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しおりを挟むーーーーそうして私とクリストフは、帳簿を証拠に、ディートマル陛下にジャコブの不正を告発した。
「何ということだ!」
皇宮の謁見の間に、陛下の怒声が響きわたる。
当然、ディートマル陛下は激怒していた。
クリストフから、普段のディートマル陛下は温厚な人物だと聞いていた。皇祖の伝説に異様な偏執性を見せる以外は、誰にたいしても穏やかに接してくれるので、側近にしてみればこの上なくいい上司らしい。
しかしその時の陛下は、赤鬼のような顔になっていた。普段の陛下があまり見せない表情に、重鎮でさえ恐怖に青ざめている。空気は泥のように重苦しく、窓から差し込む真っ白な光が場違いに思えるほどだった。
「貴公の先祖が戦勝に貢献した褒賞として、塩売買の管理を任せたのに、その信頼を裏切るような真似をするとは! 貴公の行為は、皇族だけじゃない、戦勝に命を捧げたファンクハウザーの先祖にたいする冒涜だ!」
「・・・・・・・・」
皇宮まで引きずられるようにして連行されたジャコブは、子猫のように震えていた。彼は玉座まで続く赤絨毯の上にひざまずかされ、矢のように突き刺さってくる視線を浴びている。もはや、釈明する気力もないようだった。
「許せん! 絶対に許すことはできない!」
鼻息荒く、そう言い払って、陛下はジャコブに背を向けた。
「厳しく処断すべきです!」
陛下の怒りに追従する形で、貴族達が続々と声を上げた。
「家門を取り潰し、主犯格を処刑し、関係者は国外追放に処すべきです!」
処刑と聞いて、ジャコブの身体の震えはひどくなった。
「みなさん、落ち着いてください」
断罪方面へ白熱する貴族達に、冷ややかな声を投げかける者がいた。
「即決すべき問題ではないでしょう。慎重に議論すべきです」
彼がそう言うと冷や水を浴びたような心地になったのか、過激な発言をしていた人達がいっせいに黙ってしまう。
「ヴュートリッヒ侯爵のおっしゃるとおりです」
他の貴族がそう言ったことで、私は冷ややかに発言したその男性が、ヴュートリッヒ侯爵だと気づくことができた。
(ヴュートリッヒ侯爵・・・・ということは、彼がアリアドナの父親?)
ボリス・フォン・ヴュートリッヒは、想像していた人物とはまるで違った。
アリアドナがすらりとした体形の美女だから、父親も美形なのだろうと思いこんでいた。実際のボリス・フォン・ヴュートリッヒは、モルゲンレーテの平均的な男性よりも背が低く、小太りだった。丸い顔も、美形とはほど遠い。
「反乱の罪なら一族郎党斬首に処すべきですが、今回はそうではないのですから・・・・」
「罪を犯したとはいえ、ファンクハウザーは古くからモルゲンレーテを支えてきた家門の一つなのですから」
ボリスが反対意見を口にしたことを皮切りに、ヴュートリッヒ派と思われる貴族達が、ボリスに賛同しはじめた。
「陛下、拙速に結論を出そうとするのはよくありません」
「そうだな」
陛下は溜息とともにそう返した。それから、ジャコブを睨みつける。
「今は、そやつの顔を見たくない。牢に入れておけ!」
陛下に命じられ、衛士達が動き出す。
ジャコブは今度は、牢獄まで引きずられていった。
「・・・・ご苦労だった、夫人」
感情を爆発させたあとは、反動で決まりが悪くなったのか、陛下は肩を萎ませた。肩を怒らせているときは大きく見えた身体が、今は一回り小さくなったような印象を受ける。
どうやら陛下は、人前で感情をあらわにすることを、体裁が悪いことと考えているようだ。普段温厚に見えるのも、感情を見せまいとしているからなのだろう。
「夫人とクリストフが告発してくれなかったら、我々はいつまでも不正に気づけなかっただろう。夫人とクリストフの忠誠に、感謝する」
「いえ、臣下として当然のことをしたまでです」
クリストフはそつなく答えていた。アリアドナのせいで急落していた彼の株も、これで少しは持ち直したはずだ。
「夫人、疲れただろう。今日はもう、邸宅に戻って休みなさい」
許しを得て、私は皇宮を出たけれど、邸宅に戻る気にはなれなかった。
