二人の転生悪女 ー偽聖女のヒロイン成り代わり作戦を防げー

炭田おと

文字の大きさ
106 / 152

105

しおりを挟む


「とにかく、その特徴を持った貴族女性の名前のリスト化をーーーー」


 その時まるで狙ったようなタイミングで、視界に青紫色の髪が流れてきた。



 一人の貴婦人が、青紫色の髪を手で押さえていた。どうやら強風で帽子が飛び、髪形も崩れてしまったようだ。



「あの女は・・・・」


「アルムガルト侯爵ですね」


 見覚えがあると思っていると、すかさずバスラーがそう言った。


「数年前の秋の狩猟大会で、殿下が助けたじゃないですか。後日、お礼の品が届いたでしょう? ・・・・もしかして、忘れたわけじゃないですよね?」

「覚えてるよ」


 そう言えばアルムガルト侯爵も、髪色が青紫色だった。俺が助けた時、彼女は髪を結った上に帽子を深くかぶっていたから、青紫色の髪の女性と考えても、彼女のことが浮かんでこなかった。それにうつむきがちで俺と目が合うことを避けていたから、顔もよく見ていない。


 彼女は黒い手袋をつけている。ーーーー条件に見合っていた。


「フルネームはなんていうんだ?」

「え?」

「侯爵のフルネームだよ」


 よく考えれば俺は一度も、アルムガルト侯爵のフルネームを聞いたことがない。今、この瞬間までは、知る必要もないと思っていた。


「ああ・・・・」


 バスラーはなぜそんなことを聞くのだろうと訝しみつつ、答えた。


「アルテ・フォン・アルムガルト侯爵ですよ」


「アルテ・・・・」



 ーーーーアル・・・・アルベルタです。



 名前を聞いた瞬間、腑に落ちた気がした。



「アルテーーーーそうか、アルテという名前だったのか」


「殿下?」


「・・・・いや、何でもない」


 バスラーに顔を覗きこまれそうになったので、感情を隠すため、口元に手をあてる。


「それよりも、どんな人間だ?」


「私も直接話をしたことがないので、なんとも言えません。・・・・ただ、評判がよくないですね。民衆は彼女のことを、皇国一の悪女だと嘲笑しています」


 それを聞いて、笑ってしまった。


「・・・・なるほど。だから、〝皇国一のクソ女〟なのか」

「殿下?」

「何でもないって言ってるだろ。それよりも、話を続けろ」

「続けろと言われましても、語るような情報がないんですよ・・・・それよりもなぜいきなり、侯爵に興味を持ったんですか? 秋の狩猟大会で助けた後も、それほど彼女には興味を示さなかったじゃありませんか」

「事情が変わったんだ。なんで皇国一の悪女と呼ばれることになった?」

「理由なら、殿下も知っているでしょ? 彼女は夫であるジャコブ・フォン・ファンクハウザーの悪事を告発し、ジャコブを牢獄送りにしたからです」

「それだけか? そもそも悪いのは、不正をしていたジャコブだろ」

「それはそうなんですが・・・・もともとモルゲンレーテには、女性には夫を支える貞淑な妻であることを求める風潮があります。なのに侯爵は家を守るどころか、夫を告発して、家門の存続を危うくしましたからね」

「はっ」


 理不尽な話を、笑い飛ばさずにはいられなかった。


「・・・・それだけ、妻に家門の不正や汚職を暴露されたら困る貴族が、多いってことだろうな」


「そ、それは・・・・」


 バスラーは反論できずに、黙りこんだ。


「嫌われている理由は、それだけか?」

「他には特に・・・・個人的には、高い爵位を持っている女性が、今のところ彼女一人だけというのも、理由の一つなのかなと考えています。女性の継承権は認められていますが、実際に引き継ぐ例はまれですから」

「女男爵が何人かいるだろ?」

「彼女達には夫がいたり、未婚でも高位貴族の愛人だったりするんです。権力者の庇護下にいるので、こちらは公然と批判にさらされることは少ないです。独身で実際に権力を持ち、領土を統治しているのも、彼女一人だけだと言えるでしょう。しかも侯爵は今や大商業組合の代表で、皇国の経済に影響力を与える大物ですからね。今後は、経済的に自立している彼女に憧れる女性も出てくるでしょうし、これが発端になって、皇国に悪い風潮が蔓延るのではと警戒する人もいて、以前よりもさらに敵が増えたでしょう。攻撃されやすい立ち位置にいるんだと思います」


