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しおりを挟む「とにかく私は、いったん邸宅に戻ります」
「待ってくれ、アルテ。殿下の監視を任せるにあたって、いくつか話しておかなければならないことがあるんだ」
部屋を出ようとすると、クリストフに引き留められた。
「私は多忙だから、次にいつ会えるかわからない。だから今、話しておきたいんだが、体調は大丈夫か?」
「話をする余裕はあります。・・・・でも、話しておきたいこととは何ですか? 殿下の前で、庶子や離婚の件が禁句であることもちゃんとわかってますから、その点は大丈夫ですよ」
とにかく疲れていたから、答えが投げやりになってしまった。
「それだけじゃないんだ」
クリストフのほうは、真剣そのものだった。その表情から、茶化すことはできないと感じ、私も背筋を伸ばす。
「他に、なにかあるんですか?」
「ヨルグ殿下の、お母上に関することだ」
長い話になるのだろうか、クリストフはまず椅子に座り、私にも目で、前に座るようにうながしてきた。私はクリストフの対座に腰を下ろして、目で続きをうながす。
「前に話したと思うが、ヨルグ殿下のお母上のフロレンツィア様は、北部の貧乏貴族クロイツェル家の出身だ。本来なら皇帝の結婚相手に選ばれるような身分じゃなかったが、陛下が視察のために北部を訪れたさいに、フロレンツィア様の美しさと銀髪を目にして、次の結婚相手に決めてしまったんだ。クロイツェル家もそれを見込んで、陛下にフロレンツィア様を引き合わせたんだろう」
「・・・・望まずに陛下と結婚させられた上に、あの結末だったとしたら、フロレンツィア様も気の毒です」
「いや、陛下との結婚は、本人の希望に沿ったものだった。噂ではフロレンツィア様は自信家で気が強く、成り上がるために自分から陛下に近づいたらしい」
それははじめて聞く情報だった。てっきり私は、フロレンツィア様は多くの貴族女性と同じく、家門に差し出された女性だと思っていた。
「少し思い込みが強い女性だったのかもしれない。自分なら銀髪の男子を産めると、固く信じていたそうだ。でも結果は、君の知るとおりーーーー」
「・・・・生まれてきた子供は金髪で、離婚を言いわたされた上に、ヨルグ殿下の継承権は奪われたわけですね?」
クリストフは重々しくうなずく。
「気が強い女性だったから、陛下の決定に猛然と抗議したそうだ。だが陛下は聞きいれなかった。・・・・一族の期待を背負って嫁いだ女性が、離婚を突きつけられた上に、子供は庶子に落とされるという屈辱を受けたんだ。フロレンツィア様だけじゃなく、クロイツェル家にとってもこの上ない屈辱だった。・・・・実家に戻った親子が、どんな扱いを受けたかは想像に難くない」
「・・・・・・・・」
「失意のフロレンツィア様は、塞ぎがちになったそうだ。貧乏貴族から皇后まで成り上がったという、過去が華やかだったぶんだけ、苦しみも大きかったのだろう。しかも彼女自身には非がないことだからな。・・・・次第にその怒りは、望み通りの姿で生まれてこなかった、ヨルグ殿下にぶつけられるようになったと聞いている。それは、フロレンツィア様が亡くなるまで続いたそうだ」
「そんなーーーー」
陛下が多くの女性と、その子供達を不幸にしたことは知っていたけれど、あらためて聞くと、聞くに堪えないと感じた。最終的に何の罪もない子供に、そのしわ寄せがいったと思うと、他人事なのに怒りが湧いてくる。
「・・・・もしかして、虐待されたんでしょうか?」
「はっきりとはわからない。この国にはまだ、虐待という言葉がないからな。それにもともと北部は、子供達を必要以上に厳しく育てる土地柄だ。過酷な環境に置けば置くほど、子供は強くなるという間違った認識がある。そういった体験がトラウマになることも、まったく認知されていない。・・・・ヨルグ殿下の幼少期が、抑圧されていたことは間違いないと思う」
「・・・・・・・・」
「荒くれ者と呼ばれるような乱暴な性格になってしまったのは、複雑な幼少期の反動なのかもしれない。・・・・昔のヨルグ殿下は、繊細な子供だったという説もあるぐらいだから」
「ーーーー繊細?」
すべての話を納得して聞いていたけれど、繊細という言葉だけは受け入れがたく、話の腰を折ってでも聞き返さずにはいられなかった。
「今ーーーー繊細とおっしゃいました?」
「そ、そこに、そんなに強く食いつくか?」
「今のところ私の目には、ヨルグ殿下は繊細という言葉から、もっともかけ離れた存在だと思うんですが・・・・」
「ま、まあ、マゾヒストよりもサディストのほうが打たれ弱いという説もある」
「そんな説、聞いたことがないんですが、どこの統計ですか?」
「私の個人的な体験から導き出した、とても個人的な結論だ!」
「・・・・そうですか」
深く聞くのはやめておこう。というか、聞きたくない。
「・・・・虐待の件はわかりました。その点も注意して、ヨルグ殿下に接しますから、心配しないでください」
私が無理やり笑うと、クリストフも笑顔を返してくれた。
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