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しおりを挟むその日、抜けるような秋空の下で、狩猟地の入り口に集まった大勢の貴族達が、お喋りに花を咲かせていた。
モルゲンレーテでは毎年、皇室が管理する狩猟場で春と秋に、狩猟大会が開かれる。皇室主催の大会なので貴族は軒並み出席し、出会いの場としても、狩りの腕を披露して名声を得る場としても盛り上がっていた。
「・・・・・・・・」
その日私は珍しく、狩猟大会に参加していた。最近アリアドナの動きが不穏なので、彼女の様子を確かめたかったからだ。
狩猟地の入り口の広場には、昼食会のためにテーブルが設置されている。真っ白なテーブルの上にはフルーツのオードブルやワインが置かれている。狩猟大会と聞いていなければ、別の集まりなのかと思うような和やかな雰囲気だった。
「今年は、誰が秋の女王に選ばれるのでしょう?」
昼食会から少し外れた場所で、情報収集をしようと聞き耳を立てていると、令嬢達の話し声が聞こえた。
狩猟大会では毎年優勝者が、妻や婚約者、あるいは想い人にトロフィーを送るという慣習があった。トロフィーを贈られた女性は、春の大会なら春の女王、秋の大会なら秋の女王と呼ばれる。
狩猟大会自体が貴族の令息達の腕試しであると同時に、令息と令嬢の出会いの場でもある。優勝して、想い人にトロフィーと女王という称号を送れば、想いが成就しやすくなるのかもしれない。まったく好きになれない相手からトロフィーを贈られて、困惑する令嬢もいるかもしれないけれど。
「ベルント殿下が優勝したら誰に贈るのか、気になりますね」
政治的な理由で、ベルント殿下の相手を気にする人もいるようだった。
穏やかな狩猟地だ。獣の頭数も、森番によってきちんと管理されているらしく、危険な獣が出てくる気配はない。
「そういえば、あの話を聞きました?」
その話が耳に入ってきたのは、私が木陰で休んでいた時だった。
「何の話ですか?」
「ビュットナー伯爵が倒れた件ですよ!」
聞き耳を立てていたわけじゃないのに、近くにいたからか、会話の内容ははっきりと聞き取ることができた。
「なんでも原因不明の病で、医者も打つ手がないとか・・・・」
「神官の治癒力でも治らないのですか?」
「一時的には持ちなおすそうですが、また悪くなってしまうそうです」
「まあ、まだお若いのにどうして・・・・」
「持病などは、なかったのでしょう?」
「ええ、一年前まではとてもお元気でしたよ?」
「そういえばバルツァー男爵も、絵画の展覧会に行った翌日に、倒れたそうですね。こちらも原因不明なのでしょう?」
「ーーーービュットナー伯爵やバルツァー男爵といえば、公然とアリアドナ侯爵令嬢のことを、詐欺師と罵っていた方ですよね」
ニーナがそう言ったことで、意識が一瞬で研ぎ澄まされた。聴覚は自然と、令嬢達の会話に向かう。
「神殿では、天罰が下ったと囁かれていますよ。聖女として国に尽くしている方を、悪しざまに罵るような真似をするから、神が不道徳な者達に病という罰を下されたのだと・・・・」
「まあ、ニーナ嬢! そんなことを言ってはなりません」
「どうしてです? 公然の事実でしょう?」
焦る他の令嬢を小馬鹿にするように、ニーナは口元を歪めた。
「今回、病に倒れたのは、ビュットナー伯爵だけじゃないのですよ。ヴュートリッヒを嫌い、公然とアリアドナ嬢を詐欺師だと罵っていた貴族達がそろって、原因不明の病で倒れたのですから。ーーーー天罰だと考えるのが、自然じゃありません?」
「・・・・・・・・」
その後も令嬢達はその話題を続けたようだけれど、さすがにこの件は大きな声では話せないと思ったのか、小声になってしまったため、後半は聞き取れなかった。
その会話を聞いた後では、平和の象徴のようだった鳥のさえずりが、凶兆の前触れのように思えるほどだった。会話の続きが気になったものの、大勢の人がいるこの場所では、ホワイトレディの力は使えない。
(これは調査する必要がありそう)
アリアドナは民衆には聖女として認知されているけれど、貴族の間では、彼女のことを詐欺師だと見る人も少なくなかった。
ビュットナー伯爵といえばまだ四十代のはずだけれど、貴族男性は暴飲暴食ができる立場なので、不摂生が祟って倒れる人も少なくない。
とはいえ、アリアドナに批判的だった貴族ばかりが倒れているという点が気になる。その上、まるでこの瞬間を狙っていたように、神殿が天罰だと騒ぐなんて、あまりにもタイミングが合いすぎて、疑わしい。
ただの偶然なのか、それともアリアドナの〝聖女計画〟の一環なのか、調べてみればはっきりするはずだ。
「・・・・・・・・」
アリアドナは今何をしているのだろうと、彼女のことがまた気になりはじめて、群衆の中にアリアドナの姿を探す。
アリアドナは目立つ存在なので、すぐに見つかった。取り巻きのヴュートリッヒの騎士達に囲まれて、楽しそうにお喋りをしている。
思わずアリアドナを見つめていると、視線を感じたのか、アリアドナと目が合った。
アリアドナは一瞬、すっと目を細め、それから隣にいたヴュートリッヒの騎士に、何かを耳打ちした。
「・・・・・・・・」
それからもアリアドナは、口の端に含み笑いをたたえたまま、耳打ちを続けていた。彼女の目が、こちらをちらちら盗み見ていることが気になった。
ただ悪口を言っているだけなら、まだいい。陰口を叩かれることなんて、慣れっこだ。だけどその時の、何かを企んでいるような、アリアドナの含み笑いが、私の胸をざわめかせた。
(・・・・嫌な予感がする)
耳打ちされたせいか、ヴュートリッヒの騎士達の目まで、私に向けられるようになっていた。魅惑の瞳の影響か、ヴュートリッヒの騎士達はアリアドナに心酔しているので、私にとっては危険な存在だった。
ーーーーその瞳に剣呑なものを感じて、私は帰ることを決めた。
「帰るわ」
護衛の騎士のエトヴィンとフロレンツにそう告げて、私は馬にまたがる。馬車は狩猟地の入り口に停めているので、そこまで戻らなければならなかった。
私は何事もなく、邸宅に帰宅することを願っていたけれど、願ったとおりには進まなかった。
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