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しおりを挟む「とにかく、その特徴を持った貴族女性の名前のリスト化をーーーー」
その時まるで狙ったようなタイミングで、視界に青紫色の髪が流れてきた。
一人の貴婦人が、青紫色の髪を手で押さえていた。どうやら強風で帽子が飛び、髪形も崩れてしまったようだ。
「あの女は・・・・」
「アルムガルト侯爵ですね」
見覚えがあると思っていると、すかさずバスラーがそう言った。
「数年前の秋の狩猟大会で、殿下が助けたじゃないですか。後日、お礼の品が届いたでしょう? ・・・・もしかして、忘れたわけじゃないですよね?」
「覚えてるよ」
そう言えばアルムガルト侯爵も、髪色が青紫色だった。俺が助けた時、彼女は髪を結った上に帽子を深くかぶっていたから、青紫色の髪の女性と考えても、彼女のことが浮かんでこなかった。それにうつむきがちで俺と目が合うことを避けていたから、顔もよく見ていない。
彼女は黒い手袋をつけている。ーーーー条件に見合っていた。
「フルネームはなんていうんだ?」
「え?」
「侯爵のフルネームだよ」
よく考えれば俺は一度も、アルムガルト侯爵のフルネームを聞いたことがない。今、この瞬間までは、知る必要もないと思っていた。
「ああ・・・・」
バスラーはなぜそんなことを聞くのだろうと訝しみつつ、答えた。
「アルテ・フォン・アルムガルト侯爵ですよ」
「アルテ・・・・」
ーーーーアル・・・・アルベルタです。
名前を聞いた瞬間、腑に落ちた気がした。
「アルテーーーーそうか、アルテという名前だったのか」
「殿下?」
「・・・・いや、何でもない」
バスラーに顔を覗きこまれそうになったので、感情を隠すため、口元に手をあてる。
「それよりも、どんな人間だ?」
「私も直接話をしたことがないので、なんとも言えません。・・・・ただ、評判がよくないですね。民衆は彼女のことを、皇国一の悪女だと嘲笑しています」
それを聞いて、笑ってしまった。
「・・・・なるほど。だから、〝皇国一のクソ女〟なのか」
「殿下?」
「何でもないって言ってるだろ。それよりも、話を続けろ」
「続けろと言われましても、語るような情報がないんですよ・・・・それよりもなぜいきなり、侯爵に興味を持ったんですか? 秋の狩猟大会で助けた後も、それほど彼女には興味を示さなかったじゃありませんか」
「事情が変わったんだ。なんで皇国一の悪女と呼ばれることになった?」
「理由なら、殿下も知っているでしょ? 彼女は夫であるジャコブ・フォン・ファンクハウザーの悪事を告発し、ジャコブを牢獄送りにしたからです」
「それだけか? そもそも悪いのは、不正をしていたジャコブだろ」
「それはそうなんですが・・・・もともとモルゲンレーテには、女性には夫を支える貞淑な妻であることを求める風潮があります。なのに侯爵は家を守るどころか、夫を告発して、家門の存続を危うくしましたからね」
「はっ」
理不尽な話を、笑い飛ばさずにはいられなかった。
「・・・・それだけ、妻に家門の不正や汚職を暴露されたら困る貴族が、多いってことだろうな」
「そ、それは・・・・」
バスラーは反論できずに、黙りこんだ。
「嫌われている理由は、それだけか?」
「他には特に・・・・個人的には、高い爵位を持っている女性が、今のところ彼女一人だけというのも、理由の一つなのかなと考えています。女性の継承権は認められていますが、実際に引き継ぐ例はまれですから」
「女男爵が何人かいるだろ?」
「彼女達には夫がいたり、未婚でも高位貴族の愛人だったりするんです。権力者の庇護下にいるので、こちらは公然と批判にさらされることは少ないです。独身で実際に権力を持ち、領土を統治しているのも、彼女一人だけだと言えるでしょう。しかも侯爵は今や大商業組合の代表で、皇国の経済に影響力を与える大物ですからね。今後は、経済的に自立している彼女に憧れる女性も出てくるでしょうし、これが発端になって、皇国に悪い風潮が蔓延るのではと警戒する人もいて、以前よりもさらに敵が増えたでしょう。攻撃されやすい立ち位置にいるんだと思います」
アルムガルトという強大な家門を率いている存在というだけで、脅威に感じ、攻撃せずにはいられない人間は多いのかもしれない。そしてその攻撃材料が、夫を告発して、家門の存続を危うくしたという部分なのだろう。
しばらくの間、侯爵を遠巻きに観察してみたが、ただ観察するだけでは彼女がアルベルタなのかどうか、確信は持てなかった。
