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しおりを挟む靴が皇宮のモザイク模様の床を叩いて、高い音が鳴る。
正面から堂々と入ってきたヨルグ殿下を見て、貴族達は色めきだち、静かだった皇宮は一気に騒がしくなっていた。
ヨルグ殿下はというと、どよめく貴族達には一瞥もくれず、まっすぐ謁見の間に向かっていた。
「よ、ヨルグ殿下、ご無事だったんですか!?」
「一体、今までどこにーーーー」
「まずは陛下に説明する」
ヨルグ殿下に直接声をかける貴族もいたけれど、ヨルグ殿下の返事はそっけなかった。
私がヨルグ殿下を追いかけて皇宮に入った時にはもう、殿下は奥の通路に消えようとしていた。
殿下を追いかける前に、私は念のために、エントランスにある鏡で、自分の姿を確認した。馬車の中でドレスを着替え、仮面もウィッグも脱いだので、今の姿を殿下に見られても、アルベルタだと気づかれることはないだろう。
つかの間、呆然としていた貴族達は、我に返ると殿下を追いかけはじめた。私はその流れに加わる。
「アルテ」
その途中で私は、先に皇宮に入っていたクリストフと合流した。
「・・・・いよいよはじまるな」
「ええ」
「何事もなく、ヴュートリッヒとあの悪女が裁かれればよいのだが」
「皇太子を暗殺しようとしたんです。いくら陛下でも、ヴュートリッヒを許さないでしょう」
謁見の間の、扉のわきに立つ衛士達は、殿下を見て目を丸くした。
「ヨルグ殿下、ご無事で何よりです!」
「ああ、陛下に話がある。通してくれ」
陛下に謁見するには、事前に許可を取らなければならない。
でも緊急事態で、衛士はヨルグ殿下を通すべきかどうか、一瞬迷っていた。判断を待っていられないと思ったのか、殿下は、衛士達の横をすり抜け、謁見の間に踏み込んでいく。
「おぉーーーー」
玉座に、溶けるように力なく座っていた陛下は、ヨルグ殿下を見るなり、震えはじめる。そして陛下は、転がるように玉座の前の階段を駆け下り、ヨルグ殿下の前に立った。
「無事だったのか!」
「ご心配をかけて、申し訳ありません」
ヨルグ殿下はひざまずこうとしたけれど、陛下はそれを止める。
「礼は必要ない。それよりも、何があったか教えてくれ」
ヨルグ殿下は深呼吸した。追いかけてきた貴族達は、次の言葉を聞き逃すまいと口を閉じ、謁見の間は物音ひとつしなくなる。
「ーーーー実はクロイツェルのタウンハウスに向かう途中で、何者かに襲撃され、矢傷を負いました」
その言葉を聞いて、陛下は目を見開き、貴族達は一気に騒がしくなる。
「幸い軽傷だったものの、その矢は、神封じの矢と呼ばれる魔法道具で、俺は召喚術と魔法を封じられました。何者かが俺の命を狙っているようなので、身を守るために、力が戻るまで潜伏していたんです」
ヨルグ殿下は起こったことをかいつまんで説明した。幸い、殿下は、私達のことは離さずにいてくれた。
話を聞き終えた陛下は、鬼のような形相になっていた。
「皇太子の暗殺を企むとはーーーーこれは皇室にたいする挑戦だ! 関わった者達を見つけ出し、即刻極刑に処してくれる!」
「その必要はありません」
ヨルグ殿下本人が、陛下にそう言った。
「すでに実行犯と、暗殺を依頼した仲介役はこちらで捕らえました」
ヨルグ殿下が、背後にひかえていたアルホフ卿に目配せすると、アルホフ卿はエベラルドと仲介役を陛下の前まで引きずっていった。
「この者が実行犯の一人で、もう一人はこの男に暗殺を依頼した男です」
「実行犯はこの男で、間違いないのか?」
「襲撃の途中で、顔を確認しました。この男で間違いないと断言します」
ヨルグ殿下の揺らぐことがない強い視線には、言葉以上の説得力があった。
「ーーーーして、暗殺の主犯は何者なのだ?」
陛下もヨルグ殿下の言葉を信じたようで、本題に切り込む。
ヨルグ殿下は仲介役のかたわらに片膝をついて、彼の顔を覗きこむ。
「俺に言ったのと同じ言葉を、この場で陛下に伝えるんだ」
鈍く光る眼光と、静かな声の奥に潜む怒気を感じ取ったのか、仲介役は震え上がり、大きく口を開いた。
「暗殺の依頼主は、ボリス・フォン・ヴュートリッヒです!」
その言葉を耳にした人々は、空気が震えるほどどよめいた。ヴュートリッヒ派の貴族達は青ざめ、大波のような騒がしさの中で立ち尽くしている。
「ボリス・フォン・ヴュートリッヒをこの場に召喚してください。俺が直接、この件を問いただしたいと思います」
ヨルグ殿下の目元に影が差し、眼光は胡乱に底光りする。
殿下はボリスが自分の派閥を盾にして、この件から逃げないように、この場を裁判所にして、彼の罪を糾弾するつもりのようだ。ーーーーボリスはどうあがいても、処刑台から逃れられないだろう。
(これで、ようやくーーーー)
告発を見届けて、私はようやく一息ついていた。
ーーーーこの告発によって、ボリスとアリアドナは政治の舞台から退場することを余儀なくされる。アリアドナの〝聖女計画〟の脅威から、私達も、モルゲンレーテも、ようやく解放されるのだ。
私はーーーーすっかり油断していた。
「その件なのだが・・・・」
後は陛下の許可をもらうだけだったのに、なぜかこの段階になって、陛下の気勢は萎んでいた。
「・・・・ボリスは、もう証言できない」
「なぜですか?」
殿下に問い返されて、陛下は物憂げな溜息を吐きだす。
「ーーーーボリス・フォン・ヴュートリッヒは、数日前に自害した」
その言葉を聞いた瞬間に、雷に打たれたような心地になった。クリストフを見ると、彼も呆然と立ち尽くし、呼吸すら止まっているように見える。
「自害? どういうことですか?」
ヨルグ殿下が問い返すと、陛下は事情を話し出した。
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