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しおりを挟む自由を手に入れた私の気持ちを表すように、モルゲンレーテの皇都の空は数日間、雲一つない快晴だった。
皇宮の入り口まで続く道を中心に、左右対称に広がった庭は綺麗に整えられていた。四角や菱形、ハートの形に整えられた生垣の囲いの中で、季節の花々が青や赤、黄色などの色を咲かせている。生垣の緑の下地と、花々の色の対比が美しかった。
クリストフいわく、皇宮の敷地は東京ドームが百個は入るほど広いそうだ。しかも各所に、迷路のような生け垣があり、大人でも迷子になってしまう人がいるらしい。とはいえ庭の道は整備されているので、道を外れなければ迷うことはないというクリストフの忠告に従って、私は道を進んだ。
私が小鳥のさえずりに耳を傾けながら、遠くに見える東屋の屋根を目指して歩いていると、女性達の笑い声が聞こえてきた。女性達のひそやかな笑い声は、小鳥のさえずりに似ていた。
アリアドナと彼女の取り巻き達は、鳥かごを連想させる白い東屋の中で、楽しそうにティーパーティーをしていた。
私は東屋に近づく。
「久しぶりね、アリアドナ」
私がアリアドナに話しかけると、令嬢達はぴたりとお喋りを止めた。
「・・・・・・・・」
一瞬、誰なのかわからなかったのだろうか、アリアドナは凍りついていた。
無理もなかった。結婚後はジャコブに外出を制限され、アリアドナとは数えるほどしか会っていなかった。しかも自由に使えるお金がなかったから、アリアドナに会った時も、みすぼらしい身なりをしていたと思う。
今の私は、アルムガルト侯爵として品格を保つため、それなりに着飾っている。別人に見えたはずだ。
(それとも、ここで私と会うとは思ってなかったのかしら)
アリアドナは、ヒロインに成り代わった以外は、原作小説の筋道をなぞっている。原作小説なら私は数年後、悪役として再登場するはずだったから、予定が崩れて狼狽しているのかもしれない。
「・・・・もしかして、アルテ?」
「そうよ」
「ひ、久しぶりね!」
アリアドナは、とってつけたような笑顔を浮かべた。
「・・・・・・・・」
他の令嬢達は興味の眼差しで、私を見つめている。
ーーーー嫁ぎ先の家門の罪を告発し、夫と先々代の当主を牢獄へ追いやった妻。その後、まるで狙ったように、実家の家督を継いでいた親戚を追い出し、侯爵家の当主の座に収まった悪女。
ーーーー彼女達もそんな噂を、耳にしているはず。
自分の存在が、世間に好意的に受け入れられていないことを知っている。
ただそこに集まった貴族令嬢達は、特に私に悪意を向けるわけでもなく、話題の人物に興味を抱いているだけのようだった。
「あなたと二人きりで話がしたいんだけど、今、いいかしら?」
「も、もちろんよ!」
アリアドナは貴族令嬢達に目配せする。アリアドナの目配せの意図を汲み取った令嬢達はうなずきあい、東屋から去っていった。
「・・・・それで、話って何?」
二人きりになると、アリアドナのほうから切り出してきた。少し不安そうに見えるのは、原作とは違う展開になったことを訝しんでいるからだろうか。
私はアリアドナの様子を少し観察してから、彼女の目をまっすぐ見つめ、ある問いかけを口にした。
「・・・・あなたは知ってたの?」
「何を?」
「ーーーー原作で私が、最後は処刑されることを」
アリアドナは呼吸すら忘れるほど驚いて、目を見開き、固まってしまった。
「・・・・知ってたのね」
私は吐息をこぼす。
クリストフが嘘を言うはずがないと思いながら、でも一方で、アリアドナには私を裏切るつもりはなかったのかもしれない、という期待を捨てきれずにいた。アリアドナ自身が、原作を読みこんでいると豪語したのだから、そんなはずないとわかっていても、期待せずにはいられなかった。
ーーーーでもアリアドナの顔を見て、脆い期待は崩れ去った。
「・・・・私を地獄に突き落として、悪役になった私を殺すつもりだったのね」
「・・・・・・・・」
「あなたの望みはシュリアに成り代わって、皇后になることなんでしょう? だから私にも原作通りに、悪の根源になってもらわないと困るのね」
睨みながら一歩詰めよると、アリアドナは動揺したのか後退した。
「・・・・誰から、原作の結末を聞いたの?」
アリアドナの探るような言葉に、私は呆れる。
「別に、誰からでもいいでしょ」
「重要よ! 私達の他にも、前世の記憶を持ってる人がいるってことでしょ!」
「他にも転生者がいることが、なぜあなたにとっては都合が悪いの? シュリアに成り代わる計画に、支障が出るから?」
「・・・・・・・・」
「私はあなたを友達だと思っていたのに、どうしてこんなことができるの?」
私のその言葉には、アリアドナは明確な反応を返した。
「はっ!」
彼女は私の言葉を花で笑い飛ばすと、見下すように顎を上げた。
「あんたのことを、友達だと思ったことはない」
「・・・・・・・・」
「私があんたを、地獄に突き落とした? 自分の不幸を、私のせいにするのはやめてくれる!? 恨みなら、そんな縁談を進めたあなたの両親に向けてよね。あなたの結婚には、私は何一つ関わってないんだから!」
アリアドナのむき出しの感情から、攻撃性があふれ出ていた。獣が敵対する存在に向ける、歯を剥き出しにする、毛を逆立てるといった反応と、同質のものだった。
彼女の、理想的な女性の仮面の下にある別の顔を、ようやく見ることができたのだ。
ーーーー決裂したと実感するには、アリアドナの言葉は十分すぎた。
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