なので、大通りにある宿に宿泊した。
その後急遽、貴族院が開かれたらしい。
集められた貴族議員の間で、ジャコブ達の処分が話し合われた。
ジャコブを貴族社会から追放するという点では、全員の意見が一致していたけれど、ファンクハウザーという家門の処分については、意見が分かれた。
ファンクハウザーのような、古くから存続してきた家門は潰したくないというのが陛下の本心で、まわりも陛下の意思を汲み取り、むやみに家の取り潰しを叫ぶことはなかった。それに、古い時代の帳簿が残っていないため、不正がいつごろからはじまったのか、さかのぼることは不可能だ。
なので、ハインリッヒやジャコブ個人の罪と結論づけようとする者も少なくなかった。
ーーーーファンクハウザーの取り潰しに、誰よりも強く反対したのはヴュートリッヒだった。
ファンクハウザーが潰れるとなると、その領地や資産は皇室に没収されるだろう。もしくはファンクハウザーの親戚で、告発者でもあるバウムガルトナーに与えられる可能性が高かった。
モルゲンレーテでも皇族と貴族は互いに牽制しあう間柄にあり、貴族達は皇権が強まることを警戒している。なので、貴族の領地や資産が皇室に没収されることを看過しない。
今の陛下は穏健派なので、貴族と対立することには消極的だ。なので、ファンクハウザーの領地や資産の没収は避けようとするだろう。
ボリス自身が陛下のそんな性格を見抜いた上で、親戚の領地や資産を没収してきた経緯がある。そして彼はバウムガルトナーを警戒しているので、バウムガルトナーが自分と同じやり方で力をつけることを避けたいのだ。
ジャコブとハインリッヒ、彼らの補佐官にすべての責任を負わせることで、帳消しにしたらどうか、という意見もあった。空席になった当主の座に、ファンクハウザーの血を引く者を据えればいいと多くの者が考えていたが、この方法には一つ問題があった。
ファンクハウザー家にはまだ、ジャコブ以外に嫡出の男子がいないので、後継者の要件を満たした人物がいなかったのだ。
これをチャンスと見た親戚が、自分の親族を後継者にねじ込もうとする動きを見せて、話が混乱したそうだ。そのせいで意見がまとまらず、貴族達は頭を悩ませていたようだった。
「陛下、問題の収束のために、私が一つ提案してもよろしいでしょうか?」
しかしここでクリストフが、一つの意見を出した。
「どんな提案だ?」
「実はジャコブの父親には、ブルクハルトという名前の隠し子がいます。ジャコブの弟ということになりますね。母親はメイドで、正妻に妊娠を悟られ、邸宅を追い出されたようです。庶出という問題はありますが、今のところ、後継者として一番ふさわしいのは彼ではないでしょうか?」
「しかし追い出されたということは、当主としての十分な教育を受けていないのでは?」
「私が家門の運営に支障が出ないよう、責任をもって補佐をします」
ファンクハウザーを乗っ取ろうともがいていた親戚達は異を唱えたけれど、話し合いが長引いていることにうんざりしていた他の貴族達は、すぐにその提案に飛びついた。
ボリスも、クリストフが後見人という点には眉を潜めたものの、粘っても、これ以上の妥協点を見つけられないと思ったらしく、あっさり引き下がった。
ーーーーそうして、ジャコブとハインリッヒをはじめ、彼の補佐官だった者達が家門から追放されること、同時に、投獄されることが決定した。
ジャコブ不在の邸宅に、クロエの居場所はなかったため、彼女も邸宅を去ることになった。
クロエだけじゃない、新しい当主ブルクハルトが屋敷の使用人を一新することを望んだため、邸宅にいた使用人のほとんどが、解雇されることになった。
去っていくクロエや使用人達とは入れ違いに、ハインリッヒの隠し子であるブルクハルトと、彼の母親が邸宅に足を踏み入れた。
追い出された恨みだろうか、ブルクハルトの母親は、去っていく邸宅の使用人達を睨んでいた。
一方、働き口を失い、意気消沈していた使用人達は、睨み返す気力も残っていないようだった。
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