(目を見ればわかるはずだ)
ーーーーなぜか、彼女の瞳を見れば、同一人物なのかどうか見抜けるという確信があった。
泥酔したアルベルタを抱きしめたあの夜、彼女の瞳から目をそらせなくなった。あの多彩な色彩がせめぎ合っているような瞳を見れば、アルベルタなのかどうかわかるだろう。
「殿下? どこへ行くんですか?」
俺が動き出すと、バスラーが慌てた様子で追いかけてきた。
「侯爵と話をしてくる」
「アルムガルト侯爵とですか?」
「そうだよ」
「なぜ侯爵と・・・・」
「質問ばっかりだな。話す相手ぐらい、好きに選ばせろ」
「だったらちゃんと、敬語で話してくださいね! 相手は侯爵で、しかも大商業組合の代表なんですから、この前のようにため口で話すのはダメですよ!」
バスラーの小言にはうんざりしたが、一理あることも確かだった。最初は相手が高位貴族だとは知らなかったから、くだけた口調で話したが、侯爵だと知った以上、礼を尽くさなければならない。
「・・・・そういえば、バスラー」
あることを思い出して、俺は足を止めた。
「お前、虫を一匹だけ操れるとかいう、クソくだらない特技を持ってたよな」
「くだらないとは何ですか!? 生き物を操るのは、結構難しいんですよ!」
「はいはい、それは前に聞いた」
バスラーは事務処理に関しては天才的だが、魔法や剣術はまったくダメという、完全に文科系の人間だ。
だがなぜか、虫を操るという奇妙な魔法を習得している。しかも操れるのは一匹だけという、何のために習得するのかよくわからない技だった。
「わかったから、俺が合図をしたら、侯爵のほうに飛ばしてくれ」
「え?」
バスラーはまた、丸くなった目の上で、瞼を忙しく開閉させる。
「な、なぜ、そんなことを・・・・」
「もう質問はなしだ。とにかく、やれ。命令だ」
命令という言葉を突き付けて、ようやくバスラーを黙らせることに成功した。俺はバスラーから離れ、アルムガルト侯爵に近づく。
折りよく、強風が吹き抜けて、貴族の令息や令嬢は風に翻弄されていた。侯爵がせっかくつかんだ帽子も、また風にかっさらわれてしまう。帽子を追いかけていたせいか、彼女は俺が近づいていることに気づくことはなかった。
俺は、空に舞い上げられようとしていた侯爵の帽子をつかんで、彼女の前に持っていった。
「お久しぶりです、アルムガルト侯爵」
バスラーの忠告に従って、敬語で話しかけ、一礼してから帽子を返した。
「あ、ありがとうございます・・・・」
アルムガルト侯爵は俺に声をかけられたことに驚いたのか、人形のように目を見開いて、俺の顔を凝視していた。強い風はまだ吹いていて、片方の腕で必死に髪を押さえている。
「この前はきちんとした挨拶をせず、申し訳ありません」
そう言いながら、侯爵の目を覗きこもうとしたが、侯爵はそれに気づいたのか、顔を伏せてしまった。
「い、いえ、お礼を申し上げなければならないのは、私のほうです。あの時は助けていただいて、本当にありがとうございました」
「侯爵、顔を・・・・」
「後日、お礼の品を送ったのですが、お気に召していただけたでしょうか? 殿下の好みがわからず、当時流行っていた菓子折りをーーーー」
アルムガルト侯爵は、早口でまくしたてる。俺に喋らせまいとしているようでもあった。
「侯爵、顔を上げてください」
「・・・・・・・・」
俺の言葉を無視するわけにもいかずに、侯爵はおそるおそる顔を上げる。
ーーーーその緑色の瞳を見た時に、彼女がアルベルタで間違いないと確信できた。深緑から明るいエメラルドグリーンまで、多彩な色が包み込まれた、宝石のような瞳は、間違いなく、あの時に見たものだったからだ。
(見つけた)
気づかないうちに、俺は笑っていた。
彼女を見つけるためだけに、数週間ずっと、面倒な貴族達の相手をさせられたが、これでその苦労も報われた気がする。
(・・・・こんなに小さかったか?)
印象ではもっと大きかった気もするが、存在感の大きさが本当の体格を大きく見せていたのかもしれなかった。
アルムガルト侯爵は、涼しげな顔立ちの美女だった。よく話題になるヴュートリッヒやバウムガルトナーの令嬢のような華やかな感じではなく、野花を思わせるところがある。
もう彼女で間違いないと確信しているが、もう一つ、証拠になるものが欲しいと思って、バスラーに目で合図を出す。バスラーはうなずき、手を動かした。
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