二人の転生悪女 ー偽聖女のヒロイン成り代わり作戦を防げー

炭田おと

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 皇室や貴族達の混乱をよそに、皇都は平和そのもので、その日も青い空のもと、噴水広場に集まった人々は楽しそうに談笑していた。



「ーーーーというわけだ」



 後日、クリストフから顛末を聞いた私は、すべての問題が迅速に解決されたことに胸を撫で下ろした。



「ずいぶん早くに、決着がついたんですね」

「皇太子であるダミアン殿下が、あまり具合がよくないからね。この大事な時期に、陛下も議論を長引かせたくなかったんだと思う。長引かせれば長引かせるほど、チャンスがあると勘違いしたファンクハウザーの親戚が騒ぐだろうから。自分の息子が死ぬかもしれないという瀬戸際にいるのに、貴族達の議論にわずらわされたくなかったんだと思うよ」


「ダミアン殿下の容態は、そんなに悪いんですか?」


 思わず聞き返すと、クリストフの表情が曇る。


「・・・・医者は、成年まで持てば奇跡だと言っている」

「・・・・そう・・・・なんですか」


 ダミアン殿下に万が一のことがあれば、陛下が深い悲しみに包まれるだけじゃなく、誰を次の皇太子にするかという問題で、皇室と貴族社会が揺れることになるだろう。


 すでに次の皇太子擁立ようりつに向けて、動き出している人達がいると耳にしていた。皇族の宿命とはいえ、命の瀬戸際に立たされてなお、そういった裏側の動きにも翻弄されているダミアン殿下が気の毒だった。


「・・・・・・・・」


 目の前を、兄弟らしき男の子達が駆け抜けていく。政治の緊迫した情勢とは無関係の、平和な日常の光景を、微笑ましく感じた。


「それでーーーーホワイトレディの力は、使いこなせるようになったかな?」


 暗い話題を長引かせたくなかったのか、クリストフが話題を変えてくれた。


「・・・・なかなか難しいです。想像以上の魔力が必要ーーーー」



 鞭の音が聞こえ、肩が震えてしまった。音がした方向を見ると、馬に向かって、鞭を振り上げている御者の姿が見えた。



 ーーーージャコブとハインリッヒは投獄され、私はファンクハウザーの邸宅を出た。すべての悪縁は切れたはずなのに、私はいまだに、亡霊のような恐怖に付きまとわれている。



 街中で鞭の音を聞いただけでも、鞭で打たれた時の光景がフラッシュバックとしてよみがえり、自分があの暗い部屋に舞い戻ったような錯覚すら覚えた。



「・・・・大丈夫かい?」


 私の様子がおかしいことに気づいたクリストフが、顔を覗きこんできた。


「あ、すみません」


 落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせることで、なんとか鼓動を静めることができた。


 これでも、ファンクハウザーの邸宅を出たばかりのころよりは、マシになった。以前は、鞭の音を聞くだけでみっともなく取り乱していたのだから。


「迎えの馬車が遅くなってすまないね。もうすぐ来ると思うから」


 宿屋で過ごしながら、手頃な価格の家を探していた私に、クリストフが新居をプレゼントしてくれるそうだ。私達が今日、ここにいるのは、その新居に向かうために馬車を待っているからだった。


 本当にクリストフには、感謝してもしきれない。


 話をしている途中で、クリストフが呼んでいた馬車が到着した。私はクリストフにエスコートされ、馬車に乗り込む。


「やはり、そう簡単に使いこなせる代物じゃなさそうだね」


 馬車に乗りこんだクリストフは足を組み、考えこんだ。


「体調はどうだい?」

「連続してホワイトレディを呼び出した日は、寝込む羽目になりました。ホワイトレディの力は無限大で便利ですが、一度の召喚で使用する魔力量が膨大です。魔力の枯渇で倒れないために、ホワイトレディの力をあるていど制限して使う必要があると思います」


 ホワイトレディをはじめて召喚し、翌日にハインリッヒを屈服くっぷくさせるためにもう一度力を使ったときは、熱でうなされる羽目になった。

 ホワイトレディの力は無限でも、それを使役する召喚士の体力は有限だ。ホワイトレディの万能の力をもってすれば、モルゲンレーテを支配することすら可能なのかもしれない。けれどその力のすべてを使い切ろうとすれば、数百人分の魔力を用意したとしても、数日も持たない気がした。


「となると今のところは、ホワイトレディの力をどうやって制限するか、制限しながらどうやって使いこなすか、というのが課題なんだな」

「そうですね。修行するしかないです」

「・・・・よく考えるとこれは、ネットワークと端末の出力の問題に似てるな。ホワイトレディというネットワークには膨大な情報があっても、術者という端末に限られた処理しかできないから、出力できないということだ」

