復讐のための五つの方法

炭田おと

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52_意外な助け舟

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 その日は、ニベアの南にある狩場に、貴族達が集っていた。


 年に一度、パンタシアでは、皇族と貴族が一堂に会し、狩りで獲得した獲物の大きさを競いあうという、行事が開催される。


 何百年も前から続いている、国の大事な行事の一つだ。


 森の開けた場所に天幕が張られ、狩りをはじめる準備が進められていた。


「今年は負けませんよ、マキシムス卿」

「はは、私に勝てますかな」

 狩猟大会に参加する男性達は、大会がはじまる前から、張りあっていた。


 私とカタリナはその様子を、遠くから眺める。


「・・・・気が重いわ」

「そうおっしゃらずに、笑ってください、ローナ様」

 思わず愚痴を零すと、カタリナに注意された。

 皇后は、病気などの理由がないかぎり、皇帝とともに、すべての行事に参加しなければならない。

 皇后候補者である私にも、すべての行事に参加することが求められていた。でも私は、狩りが好きじゃない。

「食べるためなら仕方がないけれど、ただ腕を競うためだけに、動物を狩るなんて・・・・」

「仕方ありません。これも皇后候補者の務めです」

「そうね」

「参加しない人は、狩りが終わるまで、自由に散策していいそうです。この辺りは景色がいいですから、少し散歩しましょう」

 私は一息つく。


「・・・・そう言えば最近、ユリアさんの姿を見かけないわ。カタリナ、あなたは何か知らない?」

 数日前からユリアさんの姿を皇宮の中で見かけなくなり、そのことに不安を覚えていた。


「ユリア様の家族に不幸があったそうです。喪に服すため、帰省していると聞きました」

「そうだったの・・・・」

「大会が終わったあと、ユリア様の友達にもう一度聞いておきます。今は、目の前の行事に集中しましょう」

「ええ、そうね」

 ユリアさんのことは気がかりだったものの、今は、行事の間、皇后候補者らしい振る舞いをしなければと、気持ちを引きしめた。


 そして、狩猟大会がはじまった。


 大会のはじまりを告げるラッパの音が鳴り響くなり、男性達は槍や弓を背負って、森の中へ消えていった。

 ディデリクスやカエキリウスも矢を背負い、馬に乗って、森に入っていく。


 私とカタリナは勝敗には興味がないので、男性達が狩りから戻ってくるまで、森の浅い部分を散策することにした。


「ローナ様、あまり奥にはいかないでください。参加者はみな、狩りに夢中です。過去には、獲物に間違えられて矢を射られ、亡くなった人もいるんですから」

「ええ、わかってる」


 そのタイミングで、背後から、藪が揺れる音が聞こえてきた。


 ハッとして振り返ったけれど、背後には誰もいなかった。それでも、音は聞こえ続けている。

 視線を下げると、藪から顔を突き出している兎を見つけた。まるで繭玉のような、真っ白な羽毛で覆われた、可愛い兎だった。


「見て、カタリナ。兎がいるわ」

 思わず触れてみたくなり、私は兎に手を伸ばす。

 すると兎は怯えたのか、藪の中に引っ込んでしまった。

「あ、待って」

 反射的に、私は兎を追いかける。裏側にまわると、藪から飛び出した兎が、向かいの草叢に逃げ込むのが見えた。

「お待ちください、ローナ様!」

 カタリナの制止の声が聞こえたけれど、今、立ち止まれば兎を見失うと思い、止まれなかった。


 ――――最近はすべてが順調に進んでいたから、私は油断してしまっていたのだ。


「・・・・!」


 兎を追いかけてしばらくしたところで、私の進路に、不審な男が立ちはだかった。


 ――――一目で、彼が私にとって危険な人間だと悟った。


 目の奥に、殺意を感じたからだ。


 すぐに身を翻して、引き返そうとするも、その時にはもう、背後にも怪しい一人の男が、立ちはだかっていた。

 さらに側面の藪から二人が出てきて、怪しげな男は計四人になる。


 彼らはみな、貴族風の毛皮を身にまとい、帯刀し、弓を背負っている。

 狩猟大会の参加者を装っているけれど、よく観察すれば、それが見せかけだと見抜くことができた。

 立派なのは上着だけで、下は粗末な綿の服だ。おまけに武器や皮鎧は使い古され、傷痕が残っている。変装にしては、あまりにお粗末だった。


 四人の男達は一言も声を発さず、じわじわと距離を詰めてくる。


 そして私を取り囲むと、動きを止めた。言葉ではなく、目で合図し、攻撃するタイミングを計っているようだ。

