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しおりを挟む移動中に意識を失った私は、気づけばまた、ベッドの上に寝かされていた。
「お目覚めですか?」
私が目覚めたという報告を受けると、レスリーさんがすぐに駆けつけてくれた。彼女は私に、次の隠家への移動が無事に終わったこと、怪我人が数名出たけれど、すべて軽傷で、死者はでなかったことを教えてくれた。
「そう・・・・よかった」
安心感で気を抜いてしまうと、私はまた意識を失った。
それからは、眠りと覚醒を繰り返した。まるで小刻みに時を刻む長針のように、意識は数時間おきに覚醒して、数十分もせずに眠りに転落する。そして目覚めている間はずっと、身体の奥の不快感に苦しめられた。
症状は落ち着いたと思ったら、悪化するということを繰り返した。
レスリーさんが付きっきりで看病してくれていたのか、目覚めた時には必ずと言っていいほど、彼女がそばにいてくれた。レスリーさん以外にも誰かがそばにいる気配は感じたけれど、目覚めてもすぐに意識を失うので、誰なのか確かめる余裕がなかった。
どれぐらいの間、毒に苦しめられていたのだろうか。
ーーーーある朝、これまでの苦しみが嘘のように、すっきりした気分で目覚めることができた。
「ふわー・・・・」
身体を起こして大きく腕を伸ばしながら、朝の清涼な空気を吸い込む。
(ようやく、毒が抜けたのね・・・・)
ここ数日の、高熱と不快感の地獄の苦しみを思い出すと、よく耐えたと自分を褒めたい気分だった。
「ようやく起きたか」
私の他に誰もいないと思っていたのに、誰かに声をかけられてぎょっとする。驚きで強張った首をぎしぎしと動かして、私は隣を見た。
かたわらに、ヨルグ殿下が足を組んで座っていた。
「おはよう」
「お、おはようございます・・・・?」
頭の中が疑問符だらけで、挨拶の末尾にまで疑問符がついてしまった。
(どうして殿下がここに?)
そこで私は、顔を隠さなければならないことを思い出し、慌てて枕元の棚に手を伸ばす。でもその時にかぎって、いつもそこに置いていた仮面の手応えがなかった。
「仮面ならあんたの手下がちゃんとつけていったから、安心しろ」
「あ・・・・」
顔に手を当てて、自分が仮面をつけていることに気づく。仮面をつけたまま眠っていた自分の姿を想像すると、シュールすぎて恥ずかしくなったけれど、なんにせよ、ヨルグ殿下に顔を見られたわけじゃないようで、安心する。
「どうして殿下がここに?」
「あんたを世話していた女ーーーーレスリーって名前だったか。あいつが過労でぶっ倒れたから、代わりを引き受けたんだ」
「た、倒れた?」
「医者によると原因は寝不足だそうだから、寝りゃ治る」
「そ、そう・・・・」
事態は理解できたけれど、思考力はまだ膠着している。頭の中に、ゲーム画面の、ロード中の文字が浮かび上がってきそうだった。
「ほら」
その間にヨルグ殿下が、なにかを差し出してきた。
「これは・・・・」
「料理担当の奴が、胃に優しいスープだと言ってたから、それなら病み上がりでも食べられるだろ」
「あ、はい・・・・ありがとうございます」
「食欲はないだろうが、あんたは二日間、ほとんど何も食べてない。なんでもいいから、とにかく胃の中に入れるんだ。じゃないと、また悪化するぞ」
「・・・・ということは、私は二日間も寝てたんですか?」
ヨルグ殿下はうなずく。
空腹のはずだけれど、ヨルグ殿下の言うとおり、食欲が不思議なほど湧いてこない。でも、何か食べなければという一心で、スープを口に運ぶ。熱いスープが喉を通って、胃に落ちていく感覚がはっきりとわかった
すっかり回復したと思っていたけれど、どんなに意識しても、手足に力が入らない。まだ、全快にはほど遠いようだ。
「あっ・・・・!」
そのせいでスプーンを落としてしまった。ヨルグ殿下が拾い上げて、予備のスプーンと取り換えてくれる。
「ありがとうございます」
受け取るために手を出したけれど、殿下がわたしてくれることはなかった。彼は私の手から器を取って、スプーンでスープをすくった。
「ほら」
どうやら殿下は、食べさせてくれるつもりらしい。
「殿下、私は自分でーーーー」
「またスプーンを落として、食堂まで取りに行かせるつもりか? こっちのほうが無駄がないんだ」
「・・・・・・・・」
誰かに食べさせてもらうなんて、子供の時以来で、緊張した。
でも、スプーンも持てないほど手に力が入らないのだから、仕方ない。
「ふう・・・・」
完食して一息つくと、ヨルグ殿下が水を差しだしてくれた。お腹が満たされ、喉の渇きも癒されると、今の状況の奇妙さがあらためて引っかかった。
「これは夢でしょうか?」
「まだ寝ぼけてんのか?」
「・・・・夢ですね。だって殿下が、私の看病をしてるなんてありえない」
「・・・・相変わらずだな。寝ているときはまだ、可愛げがあったのに」
仮面をつけたままの寝顔を、〝可愛げがある〟なんて言われても、反応に困る。それになんだか妙に、恥ずかしかった。
「殿下も、眠っている時は可愛かったですよ。寝顔だけは天使のようでした」
恥ずかしさを誤魔化すために、私がそう言うと、殿下はぎょっとしていた。
「俺の寝顔なんて、いつ見たんだよ」
「殿下が、発作を起こした時です。普段狂犬と呼ばれているのは信じられないぐらい、可愛らしい寝顔でした」
「・・・・人の寝顔を見て可愛いだとか天使だとか、気持ちが悪い」
「返す言葉もありません。・・・・でも殿下、そのお言葉、まっすぐ殿下にも跳ね返って、胸に突き刺さってますよ?」
しばし睨みあったあと、どちらからともなく笑い出した。
久しぶりに、私はお腹を抱えて笑ったし、ヨルグ殿下が爆笑している姿を見たのも、それがはじめてだった。
「まったく、どんな生き方をしていたら、そんなに可愛げがなく育つんだ?」
「そのお言葉も、まっすぐ殿下に投げ返せますね」
「死ぬ一歩だったのに、よく喋るな。皇太子相手にそれだけ言いたい放題できるなら、人生を謳歌していそうだ」
「謳歌してますよ。どうせクソ女と呼ばれるなら、開き直ってクソ女らしく生きようと思ったんです。そうしたら、とても気が楽になりました」
「あ、目が覚めたんですね」
そのタイミングで、レスリーさんが部屋に入ってきた。
「お加減はどうですか?」
「レスリーさんこそ、倒れたそうですが、大丈夫でしたか?」
「ただの寝不足なので、もう大丈夫です。ぐっすり寝ましたから」
それからしばらくして、ボールマンさんが診察に来てくれた。
彼は私の熱が下がったこと、脈に異常がないことを確認してから、もう動いても大丈夫だというお墨付きをくれた。
「ただし、激しい運動やストレスがかかることはひかえてください。完治ではありませんから、三食きちんと食べて、安静にしていることが重要です」
その後私は、すぐに入浴することになった。とにかく身体の汚れを落としたいという私の訴えを、レスリーさんが聞き入れてくれたのだ。
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