二人の転生悪女 ー偽聖女のヒロイン成り代わり作戦を防げー

炭田おと

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「ベルント、次はお前だ」


「なっーーーー」


 陛下にそう言われ、ベルント殿下は瞠目する。


「お前が、侯爵を怒鳴りつける声が聞こえた。嘘を教えられたとはいえ、それを信じて、無実の人を責め立てたんだ。謝罪するべきだろ」


 その場に、緊張が走る。


 ニーナと違い、プライドが高いベルント殿下は、絶対に謝らないだろう。


「へ、陛下、私は・・・・」


「お言葉ですが、陛下」


 この場を穏便に収めるためにも、謝罪は必要ないと言おうとしたのに、ベルント殿下本人にさえぎられてしまった。


「誤解をされるような侯爵本人に、問題があるのでは? アルムガルト侯爵の普段の行いが悪いから、いざという時に誤解されるのですよ」


 陛下の目が、すっと凍えた。


「だから、私が謝る必要はーーーー」


「ーーーー俺が招待した客人を、侮辱するつもりか?」


 陛下の声は、冷たく研ぎ澄まされていた。


 ベルント殿下は陛下に睨まれ、一瞬怯んだものの、すぐに顔を引きしめる。


「彼女が世間でどう言われているのか、ご存知でしょう? 夫を牢獄送りにした毒婦ですよ? 彼女に裏切られた夫を哀れに思わないのですか?」


「世間の噂は、今は関係ない。それにお前は実際にその目で、侯爵が悪さをした場面を見たことがあるのか?」


「それは・・・・」


「そもそもなぜ、ジャコブ・フォン・ファンクハウザーを庇う? ジャコブは先皇せんこうの信頼を裏切り、不正を働いたから処罰されたんだ。罪にふさわしい罰を受けた人間を庇って、不正を告発したほうを責めるのは、筋が通らない」


 ベルント殿下は反論できずに、黙り込む。


 反論できるはずがない。この件に文句をつけるということは、先皇であるディートマル四世の判断が間違いだったと言っているようなものだ。しかもジャコブが不正を働いたことは事実なので、それを庇うことにも問題がある。

 この件で私を責める人達は、私のことが嫌いなだけで、ジャコブが正しいとは思っていないだろう。正しいと思っていないのに、私を責めるためだけに、ジャコブを擁護するというのは、陛下の言うとおり筋が通らない。


 陛下とベルント殿下は睨みあう。



 それでもベルント殿下が、謝罪を口にすることはなかった。



「ごほんっ!」



 見かねたのか、ギュンターが咳払いして、間に入っていく。



「陛下、すでに招待客が会場に集まっているはずです。この件を引きのばして、招待客を待たせるのはいかがなものでしょう?」


「・・・・・・・・」


 陛下は不服そうにしながらも、私達をちらりと見て、吐息を吐き出した。


「・・・・仕方ない」


 陛下の睨みから解放されて、ベルント殿下とギュンターは肩の力を抜く。


「ベルント、それからフックス侯爵」


 だけど、二人が油断した隙をついて、陛下は冷笑を浮かべた。



「今後こんなことがないように、気を引きしめてくれ。・・・・俺なりの忠告だ。増長した人間は時々誰かが叱ってやらないと、いずれもっと手痛い目に遭うだろうからな」



 二人の顔に、ひびわれのような歪みが走った。



 ーーーー陛下の、〝増長した人間〟という言葉が、誰のことを指しているのかは明白だった。



「侯爵」


「は、はい」


「不快な思いをさせて、申し訳ない。ベルントとフックス侯爵の代わりに、俺が謝罪しよう」


 ヨルグ陛下はそう言って、胸に手を当てると、深々と頭を下げた。


 そんな陛下の後ろで、名指しされた二人が憮然としている。陛下がわざわざ名指ししたのは、謝罪を拒んだ二人にたいする嫌がらせだろう。


「頭を上げてください、陛下。私は気にしていません」


 陛下が顔を上げてくれたので、私は陛下に笑いかけた。


 実際陛下が現れてくれたおかげで、ニーナの謝罪が聞けたし、ベルント殿下とギュンターの仏頂面を見ることもできた。痛快だったから、とっくに溜飲は下がっている。


「皇室主催の夜会で起こったことだから、俺が責任をとって、そのドレスを弁償する。代わりのドレスを用意するから、着替えてきてくれ」

「いえ、お気づかいなく。もう帰ろうと思っていたところです」

「だが・・・・」

「気づかっていただけるなら、一つだけ陛下に、私からお願いがあります」


 私がにっこりと笑いかけると、陛下は怪訝そうな顔をした。


「言ってみろ」


「私はここにいるシュリアの付き添いとして、夜会に着ました。このドレスでは会場入りできそうにないので、陛下が代わりに、シュリアを会場までエスコートしてもらえないでしょうか?」


