復讐のための五つの方法

炭田おと

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39_四葉のクローバー


 皇宮の庭は広く、色とりどりの花々が咲き誇っている。

 いつも人に取り囲まれているせいか、誰の気配も感じない、この静謐な場所にいると、心が落ち着いた。


「見て、四葉のクローバーを見つけたわ」


「・・・・!」

 ようやく一人になれると思っていたのに、誰かの声を聞いて、また憂鬱な気分がよみがえる。


「本当だね、ローナ」

 聞こえてきたのは、子供の声だった。


 ――――ローナ。その名前を聞いて、ぼんやりしていた意識が鮮明になる。


 物音を立てないよう、慎重に、声が聞こえた方向に進んだ。

 垣根の裏からそっと覗くと、花壇の前に立つ子供と、彼と手を繋ぐ、ローナの後ろ姿が見えた。

「確か、四葉のクローバーを見つけると、幸せになれるんでしょ?」

「そうね。そんな伝説があるわ」

「いいなー、僕が見つけたかった」

「四葉のクローバーに頼らなくても、あなたは自分の力で幸せになれるわよ、エアニー」

 ローナは少年に笑いかけ、彼の頭を優しく撫でた。


(・・・・あんな顔で、笑うこともあるのか)

 柔らかい笑顔を、意外に思う。


 ローナ・ユルス・グレゴリウスのことを、私は冷たい人間だと思っていた。


 何を言われても、鉄でできた笑顔の仮面を被っているように、表情が動かない。彼女のことを、不気味に感じることもあった。


 でも、相手が変われば、あんな笑顔を見せることもあるようだ。


(・・・・私のことは、最初から嫌っていたからな)

 ローナは私の裏切りを知っていて、私に心を閉ざしたまま、皇宮にやってきたのだろう。一方私のほうも、彼女のことを家柄だけの女性だと決めつけ、その心を知ろうともしなかった。


 ――――彼女の評価が一変したのは、プドル軍に大敗したツェザリが、審問会に呼び出されたときだ。

 あの時、ローナは女性があまり知らない分野の知識を披露してみせ、さらに商人ギルドの一件では大胆な方法で、怒り狂う民衆を宥めた。

 はじめは彼女に、興味がなかった。愛人の娘のルジェナではなく、皇后に相応しい家柄の息女を婚約者にしろという、まわりの圧力に屈して受け入れただけ、いずれなにか理由をつけて、追い出すつもりだったのだ。


 ――――でも今は、彼女に興味を持っている。


「そのクローバー、どうするの?」

 クローバーを見つめながら、エアニーがローナに問いかけた。

「捨てましょう」

「ええ? 見つけると幸運になれるのに?」

「・・・・でも、エアニー。クローバーは、あまり縁起がいいものじゃないわ。幸せになれるという伝説の裏で、怖い花言葉を持ってるのよ」

「どんな?」

「――――復讐、っていう意味」

 ローナはクローバーを口元に寄せ、微笑する。

 その笑顔だけは、エアニーに見せる優しい笑顔とは、何かが違っていた。

「エアニー、そろそろベルナルドゥスのところに戻りましょうか」

「うん」

 エアニーという名前に聞き覚えがあると思い、記憶を探って、あの子供が私の甥だと気づいた。

(そういえば、甥はコンラドゥスが保護しているんだったな)

 エアニーと一緒に暮らすうちに、本当の姉弟のような関係になったのだろうか。

「行きましょう」

 ローナはエアニーの手を引いて、皇宮のほうへ歩き出した。


「止まれ! 止まるんだ!」


 ――――そのタイミングで、騒がしい声が耳に飛び込んできた。


「くそ! 引っ張れ!」

 切迫しているような男達の怒声に混じって、馬の嘶きが聞こえてくる。

 何事かと声が聞こえるほうへ目を向け、ハッとした。


 厩舎きゅうしゃのほうから、馬が走ってくる。


 暴走しているのか、騎手が手綱を引いても止まろうとせず、それどころか騎手を引きずりながら、こちらに突進してきた。


「何・・・・?」

 ローナとエアニーも、不穏な空気を感じ取ったのか、足を止める。

 だが、彼女達の位置からは垣根が邪魔で、迫ってくる馬の姿が見えないようだ。

 大勢の人間が馬を止めようとしているが、暴れ馬相手に成すすべなく、まわりをうろつくだけだった。


 馬の進路には――――ローナとエアニーがいる。


「危ない!」

 叫んだが、もう遅かった。


 馬が前足を高く上げ、ローナとエアニーの姿は、馬の影に包まれた。


「エアニー!」

 寸前でローナがエアニーを抱きしめ、馬に背を向けた。


「・・・・っ!」


 蹄が、ローナの肩に当たったのが見えた。


 ローナは横に倒れ、その衝撃で腕の中からエアニーが転がり出る。


 馬は跳躍して、二人の身体を飛び越えると、砂埃だけ残して、どこかに走り去ってしまった。


「ローナ!」

 私はローナに駆け寄り、彼女を抱き起した。

「うう・・・・」

 ローナはぐったりしていて、意識がないようだった。顔は青ざめ、額には玉のような汗が浮かんでいる。

「ローナ!」

 跳ね起きたエアニーも、ローナに取りすがる。エアニーの声でも、ローナが意識を取り戻すことはなかった。

(頭を打ったのか? 骨も折れているかもしれない・・・・)


「陛下!」

 私がここにいることに気づいて、いっせいに人が集まってきた。


「陛下、申し訳ありません!」

 その中には騎手もいて、彼の顔色は死人のように青ざめている。

「う、馬が言うことを聞かずに・・・・! お怪我はありませんか!?」

「言い訳はいい! 今はそれよりも、怪我人の手当てが先決だ! 私が運ぶから、侍医を待機させておけ!」

「は、はい!」

 私の命令を聞いて、何人かが今度は、皇宮に向かって走っていく。

「陛下、その方は私が――――」

「いや、私が運ぶ。手を出すな」


 手を押しのけて、私はローナを抱き上げた。


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