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しおりを挟むそれから私達は、もう一度馬車に乗り込み、新居へ向かった。
「君とシュリアが打ち解けてくれて、本当によかったよ」
クリストフは上機嫌だった。
「君達が仲良くできるかどうかが、懸念の一つだったから、それが払拭されて気が楽になった。」
どうやらクリストフは、私とシュリアが仲良くなれるかどうか、気を揉んでいたようだ。今は心配した反動で、浮かれているのだろう。
「あんなにいい子が娘だなんて、羨ましいです」
「そうだろう、そうだろう?」
クリストフは鼻高々と言った様子だ。調子に乗っているクリストフの様子が少しおかしくて、笑ってしまう。
「・・・・とまあ、シュリアの話はここまでにしておいて・・・・本題に入ろうか」
けれど途中で、クリストフは親馬鹿の顔を引っ込めて、真剣な顔になった。
「私から、君に二つ、プレゼントがあるんだ」
「プレゼントですか?」
突然そんなことを言われ、目が丸くなる。
クリストフはにっこりと笑っていた。
「まずは、君とジャコブの離婚の問題だ。代理人を立てて、解決できたよ」
「え? もう?」
「今のジャコブは、投獄されて、精神的に弱ってるからね。陛下に釈放をかけあうことを条件に、君との離婚を迫ったら、あっさり承諾したよ」
裁判の場に引きずり出されたジャコブは、邸宅で威張っていた姿が嘘のように憔悴し、やつれていた。もはや離婚の条件を争う気力など、残っていなかったのだろう。捨て鉢な態度で、クリストフが立てた代理人の要求にうなずくだけだったのだろうと思う。
「本当にありがとうございます」
「お礼はいいよ。君が動いてくれたおかげで、私も助かった。・・・・それに、プレゼントは一つだけじゃないよ」
タイミングよく、馬車が停車する。クリストフが馬車の窓を見るように、手で示してきた。
クリストフが用意してくれた新居に、到着したのだろうか。
私は窓の外を見て、息を呑む。
「ここはーーーー」
窓の外には、見慣れた邸宅があった。
皇都の中央に、堂々とそびえる赤煉瓦の建物ーーーー屋根からは、豹の紋章が入った旗が掲げられ、風になびいている。
ーーーーアルムガルトの、タウンハウスだ。
建物はペディメントがついた玄関を中心に、左右対称に横に広がっている。赤煉瓦に、ベイウィンドウの白枠と白いピラスターが映えていた。そしてステンドグラスの窓ガラスーーーーすべてが懐かしくて、古ぼけた外観すら、輝いて見えるほどだった。
「なぜここに?」
「ここが君の新居だからだよ」
「え?」
「アルムガルトの家督を継いだ君の親戚のことだがーーーー名前は何だったかな。ああ、カールだったか。彼がね、違法賭博で捕まったんだ」
「えっ!?」
次から次へと発覚する事実に、頭が追いつかない。
「まあ、捕まえたというか、私が告発したんだけどね。違法賭博をした罪じゃないよ。違法賭博場を経営した罪だ。経営だから、意図的に皇国法を犯したことになる。またまた陛下はご立腹さ」
クリストフはやれやれと言いたげに、肩をすくめた。名家の当主が立て続けに不祥事を起こしたことで、陛下の機嫌はそうとう悪いようだ。クリストフも、とばっちりを受けているのだろう。
「当然、カールは罪に問われることになった。ここでもファンクハウザーのときと同じように、アルムガルトという家門をどうすべきかという問題が起こったんだが、アルムガルトは三大侯爵家の一つで、その歴史はファンクハウザーよりも重い。やはり潰したくないというのが陛下の本音だったようだから、私が君を推薦しておいた。君の離婚が、承認された後だったからね」
クリストフは私をアルムガルトの後継者として認めさせるために、離婚が承認された後にカールを告発したのだろう。
「君はファンクハウザー伯爵夫人でありながら、夫の罪を告発した。この国では、妻は夫を献身的に支えるべき、という風潮があるから、多くの貴族は君の行動を快く思わなかった。だが、ジャコブの不正で不利益をこうむっていた陛下は逆に、君に好印象を抱いたようだ。なので君を後継者として据える案を、受け入れてくれた」
「・・・・・・・・」
すべてが信じられなかった。
伝説の神獣を手に入れたことも、悪夢の日々から解放されたことも、もう二度と戻れないと思っていたアルムガルト家に、こうして戻ってこられたことも、すべてがあまりに急激に進みすぎたから、夢を見ているような感覚が抜けない。
「まあ、まだ正式な手続きを終えたわけじゃないし、まずはアルムガルトの家臣達に認めてもらわなければならない」
「わかってます」