 もともと私は付き添いでしかなかったのだから、その役目を陛下が担ってくれるのなら、もう皇宮にとどまる理由がない。

 それにシュリアのエスコート役なら、陛下のほうがふさわしい。まわりは何があったかなんて知らないから、陛下がシュリアをエスコートしたという噂だけが広がって、ヴュートリッヒ派を牽制できる。アリアドナ達も表立って、嫌がらせをできなくなるはずだ。


 ーーーーなによりも、陛下とシュリアが二人きりで話せる時間を作らなければならなかった。


 原作では、ヨルグ陛下とシュリアは情熱的な恋に落ちる。


 でも今の二人はどちらも、恋愛感情を抱いているようには見えなかった。多分アリアドナの妨害工作で、恋愛イベントが発生しなかったせいだろう。


(私は原作を途中までしか読んでいないし、クリストフも恋愛要素が強い話は読み飛ばしたらしいから、陛下とシュリアの出会い方や、恋に落ちる過程を知らないのよね)


 二人の関係を後押ししたいのに、原作を知らないから、応援もできない。


 でも今回のことを理由にすればーーーー陛下とシュリアを、二人きりにできるはずだ。


「・・・・侯爵が夜会に残り、バウムガルトナー侯爵令嬢に付き添えばいい」


 でも、陛下の反応は芳しくなかった。


(シュリアをエスコートすれば、彼女のほうが皇后候補者にふさわしいと喧伝けんでんするようなものだから、それを避けたいのかしら?)


 陛下はバウムガルトナーとヴュートリッヒ、そのどちらの陣営も贔屓しないように心がけているようだった。今回の件で、バウムガルトナーのほうを贔屓しているとは受け取られたくないのだろう。


「しかし陛下、侯爵には着替える時間が必要でしょう。それを待つとなると、令嬢の会場入りが遅れます」


 陛下の後ろに控えていた年配の女性が、そっと彼に耳打ちした。


「・・・・仕方ないな」


 陛下は溜息をこぼしてから、私を見た。


「侯爵令嬢のことは、俺が責任を持って、会場に連れていく」

「感謝します、陛下」

「だから侯爵は・・・・」


 陛下はにやりと笑うと、私の後ろにまわり、肩をがしっとつかんできた。


「その間に着替えてきてくれ」


 私は陛下の後ろにいた女性のほうに押し出され、彼女と向かいあうことになった。


「伯母上。着替えの手伝いを頼んだ」


 ーーーー伯母上。その呼び方に、息を呑んだ。


「ええ、任せてちょうだい」


 年配の女性は、にこりと笑う。


(ということは、この人がクリスティーナ・フォン・バックハウスなの?)


 ーーーークリスティーナ・フォン・バックハウス子爵夫人。彼女はヨルグ陛下の即位後、一躍社交界に名をとどろかせた人だった。


 陛下が政務に取り組む間、誰が皇宮を管理するのかというのが問題になっていた。本来ならそれは皇后の役割だったけれど、陛下はまだ未婚だ。

 そこで皇宮を管理する人間として、陛下が指名したのが、バックハウス子爵夫人だった。彼女は、陛下の生母であるフロレンツィア様のお姉様で、陛下の伯母にあたる人だ。

 そして嫁ぎ先である、当時は貧しい家門にすぎなかったバックハウスを、北部でも有数の富豪にしてみせた豪傑でもある。

 彼女は若くして夫と死別したあと、幼い息子から家督を奪おうとする親戚に抵抗して、自分が当主になり、バックハウス家を立て直して見せると豪語した。実際に彼女には商才があり、その言葉を実現して見せたのだ。

 その当時、女性が家門の当主になるというのは前代未聞のことで、世間の風当たりも今よりもずっと強かった。四面楚歌の状態だったのに、彼女は挫けず、自分の力で道を切り開いてみせたのだ。


 キャリアウーマンのような人を想像していたけれど、実際のバックハウス子爵夫人は一般家庭の奥様のような外見だった。恰幅がよく、穏やかで優しそうな顔をしている。


「さあ、侯爵。着替えを手伝いますから、こちらへどうぞ」

「は、はい・・・・」


 断るタイミングを逃したーーーーというか、断ったのに強引に押しきられた感じだったけれど、大人しく移動するしかなかった。


 ただ陛下は約束を守り、シュリアの手を取って会場に向かってくれたので、それだけは安心した。


「・・・・・・・・」


 嫌な目にはあったものの、最終的には思惑通りに進めることができたのに、なぜかすっきりしないものが胸に残っていた。



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