 アルムガルトという強大な家門を率いている存在というだけで、脅威に感じ、攻撃せずにはいられない人間は多いのかもしれない。そしてその攻撃材料が、夫を告発して、家門の存続を危うくしたという部分なのだろう。


 しばらくの間、侯爵を遠巻きに観察してみたが、ただ観察するだけでは彼女がアルベルタなのかどうか、確信は持てなかった。



(目を見ればわかるはずだ)



 ーーーーなぜか、彼女の瞳を見れば、同一人物なのかどうか見抜けるという確信があった。



 泥酔したアルベルタを抱きしめたあの夜、彼女の瞳から目をそらせなくなった。あの多彩な色彩がせめぎ合っているような瞳を見れば、アルベルタなのかどうかわかるだろう。



「殿下? どこへ行くんですか?」


 俺が動き出すと、バスラーが慌てた様子で追いかけてきた。


「侯爵と話をしてくる」

「アルムガルト侯爵とですか?」

「そうだよ」

「なぜ侯爵と・・・・」

「質問ばっかりだな。話す相手ぐらい、好きに選ばせろ」

「だったらちゃんと、敬語で話してくださいね! 相手は侯爵で、しかも大商業組合の代表なんですから、この前のようにため口で話すのはダメですよ!」


 バスラーの小言にはうんざりしたが、一理あることも確かだった。最初は相手が高位貴族だとは知らなかったから、くだけた口調で話したが、侯爵だと知った以上、礼を尽くさなければならない。


「・・・・そういえば、バスラー」


 あることを思い出して、俺は足を止めた。


「お前、虫を一匹だけ操れるとかいう、クソくだらない特技を持ってたよな」

「くだらないとは何ですか!? 生き物を操るのは、結構難しいんですよ!」

「はいはい、それは前に聞いた」


 バスラーは事務処理に関しては天才的だが、魔法や剣術はまったくダメという、完全に文科系の人間だ。

 だがなぜか、虫を操るという奇妙な魔法を習得している。しかも操れるのは一匹だけという、何のために習得するのかよくわからない技だった。


「わかったから、俺が合図をしたら、侯爵のほうに飛ばしてくれ」

「え?」


 バスラーはまた、丸くなった目の上で、瞼を忙しく開閉させる。


「な、なぜ、そんなことを・・・・」


「もう質問はなしだ。とにかく、やれ。命令だ」


 命令という言葉を突き付けて、ようやくバスラーを黙らせることに成功した。俺はバスラーから離れ、アルムガルト侯爵に近づく。



 折りよく、強風が吹き抜けて、貴族の令息や令嬢は風に翻弄されていた。侯爵がせっかくつかんだ帽子も、また風にかっさらわれてしまう。帽子を追いかけていたせいか、彼女は俺が近づいていることに気づくことはなかった。


 俺は、空に舞い上げられようとしていた侯爵の帽子をつかんで、彼女の前に持っていった。



「お久しぶりです、アルムガルト侯爵」


 バスラーの忠告に従って、敬語で話しかけ、一礼してから帽子を返した。


「あ、ありがとうございます・・・・」


 アルムガルト侯爵は俺に声をかけられたことに驚いたのか、人形のように目を見開いて、俺の顔を凝視していた。強い風はまだ吹いていて、片方の腕で必死に髪を押さえている。


「この前はきちんとした挨拶をせず、申し訳ありません」


 そう言いながら、侯爵の目を覗きこもうとしたが、侯爵はそれに気づいたのか、顔を伏せてしまった。


「い、いえ、お礼を申し上げなければならないのは、私のほうです。あの時は助けていただいて、本当にありがとうございました」

「侯爵、顔を・・・・」

「後日、お礼の品を送ったのですが、お気に召していただけたでしょうか? 殿下の好みがわからず、当時流行っていた菓子折りをーーーー」


 アルムガルト侯爵は、早口でまくしたてる。俺に喋らせまいとしているようでもあった。


「侯爵、顔を上げてください」


「・・・・・・・・」


 俺の言葉を無視するわけにもいかずに、侯爵はおそるおそる顔を上げる。



 ーーーーその緑色の瞳を見た時に、彼女がアルベルタで間違いないと確信できた。深緑から明るいエメラルドグリーンまで、多彩な色が包み込まれた、宝石のような瞳は、間違いなく、あの時に見たものだったからだ。



