二人の転生悪女 ー偽聖女のヒロイン成り代わり作戦を防げー

炭田おと

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 陛下の話によると、ヨルグ殿下が皇宮に戻るよりも少し前、アリアドナが陛下に謁見を求め、皇宮を訪ねてきたようだ。





「陛下、父が重大な罪に手を染めてしまったことを告発いたします!」


 陛下の前に立つなり、アリアドナはいきなりひざまずいて、叫ぶようにそう言った。驚いた陛下が仔細を問いただすと、アリアドナは父親であるボリスが今まで犯してきた、幾多の罪の内容を告発したそうだ。


「しかしながら陛下、これらの罪は父の独断で行われたことで、私や、私の兄や妹は一切関与しておりません! どうか命をかけて告発したことに免じて、処罰は父のみにとどめ、兄や妹に関しては免罪してあげてください。兄弟に代わりに私が、父の罪を受け止める所存です」


 アリアドナはそう言って、陛下の前に土下座し、額を床にこすりつけた。


 陛下はこの告発に困惑したものの、聖女であるアリアドナをそれ以上ひざまずかせることはできず、立つようにうながしたそうだ。でもアリアドナは立ち上がろうとせず、許すという言葉を聞くまで、土下座をし続けたのだという。





「・・・・ボリスの罪を裁くことになれば、ヴュートリッヒに名を連ねる者達全員を裁かなければならないし、ヴュートリッヒという家門も潰さなければならなくなる」


 玉座に座りなおした陛下は、暗い顔でそう話した。


「父親の罪で、罪のない子らまで処刑せねばならぬというのはあまりに酷だし、由緒正しき家門である、ヴュートリッヒも存続させたかった。・・・・なので臣下達と、アリアドナ達を助ける方法と、ヴュートリッヒを潰さずにすむ方法を考えたのだ」

「・・・・・・・・」


 ヨルグ殿下は何も言わなかったものの、目は暗く陰っていた。大勢の人目に晒されていなければ、きっと殿下は舌打ちしていただろうと思う。


「話し合った結果、ヴュートリッヒからボリスを除名し、当主を彼の息子であるマルティンに継承させることで、丸く収めることにしたのだ」


 ということは、今のヴュートリッヒの当主は、ボリスの息子のマルティンに変わったのだろう。

 でも私もクリストフも、ヴュートリッヒの当主が変わったことや、ボリスが除名されたことを知らなかった。他の貴族達の表情を見るに、この事実を知らされていなかった人のほうが多いのだろう。


 おそらくこの件が公になると批判されるため、陛下は、ヴュートリッヒに好意的な貴族達と極秘裏に、ことを進めたのだろう。



「・・・・その後ボリスを投獄したが、彼は自分の最期を悟ったのか、牢の中で自害した」



 自害。ーーーーその言葉を聞いて、眩暈がした。



 ボリスもアリアドナの聖女計画に乗り、多くの罪を犯してきた。その大罪に応じた罰を課されるべきだったのにーーーーもう、彼の今までの罪を問いただすことができないなんて。



「しかし陛下、それはボリスが暗殺未遂の罪を問われる前の話です! 今ここで、ボリスが皇太子の暗殺を企てたことが判明したのですから、今一度、ヴュートリッヒを断絶すべきか、議論すべきではありませんか!?」


 ビュットナー伯爵が声を上げた。


 モルゲンレーテも周辺諸国と同様に、皇族や王族の暗殺を企てることは、国家にたいする反逆とみなされ、一族郎党が極刑に処される重罪だった。アリアドナが告発したボリスの数々の罪とは比較にならないほどの大罪だ。


 皇族の暗殺に手を染めた貴族は過去にもいたけれど、罪が露見したあとは一族郎党処刑台に送られ、家門も取り潰された。それほどに、皇族を殺す罪は、重罪として扱われている。


