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しおりを挟むボールマンさんはもう大丈夫だというお墨付きをくれたけれど、私の状態はまだ、完治にはほど遠いようだった。
朝の快調な出だしが嘘のように、昼には体調を崩してしまい、また私は安静にしていなければならなくなった。
とはいえ、症状は立ち眩みと発熱だけだ。毒に苦しんでいる時に比べると、かなり楽だった。昼寝をすると夜に響くので、私はベッドで安静にしながら、読書で時間を潰す。
でも気づかないうちに、眠ってしまっていたようだ。目覚めると、窓からは赤い日差しが差しこんでいた。
「・・・・起きたのか」
ヨルグ殿下の声が聞こえたから、首を動かす。
殿下はこの前と同じく、ベッドのそばに置かれた椅子に腰かけていた。膝の上に本が裏返して置かれているから、いつものように読書をしていたようだ。
「・・・・また付き添ってくれてたんですか?」
「この状況で、あんたに死なれたら困るからな。ーーーーところで」
ヨルグ殿下は私の仮面の端を引っ張る。
「いいかげん、こんな仮面をつけるのはやめたらどうだ? 寝てる間もそれを着けてるなんて、寝苦しいだろ」
「殿下が、今までの私達の罪状について放免すると約束してくださるなら、すぐに取るつもりだと答えたはずです」
「減刑を考えてやる。何度聞かれたところで、俺の答えは変わらないぞ。・・・・ところでこの会話、何度目だ?」
「殿下から無罪放免の言質が取れるまで、しつこく訴え続ける予定です」
「・・・・強情な奴だな」
そう言いつつ、殿下は笑い、水を差しだしてくれた。
「ありがとうございます」
ちょうど喉が渇いていたから、私は思いっきり水を飲む。
それから殿下は、ボールマンさんが処方してくれた薬をわたしてくれた。
(・・・・確かに殿下は、誰かを看病することに慣れているみたい)
最初のころに比べれば、ヨルグ殿下の態度はかなり丸くなった。ーーーー今なら、色々聞いても、素直に答えてくれるかもしれない。
「・・・・殿下は、誰かを看護することに慣れているように見受けられますが、もしかして過去にも、誰かを看病したことがあるんですか?」
するとヨルグ殿下の表情が、固く強張る。その表情の変化で、聞いてはならないことだったのだと気づいて、私は目を伏せる。
「答えたくないことなら、答えなくてもーーーー」
「病気に倒れた母親を、数年間、一人で看護していた」
私の声をさえぎって、ヨルグ殿下は教えてくれた。
「・・・・看病のかいなく、数年後には亡くなったが」
「・・・・お一人で、ですか? 世話係もなく?」
するとヨルグ殿下は、自嘲的に笑う。
「・・・・離縁されて実家に送り返された女と、庶子に落とされた子供に、クロイツェルが世話係なんてつけるはずがない」
クリストフから聞いていた話ではあるけれど、やはり本人の口から、母方の実家でも冷遇されていたことを聞かされると、気持ちが暗くなった。
「クロイツェルの当時の当主が、思い出したように時々、医者や神官を送ってくれることはあったが、それだけだった。難病だったから、医者も最初から匙を投げてたし、実際、手の打ちようがなかったんだろう」
「だからといって、病床に臥した女性と、その子供を放置するなんて、あまりにもひどいです」
「こっちの風潮は知らないが、向こうでは、役目を果たせなかった人間は尊重されないし、居場所も与えられない。俺の母親は、皇帝に引き合わせるという機会を与えられたにもかかわらず、皇后の座を守り続けることができなかった。役目を果たせなかった人間と見なされたんだ」
「それは、フロレンツィア様のせいでは・・・・」
