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しおりを挟む「アリアドナが解決に導いたのは、この件だけじゃありません。さっきも言ったとおり、原作では小さく終わった被害が広範囲に拡大したり、原作に記述がない災害が頻繁に起こってます。そしてすべての件にアリアドナが関わり、問題を解決に導いている。例えば、皇都の一区画を灰にしてしまった大火災もそうです」
貧民街から発生した火災が数日間にわたって、皇都の空に灰を撒き散らした事件は、まだ記憶に新しい。あの火災で大勢の人が命を落としたそうだ。
「アリアドナはあの火災でも活躍しました。逃げ惑う人々を誘導し、火傷で搬送された怪我人を、治癒能力で助けました。しかも翌日には避難所を設置して、物資を届けたりもした」
バウムガルトナー侯爵の口ぶりからは、確信が感じられた。
「ーーーー閣下は、アリアドナが原因をばらまき、自分で解決したように見せかけているーーーーとお考えなのですね」
私の問いかけに、バウムガルトナー侯爵はまた深くうなずいた。
「シュタール地方の件に関しては、伝染病の発祥地から、誰かが毛布を持ち出し、別地域の浮浪者に配った形跡があったんです。火災についても同様に、不自然な点がありました。その日に限って、町の消防団が全員、睡眠薬を盛られたように動けなかったんですよ。おかげで、火の拡大を防げなかった」
「いくら何でも、アリアドナがそこまでするとは・・・・」
「普通はそう思うでしょう。でも異常者は、常人の想像力を超えるものです。アリアドナは火災発生時、すぐに避難所を設営して、物資を提供しました。あまりにも手際がよすぎると思いませんか? ヴュートリッヒに資金力があると言っても、そこまで早く、物資を調達できませんよ。まるでその日のために、準備していたような動きでしたからね。おかげで聖女アリアドナという呼び名が、すっかり定着しつつある」
ーーーー聖女。
(確かに奇妙だわ・・・・)
アリアドナから、〝花畑の聖女〟の内容を聞いたけれど、確か彼女はシュリアのことを、モルゲンレーテでただ一人の聖女と説明したはずだ。原作で自分も聖女になるなんて、彼女は一言も言わなかった。
「伝染病や火災を広げて、一体誰が得をすると思いますか? 意図的に伝染病や火災を拡大させたんだとしたら、最終的にその人物は得をしたはずです」
「・・・・・・・・」
「最終的に得をしたのは、聖女の称号を得たアリアドナだけなんです。私は、彼女が聖女という称号を得たいがために、モルゲンレーテ全土に火種をばらまき、自ら解決して回ってるんだと確信しています。マッチポンプですよ」
バウムガルトナー侯爵は、苛立ちを紛らわすように溜息をついた。
「私の調査で、ヴュートリッヒとある闇組織に繋がりがあることを突き止めました。アラーニャという組織です。ヴュートリッヒの表沙汰にできない汚い仕事を、アラーニャがすべて引き受けるというわけですよ。代表はアンデルという男で、この組織が伝染病の拡大や放火に関わっているというわけです。アラーニャはこの件以外にも、干ばつで穀物が不足した時に、穀物の買い占めに関わったようです」
「なぜ、そんなことを?」
「皇都で売られている穀物の何割かは、ヴュートリッヒが販売しています。穀物が不足したため、ヴュートリッヒは穀倉に蓄えていた穀物を、法外な値段で売りさばくことができたんです。この件では、富裕層は出費が増えたていどですみましたが、貧民層が大打撃を受けました。当然ですね。モルゲンレーテの市民の主食なのですから」
「・・・・・・・・」
「夫人が信じられないというのなら、今まで私が集めてきた証拠をお見せします。証拠と言っても確実なものではなく、状況証拠にすぎませんが」
「その証拠を、新聞社に持っていったほうが早いのでは・・・・」
「もちろん、そうしましたよ。接触した記者は、状況証拠しかないことを踏まえて、アリアドナやヴュートリッヒが犯人だと決めつけず、伝染病や火災に不自然な点があるという穏便な内容を記事にしようとしたようですが、すぐに圧力をかけられ、もみ消されました。なのでこのことを、大々的に発表するのは不可能でしょう」
「こんな大規模なことは、アリアドナ一人では無理なのでは?」
「ええ、彼女一人の力では無理です。おそらく、ヴュートリッヒの当主のボリスも関与しているのでしょう。アリアドナが聖女の称号を得て、陛下に気に入られれば、最終的にはヴュートリッヒも得をすることになりますから」
「聖女になりたいがために、そこまでする人がいるでしょうか? ・・・・私には、にわかには信じられません」
聖女という称号のために、そこまでする人間がいることが信じられなかった。ましてそれが自分が知っている人物とは思いたくなかった。
「今までの皇帝と同じく、ディートマル陛下も世論をとても気にしています。なのでアリアドナが聖女として人々に称賛されるなら、陛下も彼女の存在を無視できないというわけです」
バウムガルトナー侯爵は、聞いているだけで憂鬱になるような溜息を吐きだした。
「・・・・おそらくアリアドナは、英雄症候群か、死の天使と呼ばれるような人達と同じ、サイコパスの一種ではないかと考えています。自己顕示欲が肥大化していて、自分こそが聖女になるべき、いや、ならなければならないと信じこんでいる。前世でも実際に、消防士としての名声を得るために、自分で火をつける犯罪者がいたでしょう? 彼女は、それと同じ種類の人間なのです」
バウムガルトナー侯爵は肩をすくめる。
「そもそもヴュートリッヒが成り上がる時にも、彼らは非道な行いをしていますからね」
「まだアリアドナには他の罪状があるんですか?」
山のように積み上げられていく罪状に、怒りを通りこして、胃がもたれてきた。
「七年前、ヴュートリッヒは領地の運用がうまくいかず、没落しかけていました。原作通りなら、そのままヴュートリッヒは弱っていくはずでした。でも、この世界ではそうはならなかった。ヴュートリッヒの当主であるボリスとアリアドナは、家門を立て直すために、非道なやりかたで金を集め始めたんです」
「どんな方法ですか?」
バウムガルトナー侯爵は指を立てる。
「親族に無実の罪を着せて、彼らの財産を奪うという方法です。親戚の家門に無実の罪を着せて告発し、一家を処刑して、彼らの財産を皇室と折半したんです。一から商売するよりも、すでにある貴族の領地と資産を奪っていくほうが、確実に資産を増やせますからね」
今のモルゲンレーテの法律では、後継者が途絶えたり、家門が潰された場合、家門の領地や資産、爵位などは、皇室に返上するか、親戚に引き継がれる。ヴュートリッヒはその法律を利用して、資産を蓄えたようだった。
「異世界に転生する物語はたくさんありましたが、主人公は全員、一応は善人の設定でしたよね。もし記憶を持って生まれ変わったのが、自分が成り上がるためなら何でもするサイコパスだったらーーーー世界はどうなると思いますか?」
バウムガルトナー侯爵の問いかけに、背筋が凍えた。
彼が教えてくれたアリアドナの悪行がすべて真実ならーーーーそしてそんな人物が皇后になってしまったらーーーーこの世界はどうなってしまうのか。
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