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しおりを挟む今までやられっぱなしだったのに、今回だけはアリアドナを一泡吹かせることができた。その嬉しさから、皇都への帰り道、私は浮かれていた。
気持ちが高揚していたおかげで、馬車での移動も苦にならないほどだった。
「ただいま戻りました!」
「お帰りなさい、閣下!」
だけど隠家の扉を開いたとたん、私以上のテンションの高さでバルドゥールさん達に出迎えられ、雲の上でふわふわしていた気持ちが、一瞬で現実に落ちてくる。
仰々しい歓迎ぶりとは対照的に、バルドゥールさん達は目の下にクマができていて、憔悴が目立つ。
「あ、あの・・・・もしかして私の不在中に、なにかありました?」
「いえ、何も」
そんな答えが返ってきて、拍子抜けする。
私の不在中に、またヨルグ殿下が脱走未遂事件を起こして、バルドゥールさん達を手こずらせたのかと思ったら、そうじゃないらしい。
だとしたらどうして、彼らはここまで憔悴しているのか。
「・・・・ヨルグ殿下に何の動きもなかったので、逆にその大人しさが不気味で、まったく気が休まりませんでした」
「・・・・・・・・」
暴れていても、逆に大人しくしていても、結局は相手の精神力を削ることに成功するヨルグ殿下のことを、あらためて強者だと感じた。
「な、何事もなかったようで、よかったです・・・・」
「ヨルグ殿下は閣下が留守だと見抜きつつも、配膳係に毒づく以外は大人しかったです。一度も脱走しようとしなかったので、その点では助かりました」
「やっぱり、私が留守だと気づかれたんですか? 他のメンバーに、私の変装をさせてもダメでした?」
「・・・・閣下と体形が似ている部下に、閣下が使っていた変装一式を着けさせて、対応させたのですがーーーーヨルグ殿下にはなぜか一瞬で、偽物だと看破されてしまいました」
「そんな馬鹿な・・・・」
私は素顔も本当の髪色も、声さえも明かしていない。なのに同じ変装をしても、ヨルグ殿下には正体を看破されてしまうという話が信じられなかった。
「レスリー、閣下に仮面とウィッグをお返ししろ」
「はい」
レスリーという名前のメンバーが、私に仮面とウィッグを差し出してきた。どうやら彼女が、私になりすまそうとして失敗した人のようだった。
レスリーという女性の身長を、自分と比べてみる。身長も体形も、ほぼ同じだ。ーーーーなぜこれで正体を見抜かれてしまうのか、不思議だった。
「閣下、これをお返しします」
「待ってください」
私は受け取りを拒否して、バルドゥールさんを見る。
「隠家には他にも、仮面とウィッグがありますよね?」
ヴォルケのメンバーも顔を隠さなければならないので、この隠家には他にも、仮面とウィッグが用意されているはずだ。
「ええ、ありますが・・・・」
「貸してください。確かめたいことがあるんです」
バルドゥールさんからは、問いかけるような眼差しが返ってきた。だけど説明したら反対されそうだったから、私は目を合わせないようにした。
代わりに私は、レスリーさんと向き合った。
「レスリーさん、協力してください」
それから数分後、私は猫の仮面と髪色が緑のウィッグをつけて、ヨルグ殿下の前に立っていた。
前には、私がいつも殿下の前で着用していた仮面とウィッグを着けたレスリーさんがいる。一応、バルドゥールさんにもついてきてもらった。
私と同じ体形のレスリーさんが、私と同じ変装をしたにも関わらず、殿下には見抜かれてしまうという話が、どうしても信じられない。
だから私がもう一度、ヨルグ殿下を試してみることにしたのだ。
「お久しぶりです、殿下」
ヨルグ殿下の前で話すセリフは、部屋に入る前に話しあって決めてある。レスリーさんは決められたセリフ通りに、私のふりをして殿下に話しかけた。
「・・・・アルベルタが戻ってきたのか?」
「はい。なので、挨拶にまいりました」
ヨルグ殿下は、レスリーさんの後ろにいる私に目を向けた。
「どうせ偽物だろ」
「どうしてはじめから疑ってくるんですか・・・・」
変装で騙そうとしたことを、根に持っているのだろうか、ヨルグ殿下ははじめから全力で疑っている。
「後ろの女は誰なんだよ」
「お土産があるので、彼女に運ぶのを手伝ってもらっただけですよ」
私は前に出て、サルビア村で購入したお土産を、殿下に差し出す。
「どうぞ」
「・・・・・・・・」