「いいえ、ボリスはすでにヴュートリッヒから除名されたのです! あの者の罪で、ヴュートリッヒを裁くことはできません!」


 すかさず、ヴュートリッヒ派の貴族が前に出ていた。それを皮切りに、双方の派閥の貴族達が、堰を切ったように発言しはじめた。


「すでに陛下は、決定を下されたのですぞ! 陛下の決定に、異議を申し立てるおつもりですか!?」


「アリアドナ嬢は勇気を振り絞って、告発されたのでしょう。その勇気を無視して、聖女と呼ばれた女性を処刑台に立たせろとおっしゃるのですか!?」


 ヴュートリッヒの家門が潰されるとなると、自分達の立場も危うくなるので、ヴュートリッヒ派の貴族達も必死だった。


 議会のように、議長の役目を担う人もいない状況だったから、誰にも貴族達の口論を止められずに、場は混乱していった。陛下が一声、貴族達に黙るように言えば、事態を収拾できたかもしれないのに、陛下はおたおたするばかりで、頼りにならない。

 謁見の間を支配していた厳かな空気は、津波のような声の嵐に押し流されてしまう。


「・・・・・・・・」


 喧々囂々けんけんごうごうの議論の中、私一人だけが取り残されたように突っ立っていた。怒号の渦の中心にいるのに、騒がしさは耳に入ってこない。



(ーーーーやられた)



 どの段階なのかはわからないけれど、アリアドナはボリスが、ヨルグ殿下の暗殺未遂を主導したことを知ったのだろう。このままでは自分も巻き込まれてしまうと気づいた彼女は、自分と家門を守るため、この罪が露見する前に先手を打ったのだ。


(父の罪を、自分だけが引き受ける? そんなこと、思ってもないくせに!)


 アリアドナが、自分が犠牲になるような道を選ぶはずがない。そもそも彼女は、ボリスのことを父親だと思っていないはず。

 でも、アリアドナが血の繋がらない兄と妹を庇い、父の罪を一人で背負うと言ったことを、尊い自己犠牲の精神だと受け取る人もいるだろう。彼女のことを聖女だと信じる人々には、涙ぐましいエピソードに聞こえるはず。


 この状況になってもアリアドナは、聖女の演技をして見せたのだ。


(ううん、まだ決まったわけじゃないわ)


 反ヴュートリッヒ派は、皇太子の暗殺未遂の大罪が、ボリス一人の死ではあがなえないと主張するはず。この空気だと、アリアドナを処刑したり、投獄するのは難しいけれど、国外への永久追放は叶うかもしれなかった。


 アリアドナがそれで皇后の座を諦めるかどうかはわからないけれど、国外へ追い出せるのなら、確実にアリアドナの影響力を弱めることができる。



 でもーーーーなぜかそうならない気がした。



 膨張していく不安に苛まれ、私は胸の前でこぶしを握る。


「・・・・・・・・」


 ふと視線は、ヨルグ殿下に向かっていた。



 ヨルグ殿下は騒ぐ人々の中心に立ちながら、まるで見えない壁に隔てられているように、一人だけ静かだった。暗殺を企てられた張本人にも関わらず、他人事のように、貴族達の議論を静観している。



 今回も陛下は、〝父親〟の顔は見せなかった。父親だったなら息子を殺そうとした相手にたいして、寛容になどなれないはずだ。


 ーーーー俺の家族は母親だけだ。亡くなってからは、俺に家族はいない。


 ヨルグ殿下の言葉を思い出す。


 この場に集った人々はヨルグ殿下の無事を喜ぶというよりも、政界の勢力図の変化に一喜一憂しているだけだ。誰一人として、殿下個人の無事を喜んではいない。


 ヨルグ殿下には、貴族達のこの反応も予想できたことだったのだろう。我関せずといった様子で、わずらわしそうですらあった。


「・・・・・・・・」


 耳を塞いであげたいと思ってしまった。



 ーーーーでももう、私達の縁は切れた。それに顔も名前も明かさない決断をした人間が、味方面をするなんて滑稽だ。



 身をひるがえし、言い争う貴族達に背を向け、私は逃げるように皇宮を後にした。



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