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しおりを挟む「民衆の間でシュリアの名前が知れわたったら、お金を使って、彼女のことを宣伝しましょう」
「せ、宣伝ですか?」
シュリアの目が丸くなる。
「そう。・・・・もうあなたは知ってると思うけど、世間での私の評判はさんざんなの。嫁ぎ先の家を潰した、毒婦って呼ばれてる」
「そ、そんなの、実態を知らない人達が勝手に騒いでいるだけです!」
とたんに大人しかったシュリアが、怒りをあらわにする。彼女が私の代わりに怒ってくれているのを感じて、頬が緩んでしまった。
「私は大丈夫よ」
「でも・・・・」
「大事なのは、ここからなの。私の悪評については、あなたが言うとおり、ファンクハウザー家の実態を知らない人達が、想像で騒いでいるだけだわ。・・・・でも一部の人達は意図的に、私に悪女のイメージを定着させようとしている」
二人の顔に、緊張が走った。
「まさか、君をモデルにした悪役が断罪されるという内容の、あの演劇のことを言ってるのか? ひどい内容だとは思ったが、まさか・・・・」
「問題の劇を公演した劇場の総責任者と、劇団の団長を調べたところ、ヴュートリッヒの関係者でした」
宣戦布告してから、アリアドナに動きがないことを訝しんでいたけれど、実際は彼女は水面下で動き出していたようだ。
世間の人々の、私にたいする評判の悪さをかんがみて、劇団を使ってさらに評価を落とし続ければ、私は勝手に自滅すると判断したのだろうと思う。
「だったら、抗議すべきですっ!」
シュリアがテーブルを叩いて、そう怒鳴った。普段温厚なシュリアが見せた怒りの表情に、私もクリストフも面食らう。
「こ、抗議しようにも・・・・私をモデルにしていないと言い訳されたら、それまでよ。私の名前は使わずに、私の評判を知っている人達だけに伝わるぐらいの、微妙な設定にしてあるから・・・・」
「で、でも、なにか方法があるはずです」
「私は世間でどう言われても、平気よ。それよりもこの話で重要なのは、実在の人物をモデルにして、その存在を世間に認知させることができるという点なのよ」
「つまり・・・・何が言いたいんだい?」
クリストフはさっさと答えを聞こうとして、そう質問してきた。
「こういったやりかたで評判を落とせるなら、その逆も可能だと思うんです」
「劇団を使うということか?」
「シュリアをモデルにした主人公が、聖女として成り上がっていくストーリーを作って、劇場で公演するんです。シュリアやバウムガルトナーという名前は使わずに、だけど見ている人にはそれがシュリアだとわかるような人物像に描けば、人々には伝わるはず」
「なるほど・・・・それはいいアイディアだ」
シュリアは目を瞬かせている。シュリアの話題なのに、当の本人は置いてきぼりで、私とクリストフだけが盛り上がっている状態だった。
「だからシュリア、私にあなたのプロデュースをさせてくれないかしら?」
話の締めくくりに、私はシュリアにそう提案した。
「プロデュース・・・・?」
だけどシュリアは首を傾げる。
当然だった。この世界には、プロデュースという言葉はない。その言葉をどう言いかえればいいのか、ぱっと思いつかなくて、私は頭を働かせる。
「ええと・・・・あなたという人物の名前を、世間に広めるために、私はその過程を担う総責任者になりたいのよ」
一生懸命説明しようとしたけれど、シュリアは余計に混乱したのか、目が回っているように見えた。
「シュリア。アルテのいうプロデュースとは、演出のことさ。君を舞台上の演者に例えるなら、彼女は舞台演出や、演技指導を担うと言ってるんだ」
クリストフが私の小難しい説明を、わかりやすく噛み砕いてくれた。
「ああ、そういうことなんですね!」
おかげでシュリアも納得してくれる。
(グッジョブ、クリストフ!)
クリストフに向かって、思わずそう言いそうになった。さすが、皇宮で難しい立場に立たされても、家門を守り続けただけはある。
ーーーーアリアドナは、セルフプロデュースができる人物だ。彼女の人柄は評価しないけれど、その実力だけは認めざるを得ない。
常に他人の目に映る自分の姿を意識していて、現代にいれば、SNSを駆使して、自分の存在を世界に発信して成功するような人物だった。自分が一番だと信じているから、自信に満ち溢れたその姿は確かに魅力的に見える。
一方シュリアは、偽ることがあまり得意じゃない。アリアドナと違って素顔のほうを評価される人物だ。原作と違って魅惑の瞳という武器がない以上、彼女にはプロデュースしてくれる人物が必要だった。
そしてプロデューサーが必要なら、私やクリストフがそうなればいい。
「シュリア。お前はどう思う?」
クリストフは、シュリアの意見を無視してまで、事を進めたりしない。その時も、まずシュリアの意思を聞いた。
「わ、私は・・・・」
シュリアは膝の上でもじもじと手を動かしながら、考えていた。
「・・・・アルムガルト侯爵の申し出は、とてもありがたいです。実は私は今でも、社交界での立ち回りかたがわからなくて・・・・不安だったので・・・・」
私が感じていた、シュリアがいつか悪意に潰されてしまうかもしれないという不安を、シュリア自身も感じていたようだ。
「もっと別のやりかたで、家門の役に立てるなら・・・・」
そう言ったシュリアの目から、ぼろりと涙がこぼれ落ちた。
突然のことに、私もクリストフも動揺した。
「しゅ、シュリア?」
「・・・・ありがとうございます、侯爵様・・・・本当に・・・・」
シュリアの感謝の声は、波間を漂うように揺れていた。
その姿を見て、隠していただけで本当は、シュリアはもう限界の一歩手前まできていたことを知った。
クリストフもうろたえていた。彼も今の今まで、娘の心の状態に気づけずにいたのだ。
「・・・・ごめんよ、シュリア」
クリストフはおろおろしながら、シュリアをぎゅっと抱きしめる。
社交界に出ることが本人の意思だったとはいえ、無理に気づけずに止めることができていなかったことを思い知って、クリストフも後悔しているのかもしれない。
(この二人のことも、守らなければ)
私が苦しんでいた時に、クリストフは手を差し伸べてくれた。シュリアも私を励ましてくれて、自信を取り戻させてくれた。
ーーーーだからこの二人のことを、私が守ろうと心に誓った。
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