「いや、そういうわかりにくい例えはいいですから」


 わかりやすいのか、わかりにくいのか、悩んでしまいそうな例えをするクリストフに溜息をついて、この話は終わった。



「そういえば、あなたは原作を最後まで読んだんですよね?」


 私は〝花畑の聖女〟という恋愛小説を、序盤までしか読んでいない。アリアドナの本音を聞いて以降は、中盤以降の展開が、喉から手が出るほど知りたいと思うようになっていた。


「私は物語を序盤までしか呼んでいないから、その後の展開を知らないんです。今後のためにも、続きを知っておきたいので、教えてくれませんか?」


 だけどクリストフの反応は、私の期待を裏切るものだった。


 彼は静かに、首を横に振ったのだ。


「・・・・いや、残念ながら、私も中盤までしか読んでないんだ」

「えっ!? だって結末を知ってたじゃないですか!」

「結末は、ネタバレサイトで知ったんだ。〝花畑の聖女〟に関しては、漫画版がキャンペーンで無料話数が増えていたから、暇つぶしに途中まで読んだだけで、原作小説を読んだことは一度もないよ」

「・・・・・・・・」


 ひどい回答に、しばらくの間呆然としてしまった。アリアドナの、二次創作でシュリアがひどい目に遭う展開を読んでいたという話に、匹敵するぐらいの答えだ。


(初対面の知的な雰囲気は、今はどこへ?)


 私が初対面のクリストフに感じた知的なイメージは、倒壊するビルのように豪快に崩れ去ってしまう。


「そもそも私が好きだったのは、男性向けの異世界転生で主人公が無双する話だったんで、女性向けには興味がなかったんだ。暇なときに、無料で読めるやつだけを、ちらほら読んでいたていどだよ。・・・・そんな私が何をどう間違って、女性向けのヒロインの父親役なんていう、微妙な立ち位置に押し込められることになったんだか・・・・まったく、泣きたくなるよ・・・・」


 クリストフは馬車の天井をあおいで、そうぼやく。


「・・・・虐待されたあげく、一度も救いがないまま、ラスボスになって処刑される私よりは、ましじゃないですか?」

「確かに」


 すんなり納得されると、それはそれでなんだか腹が立った。


「なので私は、ヒーロー役が誰なのかもしれないんだ。〝花畑の聖女〟には複数のヒーロー候補がいて、終盤まで、誰がシュリアの相手役なのか、読者にはわからないようになってたからね。そのせいで誰が相手役にふさわしいのか、ファンの間で議論されるほどだった」

「やはり、ヒーローはダミアン殿下ではないんでしょうか?」


 今日、クリストフの話を聞くまで、私はヒーロー役は皇太子であるダミアン殿下だと思いこんでいた。原作のシュリアが最後に皇后になるなら、ヒーローは次の皇帝になることが決まっているダミアン殿下以外にあり得ないと思っていたからだ。


「いや、ダミアン殿下はおそらく・・・・」


 クリストフは歯切れが悪くなる。



「殿下はおそらく、生まれつきの病で臥せっている。今のモルゲンレーテの医療技術では、治療法がない」



 クリストフはダミアン殿下が亡くなることを、確信しているようだった。私は衝撃を受けて、声を失う。



「皇位を継承するのはおそらく、他の四人の皇子の誰かだろう。だが、誰になるのかは、私には見当もつかない。・・・・そういえば君は、皇子達に会ったことがあるのかな?」

「あまり皇宮には行かなかったので・・・・だけど第二皇子のヨルグ殿下には、一度だけ会ったことがあります」

「へえ、皇位継承権を奪われた、第二皇子か・・・・」


 廃位されたとはいえ、本来なら正当な後継者の一人だったヨルグ様のことを、〝殿下〟意外の呼び方で呼んでいいのかどうか、よくわからない。だから私は今でも、ヨルグ殿下と呼んでいた。


「貴族令嬢の集まりで、ニーナにいじめられて、一人でこっそり泣いていた時に、偶然出会ったんです。ヨルグ殿下はたまたま、皇宮に来ていたようですね」

「泣いていた君を、慰めてくれたのかな?」

「まさか! 出会い頭に、〝こんなところでうじうじ泣くな! 〟って怒鳴られたんですよ。驚いて、逆に涙が引っ込みました」

「それは・・・・ひどいな・・・・」


 あまりのことにクリストフも言葉を失ったようだった。


「まあ、相手があのヨルグ殿下なら、驚かないな。皇子達はそろいもそろってクソガキ成分が多めだが、その中でもヨルグ殿下が一番クソガキ度が高かったからな」

「クソガキ度・・・・」


 うすうす気づいていたことだけれど、クリストフもなかなか口が悪い。


 一息ついて、私は窓の外を見る。


 忙しく流れていく、映画の一場面のような美しい皇都の景色を眺めていると、今の自分が置かれている状況が、その景色と乖離しているように思えた。白昼夢を見ているような心地だ。


「ああ、そうだ。君の家に行く前に、私の邸宅へ寄っていいかな」

「構いません」

「よかった。君に、シュリアを紹介しておきたいんだ」

「えっ!?」


 絶句する私を横目に、クリストフは窓を開け、御者に指示を出した。


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