚は黙り込んだ。
沈黙から、閣僚もリカルドゥス枢機卿の続投を、望んでいないことが読み取れる。最近、協会の力が強くなりすぎていることには、閣僚も危機感を抱いていたのだろう。
だけど相手は、絶大な権力を持つリカルドゥス枢機卿だ。表立って、反対の意は表明しにくい。
カエキリウスが目で問いかけるけれど、誰も口を開こうとしない。
「・・・・コンラドゥス」
そしてグレゴリウス卿に、白羽の矢が立った。
「そなたはどう思う?」
「そうですね・・・・」
グレゴリウス卿は、顎を撫でて、しばらく考え込む。
「・・・・私は、リカルドゥス枢機卿の続投には、反対です」
カエキリウスでさえ濁していたことを、グレゴリウス卿が明言したことに、閣僚達は驚きを隠せなかったようだ。
「神に人生を捧げた方々を尊敬しておりますが、それとこれは別の話です。大法官に限らず、政治に関わる重要な役職が、協会関係者に占有されていることが気掛かりに思っていました。権力の一極集中が、国にとってよくない結果をもたらすことは、歴史が証明しています。・・・・マキシムス卿はどう思われますか?」
「わ、私ですか?」
突然質問されて、マキシムス卿は慌てている。
「じ、実は・・・・その点は、かねがね私も、気になっておりました。教会は最近、権威を誇示しすぎています」
「私もです。・・・・猊下自身が、増長しているように見受けられます」
ここぞとばかりに、他の閣僚達も反対の意を表明した。
「反対の意見が多いようだな。――――では、誰が適任だろうか?」
カエキリウスは、閣僚達に問いかける。
「リカルドゥスは続投を望んでいるらしい。これを退けて、閣僚の中から選ぶとなると、教会の怒りを買ってしまう可能性がある」
難問を前にして、閣僚は、また黙り込む――――かと思われた。
けれど、ここでもグレゴリウス卿が口を開く。
「――――私は、ヘレボルス卿が適任だと思います」
閣僚達は、まだ驚いたようだ。カエキリウスですら、しばらくの間、声を失っていた。
「・・・・これは驚いた・・・・」
「驚きましたか?」
カエキリウス達の反応に、グレゴリウス卿は苦笑する。
「ああ、驚いた。・・・・そなたは、ダヴィドを嫌っていると思っていた」
カエキリウスは言い淀み、口をつぐむ。失言だと思ったのだろう。
グレゴリウス卿とダヴィドが犬猿の仲なのは、周知の事実だ。でも誰も公の場では、その事実を言わない。
「確かに私は、ヘレボルス卿が嫌いです」
きっぱりと、グレゴリウス卿は言い放つ。
気の弱い閣僚はその発言にすら怯んで、目を白黒させていた。
「しかしながら、猊下は続投を望んでいる。次に大法官となる人物は、猊下を納得させるだけの人物でなければなりません。そのうえ、教会と対等に話せるほどの権威を持つ人物となると――――ヘレボルス卿以外はありえないでしょう」
「それは・・・・確かに、コンラドゥスの言う通りだ」
カエキリウスは目から鱗が落ちたような反応を見せていた。
「ダヴィドはリカルドゥスと仲がいい。ダヴィドなら、リカルドゥスを怒らせずに、説得してくれるだろう」
それからカエキリウスは、一同の顔を順番に見ていった。
「私は、いい案だと思う。みなはどう思う?」
「陛下や閣下がそうお考えならば、我らが反対する道理がないでしょう」
閣僚達は、建前上は同格として扱われているものの、実際には上下関係がある。
内閣で一番影響力を持っているのは、言うまでもなくヘレボルスで、次点でグレゴリウスだ。他の閣僚達は、ヘレボルス派、グレゴリウス派に分かれて、笑顔の裏で争っている。
この状況では、閣議で満場一致の結論が出ることはめったにない。閣僚達にとって、ヘレボルスとグレゴリウスの仲の悪さは、頭痛の種だった。
そんな背景があるから、グレゴリウス卿の口から、ダヴィドを評価するような言葉を聞いて、閣僚達は驚いている。そして、その言葉を、和解の一歩と受け取り、歓迎している様子だった。
「実は私も、この件について、妻と話しあったんです」
気弱そうな閣僚が、口を開いた。
「妻も、猊下の続投はよくない、後任には、ヘレボルス卿が適任ではと言っていました」
「君は、女性と政治の話をするのか?」
「い、いつもは、妻と政治の話などしません」
他の閣僚にからかわれて、彼は慌てて付け加える。
「妻も普段は、政治の話に口を挟もうとはしないのです。しかしながら最近の猊下の振る舞いを見て、思うところがあったのでしょう。・・・・猊下の陛下にたいする態度には、目に余るものがありましたから」
「確かに・・・・そうですな」
「陛下にたいしてあのような振る舞いは・・・・たとえ枢機卿であっても、許されることではありません」
他の閣僚達も、その意見に納得していた。
「では、決まりだな」
カエキリウスは眉を開き、決定を口にする。
「――――次の大法官は、ダヴィドに勤めてもらおう」
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