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40_気持ちの変化
皇宮の、ローナの部屋に駆け込むと、私は彼女をベットに寝かせた。
意識のない身体が、柔らかい寝具に沈んでいく。
「頭に瘤ができ、肩の骨が外れています。しかし命にかかわるようなものではないので、後遺症が残る心配はないでしょう」
ローナを診察した侍医は、そう言った。
「そうか・・・・」
安堵して、口から吐息が零れる。
「では、腕の処置を頼む」
「はい」
添え木と包帯で、外れた骨を固定する間、意識がないのに、ローナの顔は痛みで歪んでいた。
痛々しく感じ、私は目をそらす。
「終わりました」
処置はすぐに終わり、侍医は立ち上がる。
「感謝する。では、下がれ」
「失礼します」
侍医は退室し、部屋には私と、ローナだけが残された。
――――ローナは、静かに寝息を立てている。処置が終わって少し楽になったのか、表情は安らいでいた。
蝶番が鳴る音を聞いて、振り返ると、扉が少し開いていた。
扉の隙間の、低い位置で、目が瞬いている。
エアニーの目だろう。処置の間、遠ざけていたほうがいいと思い、エアニーを、侍女のカタリナと一緒に、廊下に追い出していた。入室の許可を待てずに、部屋の中を覗き込んでいるようだ。
「・・・・入っていい」
入室を許可すると、エアニーは扉の隙間に身体を滑り込ませるようにして、中に入ってきた。カタリナも音もなく、後をついてくる。
「・・・・後遺症が残るような傷ではないそうだ。肩の骨も戻し、固定したから、安静にしていれば大丈夫だろう」
「感謝します、陛下」
カタリナは声を震わせ、エアニーを抱き上げ、椅子に座らせた。
「ローナ・・・・」
エアニーはベットの縁に肘を乗せると、意識がないローナの手に触れる。
「ん・・・・」
それで目が覚めたのか、ローナの瞼がわずかに開いた。
「ローナ!」
「ローナ様!」
エアニーとカタリナがぱっと顔を明るくして、ローナの顔を覗き込んだ。
「エアニー・・・・カタリナ・・・・」
ローナはぼんやりした視線を彷徨わせた後、笑顔を浮かべた。
彼女は身体の向きを変えようとして、負傷した肩を動かしてしまう。激痛に襲われたのか、顔が苦痛で歪んだ。
「ローナ、腕を動かしちゃ駄目だよ。怪我したんだ」
ローナの痛みを想像したのか、エアニーの顔も歪んでいた。
「・・・・痛い?」
「大丈夫、平気よ」
痛みに苛まれながらも、ローナは気丈に笑った。
そして負傷していないほうの腕で、優しく、エアニーの髪を撫でる。
その顔は、慈愛に満ちた母親そのものだった。
(身を挺して、エアニーを守った)
エアニーを守るために、とっさに暴れ馬の前に身を投じたローナの姿が脳裏を過ぎった。
――――蹄のあたりどころが悪ければ、死んでいた。とっさのこととはいえ、ローナにはそれがどれだけ危険なことか、わかっていたはずだ。
(姉弟というよりは、まるで母親のようだ・・・・)
冷たい女性だと思っていた。どんなことが起こっても、顔色一つ変えない女性だと。
でも彼女の中には、誰かのために命を投げ打つほどの、深い愛情もあったようだ。
――――彼女の顔を見て、なぜか頭に、母上の顔が浮かんだ。
皇后としては優秀だったが、妻としても、母としても、どこか役割を演じているようなところがある人だった。凍てついた心を、優しい皇后の仮面で隠している。――――そんな人だ。
母から、愛情を感じたことはない。だから母を憎み、母とはまったく違う女性を選んだ。感情豊かで、可愛らしい女性を。
実のところ、ローナは私の母親に似ていると思っていた。母と同じような女性なのだと、決めつけてしまっていたのだ。
(・・・・ローナは違う・・・・)
だが、エアニーに見せる笑顔を見て、彼女は違うと知った。
(・・・・ローナは、私が思っていたような女性ではなかったようだ)
隠しているだけで、彼女には大切なものと、それを守ろうとする強い意思がある。
私にたいして、一貫して仮面を被っているようなところがあるのは、私が彼女を裏切っているからだ。
――――心を許した相手には、こんなに優しい笑顔を見せている。
彼女の別の顔を見てみたいと、この時、はじめて思った。
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