復讐のための五つの方法

炭田おと

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71_グレゴリウス卿の提案


 元町医者のグラックス様は、今はグレゴリウス卿に雇われていて、毎週、私を診察するために、修道院を訪ねてくれる。


「おめでとうございます」

 その日グラックス様は、二、三の問診の後、突然そう言った。

「え?」


「完治と言っても、過言ではないでしょう。この調子ならば、子も望めるかもしれません」


「――――」


 私は声を失って、しばらくの間ぼんやりしていた。


「ローナ様?」

「あ、すみません・・・・ぼんやりしてしまって」

 声をかけられて、なんとか返事をしたものの、心はまだ水面を跳ねる飛び魚のように、とりとめがなかった。

「完治なんて、そんなことありえるのでしょうか?」

「おそらくですが、飲んだ毒が少量だったこと、服毒後速やかに医師が嘔吐させ、解毒剤を飲ませるなどの適切な処置をしたことで、体内にそれほど毒が残らなかったのでしょう」

「・・・・・・・・」

「・・・・もっとお喜びになると思ったのですが・・・・」

 私の反応に戸惑っているのか、グラックス様の顔から笑顔が消えてしまう。

「申し訳ありません。その・・・・実感が湧かなくて・・・・」

 そう答えるしかなかった。

 グラックス様は笑いかけてくれる。

「そうかもしれませんね。ですがいずれ、健康になったという実感を覚えることでしょう」

「・・・・・・・・」

「それでは、私はこれで失礼します」

「え、ええ、ありがとうございます」

 私は上の空で、グラックス様を見送った。






 翌日、グレゴリウス卿が私を訪ねてきてくれた。

「完治したそうだな」

 顔を合わせるなり、グレゴリウス卿はそう言った。

「本当によかった」

「グラックス様から聞いたんですか?」

「彼を雇っているのは私だぞ」

「それもそうですね」

 小さな修道院だから、客間はない。私とグレゴリウス卿は、食堂のテーブルに向かいあって座った。

「本当によかった。エアニーとベルナルドゥスも喜んでいる」

「エアニーに会いたいです」

「今度連れてこよう。エアニーも喜ぶ」

 エアニーに会える。そう思うと、温かい気持ちになった。


「・・・・君に、話すべきかどうか迷ったんだが」


 世間話も一区切りついたところで、グレゴリウス卿は急にあらたまり、話題を変えた。


「何ですか?」

「カエキリウス陛下のことだ。知りたいか?」

 少し驚いたものの、私は続きを知りたかったので、頷いた。


「カエキリウス陛下が、エアニーが成人するのを待って、退位することを決めた。・・・・君主を続ける権利はない、とおっしゃっている」


「・・・・・・・・」

「皇后も、今後は迎えるつもりはないらしい。閣僚が何日も説得していたが、陛下の意思は固く、ついに考えを変えることはできなかった」

「そう・・・・ですか」


 それが、彼なりの償いの方法だったのだろう。


「伝えるべきかどうか迷ったが、一応、君には知らせておこうと思った」

「ありがとうございます」


「・・・・それでイネス。君に相談があるんだが」


 また話題が飛んだことに、私は目を瞬かせる。


「君の身体が回復したのなら、結婚の障害となるものはなくなった」

「・・・・何の話ですか?」

 胸がさざめいて、続きを聞きたくないと思ってしまった。

「わかっているはずだ。――――君と、ディデリクスのことだよ」

「・・・・・・・・」

「ディデリクスは、今でも君を想っている。このままでは、誰とも結婚しようとしないだろう。いまだに独身だということで、ご令嬢から熱烈にアプローチされることもあるようだが、あいつの心は岩のように動かん。・・・・まったく、面倒な奴だ」

 言葉とは裏腹に、その頬は孫の話をしているように緩んでいた。

「だから、その・・・・」

「私に、ディデリクスと結婚しろと?」

「ま、まあ、そういう話だ」

「・・・・・・・・」

 私はテーブルの表面に、視線を落とした。

 テーブルはいつも修道女達が熱心に磨いているから、鏡のように滑らかだ。だから自分の顔に浮かんだ動揺も、はっきりと見てとれた。

「・・・・本当に、完治したとは言いきれません。間違いだったら、ロドルフスの血が途絶えてしまうことになります」

「どちらにしても、ディデリクスに他の女性と結婚する意志がないのなら、ロドルフスの血統は途絶える。・・・・いや、問題はそこじゃないんだ。ここはお互い、本音で語ろう」

 グレゴリウス卿は、背筋を伸ばす。

「私もディデリクスも、本当は血統など、どうでもいいんだ。――――ディデリクスは私と同じで、復讐に生かされてきた面がある男だ。彼にはこれからは、生きるための希望を持ってほしい」

「・・・・・・・・」

「考えておいてくれ」


 ――――上の空で、その後はグレゴリウス卿と何を話したのか、よく覚えていない。


 日が暮れはじめるころになって、グレゴリウス卿は席を立った。


 グレゴリウス卿の馬車を見送りながら、私はずっと、ディデリクスのことを考えていた。

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