39 / 72
39_四葉のクローバー
皇宮の庭は広く、色とりどりの花々が咲き誇っている。
いつも人に取り囲まれているせいか、誰の気配も感じない、この静謐な場所にいると、心が落ち着いた。
「見て、四葉のクローバーを見つけたわ」
「・・・・!」
ようやく一人になれると思っていたのに、誰かの声を聞いて、また憂鬱な気分がよみがえる。
「本当だね、ローナ」
聞こえてきたのは、子供の声だった。
――――ローナ。その名前を聞いて、ぼんやりしていた意識が鮮明になる。
物音を立てないよう、慎重に、声が聞こえた方向に進んだ。
垣根の裏からそっと覗くと、花壇の前に立つ子供と、彼と手を繋ぐ、ローナの後ろ姿が見えた。
「確か、四葉のクローバーを見つけると、幸せになれるんでしょ?」
「そうね。そんな伝説があるわ」
「いいなー、僕が見つけたかった」
「四葉のクローバーに頼らなくても、あなたは自分の力で幸せになれるわよ、エアニー」
ローナは少年に笑いかけ、彼の頭を優しく撫でた。
(・・・・あんな顔で、笑うこともあるのか)
柔らかい笑顔を、意外に思う。
ローナ・ユルス・グレゴリウスのことを、私は冷たい人間だと思っていた。
何を言われても、鉄でできた笑顔の仮面を被っているように、表情が動かない。彼女のことを、不気味に感じることもあった。
でも、相手が変われば、あんな笑顔を見せることもあるようだ。
(・・・・私のことは、最初から嫌っていたからな)
ローナは私の裏切りを知っていて、私に心を閉ざしたまま、皇宮にやってきたのだろう。一方私のほうも、彼女のことを家柄だけの女性だと決めつけ、その心を知ろうともしなかった。
――――彼女の評価が一変したのは、プドル軍に大敗したツェザリが、審問会に呼び出されたときだ。
あの時、ローナは女性があまり知らない分野の知識を披露してみせ、さらに商人ギルドの一件では大胆な方法で、怒り狂う民衆を宥めた。
はじめは彼女に、興味がなかった。愛人の娘のルジェナではなく、皇后に相応しい家柄の息女を婚約者にしろという、まわりの圧力に屈して受け入れただけ、いずれなにか理由をつけて、追い出すつもりだったのだ。
――――でも今は、彼女に興味を持っている。
「そのクローバー、どうするの?」
クローバーを見つめながら、エアニーがローナに問いかけた。
「捨てましょう」
「ええ? 見つけると幸運になれるのに?」
「・・・・でも、エアニー。クローバーは、あまり縁起がいいものじゃないわ。幸せになれるという伝説の裏で、怖い花言葉を持ってるのよ」
「どんな?」
「――――復讐、っていう意味」
ローナはクローバーを口元に寄せ、微笑する。
その笑顔だけは、エアニーに見せる優しい笑顔とは、何かが違っていた。
「エアニー、そろそろベルナルドゥスのところに戻りましょうか」
「うん」
エアニーという名前に聞き覚えがあると思い、記憶を探って、あの子供が私の甥だと気づいた。
(そういえば、甥はコンラドゥスが保護しているんだったな)
エアニーと一緒に暮らすうちに、本当の姉弟のような関係になったのだろうか。
「行きましょう」
ローナはエアニーの手を引いて、皇宮のほうへ歩き出した。
「止まれ! 止まるんだ!」
――――そのタイミングで、騒がしい声が耳に飛び込んできた。
「くそ! 引っ張れ!」
切迫しているような男達の怒声に混じって、馬の嘶きが聞こえてくる。
何事かと声が聞こえるほうへ目を向け、ハッとした。
厩舎のほうから、馬が走ってくる。
暴走しているのか、騎手が手綱を引いても止まろうとせず、それどころか騎手を引きずりながら、こちらに突進してきた。
「何・・・・?」
ローナとエアニーも、不穏な空気を感じ取ったのか、足を止める。
だが、彼女達の位置からは垣根が邪魔で、迫ってくる馬の姿が見えないようだ。
大勢の人間が馬を止めようとしているが、暴れ馬相手に成すすべなく、まわりをうろつくだけだった。
馬の進路には――――ローナとエアニーがいる。
「危ない!」
叫んだが、もう遅かった。
馬が前足を高く上げ、ローナとエアニーの姿は、馬の影に包まれた。
「エアニー!」
寸前でローナがエアニーを抱きしめ、馬に背を向けた。
「・・・・っ!」
蹄が、ローナの肩に当たったのが見えた。
ローナは横に倒れ、その衝撃で腕の中からエアニーが転がり出る。
馬は跳躍して、二人の身体を飛び越えると、砂埃だけ残して、どこかに走り去ってしまった。
「ローナ!」
私はローナに駆け寄り、彼女を抱き起した。
「うう・・・・」
ローナはぐったりしていて、意識がないようだった。顔は青ざめ、額には玉のような汗が浮かんでいる。
「ローナ!」
跳ね起きたエアニーも、ローナに取りすがる。エアニーの声でも、ローナが意識を取り戻すことはなかった。
(頭を打ったのか? 骨も折れているかもしれない・・・・)
「陛下!」
私がここにいることに気づいて、いっせいに人が集まってきた。
「陛下、申し訳ありません!」
その中には騎手もいて、彼の顔色は死人のように青ざめている。
「う、馬が言うことを聞かずに・・・・! お怪我はありませんか!?」
「言い訳はいい! 今はそれよりも、怪我人の手当てが先決だ! 私が運ぶから、侍医を待機させておけ!」
「は、はい!」
私の命令を聞いて、何人かが今度は、皇宮に向かって走っていく。
「陛下、その方は私が――――」
「いや、私が運ぶ。手を出すな」
手を押しのけて、私はローナを抱き上げた。
あなたにおすすめの小説
【完結】私が愛されるのを見ていなさい
芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定)
公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。
絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。
ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。
完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。
立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
彼は亡国の令嬢を愛せない
黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。
ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。
※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。
※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
私は彼を愛しておりますので
月山 歩
恋愛
婚約者と行った夜会で、かつての幼馴染と再会する。彼は私を好きだと言うけれど、私は、婚約者と好き合っているつもりだ。でも、そんな二人の間に隙間が生まれてきて…。私達は愛を貫けるだろうか?
殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし
さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。
だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。
魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。
変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。
二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。
潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。