「今の君にたいする、世間の風当たりの強さを考えると、反対する家臣もいるだろう。きっと親族会議は、君にとって苦いものになるはず」
ーーーーファンクハウザー家の当主と、前当主を牢獄送りにしたことで、私は世間の人達に、毒婦だと噂されるようになっていた。妻に貞淑さを求めるモルゲンレーテでは、夫の罪の告発という行為は、称賛されるどころか、糾弾の対象になってしまったのだ。
世間から〝稀代の悪女〟と見なされた私は、ゴシップを狙う記者達の餌食になった。根も葉もない噂を、真実のように記事にされる上に、見出しに大きく〝皇国一のクソ女〟と書かれたことさえある。
街中を歩けば、知らない人達に聞こえよがしに悪口を言われ、石を投げられることさえある始末だった。
悪名があまりにも高まったせいで、私をモデルにしたとしか思えない悪女が、断罪される演劇が公演されていると、噂で聞いている。
「耐える覚悟はあるかい?」
「耐えて見せます」
クリストフの目を見て、堂々と宣言すると、彼は薄く笑った。
「君にその覚悟があるなら、大丈夫だ、私が君の力になる。必要な時は、いつでも頼ってくれ。だからどんな時でも、堂々としているんだよ」
「はい!」
「今はまだ、君のことを侯爵とは呼べないが、すぐにそう呼ぶ日が訪れるだろう」
「・・・・本当に、何とお礼を言えばいいのか・・・・」
感謝の念が溢れて、言葉も浮かんでこないほどだった。それほどに、クリストフは私に多くのものを与えてくれた。
「お礼は、必要ないと言ったじゃないか」
クリストフは笑ってくれた。
「君を侯爵にするのは、私のためでもあるんだよ。もう私達は、一蓮托生だからね。三大侯爵家と呼ばれたアルムガルト家を、敵の陣営に奪われるわけにはいかないし、君にはこれからまだまだ、活躍してもらわなければならない」
「そうだったとしても、お礼を言いたいんです。ありがとうございます」
クリストフが現れてくれたから、私は自分の運命を変えることができた。彼が自分のためにしたことだと言っても、私にとって、彼が恩人であるという事実は揺るがない。
あらためて私は、アルムガルトの邸宅を見つめる。
ーーーーまたここに、戻ってこられるなんて。本当にすべてが夢のようで、目覚める瞬間を怖いと感じるほどだった。
「・・・・・・・・」
「アルテ。感傷に浸りたい気持ちはわかるが、そろそろ日が暮れそうだ。君はまだ正式な侯爵じゃないから、家には入れない。今日は宿に戻ろう」
「・・・・ええ、わかってます」
私はもう一度馬車に乗り込み、来た道を戻る。
「それから、これからのホワイトレディの力の使い道に関してだが」
しばらくして、クリストフがその話題に触れてきた。
「ホワイトレディは君のものだから、その力をどう使うのかは、全面的に君に任せる。ーーーーだが一つ助言させてもらえるなら、今はまだ、その力のことはまわりには伏せておいたほうがいいと思うんだ」
「理由を聞いてもいいですか?」
「今の段階では、君の立場はまだ弱い。しかも君は夫を告発したことで、いわれない中傷まで受けている。そんな女性がホワイトレディの召喚に成功したと名乗りを上げても、歓迎されるどころか、むしろ警戒されるだろう。人間は得体のしれないものにたいして、恐怖を感じる生き物だからな。特に権力者は、弱者だと見くびっている者達が力を持つことを、必要以上に警戒する。権力基盤がひっくり返ることを恐れているのだろう」
私も、私がこの力のことを公表すれば、もっとも警戒するのは貴族階級の人達だろうと考えていた。今の私は貴族社会の異分子のような存在になってしまったから、私が目立つこと自体が気に食わないと思う貴族もいるはずだ。
「だから今は、目立つのは君のためにならない気がするんだ。いずれ、君の立場が確固たるものになってから、力を明かせばいい」
「ええ、私もはじめからそのつもりでした。ーーーーだって私はもともと、裏で暗躍する系の悪役なんですからね」
私はクリストフににっこりと笑いかけた。
「だったら暗躍系の悪役らしく、裏でこそこそと姦計をめぐらせておこうと思いました。私の気性的にも、そっちがあってますからね」
私が笑うと、クリストフの頬も緩んだ。
あっという間に一日が過ぎて、空は赤らみ、皇都の赤い屋根の向こう側には沈みゆく太陽が強烈な光を放っていた。
その光に照らされ、町全体が一つの置物のように、陰影の中に没していた。馬車の中から見ていると、帰路につく人々の姿は、流水に押し流されるようにすぐさま遠ざかってしまう。
流されるまま、生きてきた。
(ーーーーもうそんな生き方はしないわ。これからは自分の力で泳いでいく)
心の中で、私は誓いを立てた。
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