「・・・・そう警戒しないでください。開けても、爆発なんてしませんから」
爆発物を見るような目で、お土産を睨むヨルグ殿下に、ツッコミを入れずにはいられなかった。
「・・・・!」
するとヨルグ殿下は目を見開いて、私の顔をまじまじと見つめる。仮面のおかげで表情なんて見えないはずなのに、何を見ているんだろうと、私は面接官の前に立たされた時のように緊張していた。
「・・・・で、殿下? どうしました?」
レスリーさんも動揺している。
「どうして突然、メンチ切ってくるんですか? 睨めっこしようってことですか? だったら、負けませんよ」
思わず言い返すと、なぜかヨルグ殿下はにやりと笑う。
「ーーーーこっちが本物の〝アルベルタ〟だな」
彼が指差したのは、変装したレスリーさんーーーーではなく、私だった。
「な、なんでーーーー」
「アルベルタの偽物を演じるには、その女は謙虚すぎる」
そう言って、ヨルグ殿下は人差し指をレスリーさんのほうに流す。
「・・・・謙虚? つまり殿下は私が、不遜だとおっしゃりたいんですか?」
「そうそう。そんな感じで、相手が何者だろうが、喧嘩腰の慇懃無礼な態度で突っかかってくるのが、本物のアルベルタだ」
「・・・・・・・・」
憮然とする私を見て、レスリーさんは吹き出していた。ここまで完璧に看破されると、反論もできない。
「・・・・変装を一発で見抜いたと聞いてましたが・・・・」
「いつもは一つの嫌味を言うと、あんたからは十の煽りが返ってきたのに、あんたの偽物は気持ち悪いぐらいに大人しかった。だから試しに、〝本物のアルベルタはいないのか?〟ってカマをかけてみたんだよ。そしたら、見事に引っかかってくれた」
思わず、レスリーさんを見てしまった。レスリーさんには、光の速さで目をそらされてしまう。どうやらレスリーさんが、殿下の罠に引っかかっただけの話のようだった。
「そ、それでは、私はこれで」
レスリーさんは逃げ出すように、そそくさと退室する。
「・・・・喧嘩腰で慇懃無礼とは、ひどい言われようです」
「俺が恋愛小説は持ってくるなと言ったのに、出かける前に大量の恋愛小説を差し入れてくるぐらいには、喧嘩腰だろ」
殿下は、私が他の本に混ぜておいていた恋愛小説を手に取る。
「ぜひ殿下に、新しい世界を切り開いてもらいたかったんです。感想をお聞かせ願います」
「読むわけないだろ!」
「それは残念ですね」
私は殿下の手から、恋愛小説を受け取り、ページをぱらぱらとめくる。
「どんなことにも言えますが、食わず嫌いはよくないです。くだらないと決めつけず、一度読んでみてくださいよ。新しい発見があるはずです」
「確かに、どうでもいい発見はあった。十冊も読んだのに、どの本にも難病と記憶喪失展開が出てきたぞ。なんでそんな展開ばっかりなんだよ」
「ちゃんと読んでるじゃないですか・・・・」
よっぽど暇だったのだろうか、文句を言いつつ、しっかり読んだようだった。
「それで、どこに行ってたんだ?」
ヨルグ殿下はベッドに腰かけると、質問してきた。
「残念ながら、教えられません。でも、お土産はありますよ」
気を取り直して、私はもう一度お土産袋を差し出した。
だけどヨルグ殿下はさっきと同じく、疑いの目を向けてきた。
「何が入っている?」
ヨルグ殿下が警戒して、意地でも受け取らないという姿勢を見せてくるので、仕方なく私は自分で袋から、お土産を取り出した。
それをテーブルに並べて、まずは缶詰を手に取る。そして蓋を開けてから、殿下に中身を見せた。
殿下は用心しながら中を覗きこみ、中身が空だったことに首を傾げる。
「なんだ、こりゃ」
「外の空気が吸いたいとおっしゃっていたので、田舎の清涼な空気を、缶詰に入れて持ってきてみました。どうぞ、思う存分吸ってください」
「・・・・あんたの煽り能力が高いことは、よーくわかった」
お気に召さなかったようだ。次に私は、サルビア村で買ってきたパンを袋から取り出して、殿下に差し出した。
「では、パンはどうですか?」
「どこかの特産品なのか?」
「いえ、空気がおいしい村から買ってきた、ごく普通のパンです。ナッツは入っていないので、ご安心を」
「・・・・・・・・」
ヨルグ殿下はパンを受け取り、おいしくなさそうにもそもそと食べる。
「おいしいですか?」
「おいしくも、まずくもない」
「そうですか・・・・」
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