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しおりを挟む浴槽のふちに頭を乗せ、温かいお湯につかっていると、ようやく生き返った心地になる。
「・・・・・・・・」
身体を洗うのを手伝ってもらっている間、レスリーさんの視線を、ずっと背中に感じていた。
ーーーー私の背中は、ハインリッヒの鞭打ちのせいで残った傷に覆われているのだから、気になって当然だ。
何か説明すべきなのかもしれないけれど、正直、この傷に関することは話したくないというのが本音だった。だからレスリーさんが何も聞かないでくれるのなら、その好意に甘えて黙っていよう。
(背中の傷のことは、誰にも知られたくなかったのに・・・・)
貴族女性は、使用人に入浴を手伝ってもらうのが一般的だけれど、背中に傷ができたあとは、一人でお風呂に入るようにしていた。今のように、誰かに背中を見られることを避けるためだ。
「湯加減はどうですか?」
「え? ああ、うん、ちょうどいい感じです」
レスリーさんは気を使って、何も聞かないでくれた。
その気づかいをありがたく感じるのと同時に、あらためて献身的に介護してくれたレスリーさんにたいする、感謝の気持ちが込み上げてきた。
「何もかも本当にありがとう、レスリーさん」
「気にしないでください。閣下が無事で、本当によかったです」
そう言いながら、レスリーさんは私の髪を洗ってくれる。
「・・・・それにお礼なら、ヨルグ殿下に伝えてください」
「殿下に?」
「閣下を安全な場所まで連れてきたのもヨルグ殿下ですし、その後閣下に付き添い、病状が悪化した時に対応したのも、殿下です」
「私の看病を・・・・」
「ええ、病人の看護に慣れている様子でした」
ーーーー慣れている。その言葉を不思議に感じた。
「・・・・わかった。ヨルグ殿下に、お礼を伝えます」
ヨルグ殿下が看護に慣れているかどうかは別にして、殿下が私の世話をしてくれたというのは事実なのだろう。ちゃんとお礼を言わなければならない。
「閣下の意識がない間、何度かバウムガルトナー侯爵が訪ねてきました。とても心配されていたので、閣下が目覚めたことをすぐに報告しました。すぐには来られないそうですが、近いうちに訪ねてくるそうです」
「忙しいのに、これ以上クリストフに迷惑をかけられません。回復したら、こちらから会いに行くと伝えてください」
「わかりました」
「あ、そうだ。今は、バルドゥールさんが指示を出しているんですか?」
今までは隠家の生活のことは、私が取り仕切っていた。
でも私は二日間も意識がなかったので、他の誰かが、ヴォルケに指示を出していたはず。クリストフは多忙で隠家に来られないはずだから、バルドゥールさんが代わりを務めてくれたのだろうか。
「それがーーーー」
なぜかレスリーさんは言いにくそうに、まごついている。
「どうしたんですか?」
「バウムガルトナー侯爵は多忙で、団長も負傷したので・・・・襲撃を受けた時にヨルグ殿下が指示を出すようになった流れで、この隠家での生活も、今では完全に殿下が取り仕切っています」
「・・・・・・・・はい?」
また頭の中に、ロード中の文字が浮かび上がってしまった。
部屋に戻ると、誰かがベッドのシーツを取り換えてくれていた。
洗いたてのシーツに寝そべると、とても心地よくて、すぐにでも眠ってしまいたくなった。でも残念ながら、ずっと眠っていたせいで、横になっても眠気が湧いてこない。
暇を持て余していると、扉をノックする音が聞こえた。
訪ねてきたのは、ヨルグ殿下だった。
「あれだけ寝てたんだから、どうせ眠れないだろ?」
そう言って殿下は、抱えていた本の山を、叩きつけるように机に置いた。
「あんたが暇してるだろうと思ったから、あんたが嫌がらせで置いていった恋愛小説の中から、記憶喪失と難病展開が入っている小説だけ選んで、持ってきてやったぞ。俺も暇だったからな」
嫌がらせも、だんだん巧妙になってきている。本人が言うとおり、あまりにも暇すぎたせいらしい。その時の殿下の表情は、腹が立つほど生き生きと輝いていた。
「・・・・返却します」
「受け付けない。それから、腹は減ってるか?」
「食欲がありません」
「そうか。でも回復するために、なにか食べろ。命令だ」
「・・・・命令するなら、なんで聞いたんですか?」
「スープを持ってきてくれ」
「かしこまりました」
ちょうどビルギットさんが通りかかったので、殿下がそう指示を出すと、彼女は一礼して、食堂のほうへ走っていった。
「・・・・まるでご自分の部下のように、すっかりここの者達を顎で使っていらっしゃるんですね・・・・」
「一番の危機に、よりによって組織の№1と№2が倒れたからな。自然と指揮権が、こっちに回ってきた」
№1が私で、№2がバルドゥールさんのことだろうか。ヴォルケの代表はクリストフなので、本当に№1と呼ばれるべきは彼なのだけれど、殿下はクリストフと接する機会が少ないので、私が組織の代表に見えているらしい。
「勝手に指揮権を奪われるのは困るのですが・・・・」
「勝手にしゃしゃり出てきた人間に、まんまと指揮権を奪われるような体制になってるほうが悪い」
「・・・・ごもっともです」
正論で返されると、何も言えなくなって困ってしまう。
ヨルグ殿下はさすが皇太子だけあって、人を使うことに慣れている。いずれ統治者になることを考えれば、当然なのかもしれない。
とはいえ、本来部外者であるヨルグ殿下に、ヴォルケの指揮権を奪われてしまうのは困る。とても困る。
「失礼します」
その時、バルドゥールさんが部屋に入ってきた。
「・・・・殿下。閣下のお世話は私達に任せて、ご自分の部屋にお戻りください」
「肝心な時にへばってたくせに、俺に指図するつもりか?」
「・・・・・・・・」
「いじめないでください。今回ミスしただけで、普段は頼りになるんです」
しょげているバルドゥールさんが見ていられなくて、私は口を挟む。
「まあ、一番頼りにならなかったのは、毒で倒れていた№1だからな」
「・・・・・・・・」
今度は私が、黙らされる番だった。
結局バルドゥールさんは指揮権を取り戻すことはおろか、ヨルグ殿下を部屋から追い出すこともできず、すごすごと退散していった。
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