(見つけた)


 気づかないうちに、俺は笑っていた。



 彼女を見つけるためだけに、数週間ずっと、面倒な貴族達の相手をさせられたが、これでその苦労も報われた気がする。



(・・・・こんなに小さかったか?)


 印象ではもっと大きかった気もするが、存在感の大きさが本当の体格を大きく見せていたのかもしれなかった。


 アルムガルト侯爵は、涼しげな顔立ちの美女だった。よく話題になるヴュートリッヒやバウムガルトナーの令嬢のような華やかな感じではなく、野花を思わせるところがある。


 もう彼女で間違いないと確信しているが、もう一つ、証拠になるものが欲しいと思って、バスラーに目で合図を出す。バスラーはうなずき、手を動かした。



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! アルファポリス恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 *他サイトでも公開中 なろう日間総合ランキング2位に入りました!

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

断罪前に“悪役"令嬢は、姿を消した。

パリパリかぷちーの
恋愛
高貴な公爵令嬢ティアラ。 将来の王妃候補とされてきたが、ある日、学園で「悪役令嬢」と呼ばれるようになり、理不尽な噂に追いつめられる。 平民出身のヒロインに嫉妬して、陥れようとしている。 根も葉もない悪評が広まる中、ティアラは学園から姿を消してしまう。 その突然の失踪に、大騒ぎ。

【完結】婚約発表前日、貧乏国王女の私はお飾りの妃を求められていたと知りまして

Rohdea
恋愛
────とうとうこの時が来たのね 決められた運命を受け入れて生きていくつもりだったのに──── 貧乏国の王女のウェンディ。 貧乏だろうと王女として生まれたからには、国のために生きるのが当たり前。 そう思って生きて来た。 そんなある日、婚約が決まったことを父親から告げられる。 その相手は女癖が悪いという噂の他国の王子。 複雑な思いを抱くもこれは国のためにも受け入れるべき結婚。断るなんて選択肢はない。 そう腹を括ったウェンディに対して、なぜか様子がおかしくなったのは、 護衛騎士のエリオット。 そんな彼の様子を不思議に思いながらも、婚約者となった王子、ヨナスとの対面を果たすウェンディ。 愛はなくてもせめてお互いを尊重しやっていけたなら…… そう考えていたウェンディに対してヨナスは、 はっきりと“お飾りの妃”を求めているのだと口にした。 それを聞いたウェンディは────…… ⋆˳˙ ୨୧…………………………………………………………………………………………………………………୨୧˙˳⋆ 関連作 『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』 『誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら』 『記念日当日、婚約者に可愛くて病弱な義妹の方が大切だと告げられましたので』 ※こちらのシリーズ作品のスピンオフとなります。 リクエストのありました、 全ての作品に出ていて記念日~ではヒーローにまで昇進した、 陽気な公爵令息エドゥアルトの両親の話。 時系列的に『誕生日当日~』より前の話。 なのでベビーは出ませんが、若かりし頃のガーネットは登場します。 (追記 その後を書いたのでベビーたちも登場しました)

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

[完結]私を巻き込まないで下さい

シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。 魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。 でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。 その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。 ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。 え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。 平凡で普通の生活がしたいの。 私を巻き込まないで下さい! 恋愛要素は、中盤以降から出てきます 9月28日 本編完結 10月4日 番外編完結 長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~

八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。 しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。 それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。 幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。 それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。 そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。 婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。 彼女の計画、それは自らが代理母となること。 だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。 こうして始まったフローラの代理母としての生活。 しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。 さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。 ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。 ※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります ※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)

処理中です...