「そうだ。すべては、あのクソ親父の妄執のせいだ。・・・・でも、一族の人間には、誰に罪があるのかなんてことも関係なかったんだよ。役目を果たせたか、果たせなかったか、評価されるのは結果だけだ。母親がその扱いだったんだから、庶子に落とされた俺に関しては、言わずもがなだ。・・・・皇族の血なんて、認めてもらえなければ、クソの役にも立ちやしない」
殿下は、淡々と語る。風のように静かな声なのに、その奥には震えるような憎悪が感じられた。
「・・・・それでも殿下は、戦場ではクロイツェル軍の部隊を任されたんでしょう? どんな経緯であれ、クロイツェルは殿下のことを皇子として認めてくれたんじゃないんですか?」
ヨルグ殿下は戦場では、クロイツェルの軍を率いていたと聞く。
その話を聞いた時は、クロイツェルの中で唯一、皇族の血を引く者として尊重されていたから、隊長という地位を与えられたのだろうと考えていたけれど、ヨルグ殿下の口ぶりを聞くかぎり、違うのだろうか。
「あいつらが最初から無条件で、俺を認めてくれていたと?」
「・・・・違うんですか?」
「違う。ーーーークロイツェルにとって俺は、〝一族の恥〟でしかなかった。しかも憎むべき皇族の血を引いた、〝恥〟だ」
ヨルグ殿下は噛みしめるように言って、私の目を見据える。
「まっとうな道で、皇子として認められることは一生ないだろうと思っていた。だったらせめて、クロイツェルの戦士として認められようと思ったんだ」
ヨルグ殿下は、胸の前でこぶしを握りしめた。
「クロイツェルの中にも味方してくれる奴はいたから、そいつらに戦うすべを教わって、成人前に戦場に出た。戦場で武勲を立てることでなんとか一人前だと認めてもらえた。・・・・俺は自分の力で、今の立場を勝ち取ってきたんだ。皇族の血じゃなく、自分自身の力で、名誉を取り戻した。皇宮の連中と変わらず、クロイツェルの幹部連中も石頭だが、向こうでは実力を示し、認められさえすれば、地位は与えてもらえたからな」
ヨルグ殿下がなぜ、皇子でありながら、早くから戦場に出なければならなかったのか、私はこの時まで理解できずにいた。でも彼の口から、北の大地で彼が置かれていた立場を聞いてようやく、その理由を実感した。
(自分自身の力で、役に立つ強い人間だと証明するしかなかったのね)
クリストフの話を聞くかぎり、クロイツェルの領土は異民族の脅威にさらされているから、常に兵力が不足しているのだろう。クロイツェルの人達は彼のことを皇子ではなく、一人の兵士として認めて、受け入れたのだ。
でも、認めてもらうまで、どれほどの苦労があったのだろうか。ヨルグ殿下の身体に残っている無数の深い傷跡が、過酷さを物語っていて、胸が痛い。
「・・・・皇祖と同じ力を手に入れた時、俺を見下して、嘲笑してきた連中が、どんな顔をするのか、楽しみだったよ。とりわけ俺達を捨てたクソ親父は何を言うのかと、皇都に帰るまでずっと考えていた。・・・・だが、あの反応は笑えたな。皇国の君主ともあろう人間が、公衆の面前であんな醜態を晒すとは」
ーーーー彼の声に潜む憎悪を感じるたびに、どこに、そして誰に向けられた憎しみなのだろうと考えてしまう。彼の中にある憎悪の本流が、皇帝である彼の父親に向けられていることは間違いないけれど、その一部は、皇族の血を引く自分自身にも向いているのかもしれない。
自分に流れる血すら憎むようになったら、それは自傷行為と同じだ。
でもーーーー私には、ヨルグ殿下の傷に触れる勇気はなかった。生半可な言葉では慰めにならないどころか、殿下の中にある怒りを強める結果にしかならないと感じたからだ。
実際、私が殿下の立場だったら、傷には触れられたくないと感じるはずだ。
ーーーー私自身が、心の奥にある傷に触れられないよう、傷を隠して生きているのだから。
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