 私に話しかけようとしないばかりか、仲間同士でも言葉をかわさないのは、そのほうが私を殺しやすいからだろうか。


 だったら、と私は口を開いた。


「――――ヘレボルスに命じられたの?」


 標的から話しかけられたことに、男達は驚いた顔を見せる。


「ルジェナに、私を殺せと言われたの?」

「・・・・驚いた。ずいぶんと肝が据わってるな」

「ヘレボルスに命令されたのか、と聞いているのよ」

 質問を繰り返すと、先頭にいる男が、ふんと鼻を鳴らした。

「命令した奴の名前なんて、今さら知ってどうする? ・・・・あんたはどうせ、ここで死ぬ運命なのに」


「重要よ。――――私を殺すのが、ヘレボルスが送った刺客なら、これがヘレボルスを没落させる一手になるかもしれない」


 男達はまた、目を見張る。


「・・・・何を言っている?」

「私がここで倒れても、閣下があなた達を探し出し、命令した人物を突き止めてくれるはず。だったらここで果てるとしても、この死には意味がある」

「・・・・・・・・」

 男達の目には、不気味なものを見るような色が浮かんでいた。

 殺し慣れている様子の彼らも、死を前にして、私のような考え方をする人間は、はじめて見たのだろうか。最初は私のほうが、彼らを不気味だと感じていたのに、今ではそれが逆転している。

「もう一度聞くわ。私を殺すように命じたのは、ヘレボルスなの?」

 私は、三度目の質問を投げかけた。

「・・・・ああ、そうだよ。ヘレボルス――――というよりは、ルジェナとかいう毒婦の命令だが」

「おい!」

「別にいいだろ。どうせこの女は、ここで死ぬんだ」

 その刺客は、死人に口なしと考えたのだろう。

「残念だったな。あの毒婦からは、死体は見つからないように処分しろと言われている。父親を頼りにしているようだが、この広大な森の中、埋められたあんたの死体を、どうやって見つける?」

「・・・・・・・・」


「悪いが、これが俺達の仕事なんでね。それにもう、前金はたっぷりもらってるんだ。何が何でも、やり遂げないと」


 そうして刺客達は剣を抜き放ち、私に近づいてくる。


(これが、ヘレボルスを倒すための一歩になるなら――――)


 死を覚悟して、私は強く瞼をつむった。


 馬の嘶きが、刺客達の注意を引きつける。


「うわっ・・・・!」


 ――――藪を散らしながら現れた馬が、私達の間に割って入った。


 前足を上げて、嘶きとともに威嚇する馬に、一人が蹴り飛ばされ、一人は尻餅をつき、残りの刺客も後退るしかなかったようだ。


「乗れ!」

 馬上から、声が落ちてくる。


 割って入ってきたのは、カエキリウスだった。


「手を出せ!」

 言われるまま、馬上に手を伸ばすと、カエキリウスがその手をつかみ、私を馬上へ引き上げてくれた。スカーフが首から離れていく感覚があったけれど、気にしてはいられなかった。

「しっかりつかまっていろ!」

 私がカエキリウスにしがみついたタイミングで、彼は馬の腹を軽く蹴る。

 馬は嘶きを発して、また走り出した。


「誰だ、お前は!」

 刺客達は、パンタシアの皇帝の顔を知らないようだ。容赦なく、カエキリウスにも剣を向ける。


 ひやりとしたけれど、馬は加速し、動揺する刺客達の姿を、後ろに追いやってくれた。


「逃がすな!」

 だけど今度は、矢が追いかけてきた。

「・・・・!」

 矢が顔のすぐ側を駆け抜けていったときは、生きた心地がしなかったけれど、幸い、矢は一本も、私達に命中しなかった。

 背後を振り返ると、刺客達の姿は、生い茂る藪の向こうに消えようとしている。もう、矢も届かないだろう。


 ――――逃げきれる。思わず笑顔を零しそうになった、その瞬間。


「・・・・っ!」


 衝撃が前から襲いかかってきて、カエキリウスはのけぞっていた。


「陛下!?」

 驚きながら、私はカエキリウスの身体を支え、彼の肩越しに前を見た。


 進路方向に、弓を構えた刺客が立っていた。


 だけどその弓に、矢は番えられていない。


 ――――すでに矢は放たれ、カエキリウスの肩に突き刺さっていたのだ。


 ルジェナが放った刺客は、背後にいるあの男達だけじゃなかった。別の場所にも、潜んでいたのだ。


「陛下!」

「大丈夫だ!」

 体勢を崩しそうになりながらも、カエキリウスはなんとか持ち直し、矢を抜いて、手綱を強く握りしめる。

「行けっ!」

 そしてカエキリウスは、馬を加速させる。

 刺客はもう一度矢を放とうとしていたけれど、間に合わず、馬が前にいた刺客を蹴り飛ばした。


 私達は包囲網を突破し、馬を走らせ続けた。


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