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しおりを挟む「・・・・あの、殿下? 私の顔に、なにかついてますか?」
凝視しすぎて、アルムガルト侯爵に気まずい思いをさせたようだ。
「いえ・・・・」
「私相手に、敬語なんて使う必要はありませんよ。部下に接するように、くだけた口調で話してください」
「・・・・俺が敬語を使っているのが、そんなに奇妙ですか?」
「い、いえ! そんなことはありませんが・・・・!」
俺が敬語を使うと、侯爵は居心地が悪そうな顔をする。そもそも最初から、敬語が使えたのか、と言いたげな態度だった。
(まあ、アルベルタなら、俺の態度の悪さには慣れてるだろうし)
お互いにさんざん毒づいてきた間柄なのに、今さら敬語を使われても、違和感しか感じないはずだ。
「俺が敬語を使ったところで、槍なんか降ってこないのでご安心を」
「槍は降ってこないかもしれませんが、カエルぐらいなら降るかもしれません」
おどおどしているかと思ったら、アルベルタらしいふてぶてしさが顔を出した。思わず笑うと、侯爵は不思議そうに首を傾げている。
「侯爵に気まずい思いをさせるなら、いつも通りに話をさせてもらう」
「そうしてください」
風が収まったところで、バスラーが飛ばした蝶が飛んできた。操られているせいなのか、優雅とはほど遠い、酔っているような不安定な動きだ。
(・・・・飛ばし方、下手すぎないか?)
唯一の特技がこれでは、一発芸にも使えなさそうだった。
「・・・・あの、大丈夫ですか?」
蝶を目で追っていると、侯爵に心配そうな眼差しを向けられる。
「最近は行事によく参加しているようで、お疲れなんじゃないですか?」
蝶に気を取られていたから、ぼんやりしていると受け取られたようだった。
「・・・・事件の真相がはっきりしないまま、解決したとみなされたことを悩まれているのなら・・・・」
もじもじと、アルムガルト侯爵は言いにくそうにしている。必死に言葉を探している様子だった。
「・・・・今は闇の中でも、いずれ真相は白日の下に晒され、関わった者すべてが裁かれることになるでしょう。だから、ご安心ください」
暗殺未遂の件が、真相が曖昧なまま、主犯が自害したという結論で片づけられてしまったことを言っているようだった。俺がその件を気にしていると、気を揉んでいたのかもしれない。
優柔不断で決断力に欠けるクソ親父には、どうせそのていどの結論しか出せないと、はじめから諦めていた。この件で、貴族社会をこれ以上混乱させたくないから、納得してくれと言われた時すらも、予想通りで怒りも湧いてこなかった。
「・・・・気にしてないさ。どうせ、最初からこうなると予想していた」
「殿下・・・・」
「暗殺に関わったのが、ボリスだけだとは俺も思っていない。でも相手が大物なら、誰かに調査を任せたところで、もみ消されるのがオチだろう。ーーーーだからいずれ、俺の手で決着をつける」
主犯はボリス・フォン・ヴュートリッヒだったが、俺が目障りだってことを隠そうともしないギュンター・フォン・フックスも一枚噛んでいそうだし、他にも姦計を巡らせていた貴族はいただろう。
背後に大物がいるなら、決断力のない親父では、敵勢力を一掃できないだろう。だから最初から、自分の手で処理するつもりだった。
だが、そうするには権力がいる。だから確実な決定権を手に入れるまでは、今は耐えるしかなかった。
「そうですか・・・・」
アルムガルト侯爵は、気が抜けたように笑った。その笑顔だけは作りものじゃない、本心からの表情に見えた。
「余計な心配でしたね。殿下は意志が強い方ですから、すべてご自分の力で解決なさるでしょう」
アルムガルト侯爵の笑顔を見つめていると、視界にバスラーの蝶が割りこんできた。そして、蝶は侯爵の髪にとまる。
「侯爵、髪に虫がついてるぞ」
「えっ!?」
侯爵は驚いて、ばっと髪をかき上げた。俺は虫を追い払うふりをして後ろにまわり、侯爵のうなじにほくろが二つあることを確認した。
ーーーーこれでアルベルタの本名が、アルテ・フォン・アルムガルトだという証拠がそろった。
素直に髪をかき上げたあたり、アルムガルト侯爵は、自分のうなじにほくろがあることを知らないのかもしれない。うなじはいつも髪で隠れているし、鏡でも確認しにくい場所だ。身支度に関わる使用人も、わざわざ伝えたりしないだろう。
「追い払ったから、もう大丈夫だ」
バスラーに合図して、蝶を撤退させてから、侯爵にそう伝えた。
「ありがとうございます・・・・」
虫は追い払ったが、今度は、強風に巻き上げられた草が、侯爵の髪についていることに気づいた。
「・・・・!」
手を伸ばして、アルムガルト侯爵の髪についた草を払い落とした。その途中で、手の甲が侯爵の頬に触れる。
驚いたのか、アルムガルト侯爵の呼吸が止まった。大きく見開かれた目を見て、俺の動きも止まる。つかの間、状況を忘れて見つめあっていた。
我に返った侯爵は、なぜか不安げにまわりを見回す。
侯爵の目の動きで、まわりの貴族達に、ちらちらと盗み見られていることに気づいた。俺が自分から他の貴族に話しかけたのが、そんなに珍しかったのだろうか。しかも話しかけた相手が、悪名高いアルムガルト侯爵という点が、注目される理由になったのかもしれない。
「殿下、殿下!」
なぜか、バスラーが慌てた様子で近づいてきた。
「どうした?」
「そ、そろそろ皇宮に戻りましょう。日が暮れてきましたし・・・・」
「私も、これで失礼します」
ばつが悪そうにしていた侯爵は、バスラーが割って入ってきたことをこれ幸いに、立ち去ることにしたようだった。彼女は深々と頭を下げると、身をひるがえし、好奇の視線から逃げるように、足早に去っていった。
「殿下、まずいですよ!」
侯爵の後姿が、会話を聞かれる心配がないていどに離れたところで、バスラーに脇腹を小突かれた。
「なんだよ」
「誤解されるような言動はひかえてください!」
「誤解って?」
「今の侯爵にたいする行動ですよ!」
「髪についた草を払い落としただけなのに、それの何が問題なんだ?」
「はた目には、殿下が侯爵の頬に触れて、見つめ合っているように見えましたよ! 殿下に他意がなかったのだとしても、まわりにそう受け取られるような言動はひかえてください!」
面倒くさい話だった。俺の政略婚の相手が誰になるのか、貴族達が注目しているせいで、誰かと少し話をするだけで、勝手な憶測を流されてしまう。
「とにかく、今後は注意してください」
「わかった、わかった」
「本当にちゃんとわかってるんですか!?」
「今後は気をつける」
空から降ってくる雹のようなバスラーの怒涛のお小言を止めるために、俺はその時はそう答えるしかなかった。
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