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しおりを挟むその時、こちらに近づいてくる、足音が聞こえた。他の招待客が、近づいてきているようだ。
私とシュリアは、いったん黙る。ニーナも閉口したので、彼女も口論している場面を見られたくなかったのだろう。
現れた人物を見て、私は思わず眉をひそめてしまう。
「これは、これはーーーー」
ベルント殿下は私を見るなり、口角を吊り上げた。
ベルント殿下の横には、ギュンター・フォン・フックスがいる。
(・・・・厄介な人達と出くわしてしまったわ)
できれば会うことを避けたかった人だけれど、こうして顔を合わせてしまった以上、挨拶をしないわけにはいかなかった。
「ベルント殿下、お会いできて光栄です」
「こんなところで会うのは、奇遇だな、アルムガルト侯爵」
ベルント殿下はわざと顎を上げて、私を見下ろした。彼は私にたいする嫌悪感を、隠そうともしていなかった。
ベルント殿下はアリアドナと疎遠になっているそうだけれど、彼女のことがなくなっても、私のことが嫌いなようだった。
(こういう人だったわ)
最近はベルント殿下と顔を合わせずにすんでいたから、彼の性格を思い出さずにすんでいた。
ベルント殿下は平民が思い描く、〝嫌な貴族〟そのものだった。高貴な生まれのため矜持が高く、世の中のほとんどの人を見下していて、誰にたいしても高圧的だ。その上、嫌いな人間にたいしては、とても攻撃的だった。
「珍しい組み合わせだな。アルムガルト侯爵に、ファーラー男爵夫人、それに」
私とニーナの顔を見たあと、彼の視線は、シュリアのほうへ流れた。
「ーーーー噂の聖女様か」
ベルント殿下がシュリアに興味を見せたことに、一瞬、ひやりとした。
原作では、ベルント殿下はシュリアに想いを寄せる設定だった。でもこの世界ではアリアドナの妨害のせいで、その流れは捻じ曲がっている。原作で起こるはずだった二人のイベントはほとんど発生していないから、ベルント殿下がシュリアの存在を認識したのはこれがはじめてなのかもしれない。
(ベルント殿下が、シュリアのことを好きになる可能性はあるのかしら? ・・・・でも今さら横やりが入るのは、困る)
シュリアがアリアドナの妨害工作に困っている時なら、ベルント殿下の助けが必要だったかもしれない。でも今のシュリアは助けを必要としていないし、ベルント殿下の恋心が、陛下とシュリアの恋路を邪魔する可能性だってある。
「それで、なにを揉めてるんだ?」
「ファーラー男爵夫人が、アルムガルト侯爵にワインをーーーー」
「アルムガルト侯爵に、言いがかりをつけられて困っていました」
ニーナはシュリアの声をさえぎって、自分の主張を言った。先に言えば、有利になると考えたのだろう。
「それでもみ合いになり、侯爵に腕をつかまれて、ワインが彼女にかかってしまったんです。侯爵は怒り、弁償代を請求されました」
「違います、そうでは・・・・!」
「アルムガルト侯爵。少しは態度をあらためたらどうだ?」
シュリアが言い直そうとしたけれど、殿下は聞く耳を持たなかった。
「世間で自分がどう言われているか、知らぬわけもないだろう。そういう態度を改めないから、毒婦などと呼ばれるのだぞ」
「殿下、私は言いがかりなど・・・・」
「言い訳をするな!」
突然怒鳴られて、肩が震えた。
ワインをかけられたのはこっちなのに、事情も知らない人に悪いと決めつけられて説教されるなんて、本当にさんざんだ。でもベルント殿下の態度を見るかぎり、訂正しようとしてもうまくいかないだろう。
「殿下、本当に違うーーーー」
抗議しようとしたシュリアを、手を握ることで止めた。ベルント殿下の敵意を、彼女に向けるわけにはいかなかった。
「・・・・申し訳ありません」
視界の端で、ニーナがほくそ笑んでいる。
一方シュリアは悔しそうに、唇を噛みしめていた。私は大丈夫だと伝えるため、シュリアの手を握りなおすと、彼女は唇を噛むのをやめた。
それにしても、ニーナもよくもまあ、とっさにぺらぺらと嘘が出てくるものだ。そこだけは感心する。
「まったく・・・・」
溜息を吐きだしながら、ベルント殿下はもう一度私を睨んだ。
「毒婦はこうやって、時々誰かが叱ってやらなければ、増長しますからな」
ギュンターがここぞとばかりに、高笑いを付け加える。
「色々と学んで、最近はめっきり社交場に出てこなくなっていたようだが、今回の夜会には参加したのか。どういった心境の変化だ?」
ベルント殿下に聞かれたけれど、答えづらい質問だった。普通に、新皇帝の即位を祝うため、と答えたいけれど、陛下の即位に不満を持っているベルント殿下は、私の言葉を自分への当てつけと受け取るかもしれない。
「陛下が招待状を送ってくださいましたので・・・・」
「陛下も、なぜそなたに招待状など送ったのか・・・・」
その時ニーナが、私の肩越しに誰かを見つけて、ハッと顔を強張らせる。
振り返ると、廊下の先から、正装したヨルグ陛下が歩いてくるのが見えた。
私達は、慌てて頭を下げる。
「陛下に、ご挨拶申し上げます」
「よく来てくれた」
ヨルグ陛下は珍しくにこやかに、そう挨拶した。
顔を上げると、陛下と目が合った。心臓が跳ねて、私は思わず目を伏せる。
「久しぶりだな、ベルント」
陛下はまず、ベルント殿下に声をかけた。
この二人が話をするのを見るのは、これがはじめてかもしれない。不仲だということは知っているけれど、どんな会話をするのか、想像もできなかった。
「招待状を送ったものの、正直お前は、俺の即位になにか思うところがあるようだから、来てくれないと思ってたよ」
陛下の率直すぎる発言に、冷汗が流れた。ベルント殿下の顔は引きつっているし、シュリアやニーナの横顔も強張っている。
(挨拶代わりに煽るなんて・・・・ある意味、陛下らしいと言えるのかも)
そもそも不仲の原因は、幼いベルント殿下が事あるごとに、ヨルグ陛下が庶子であることや、母親の離婚のことを馬鹿にしていたかららしい。兄として扱われなかったのだから、今さら弟として接する理由もないというのが、ヨルグ陛下の気持ちなのだろう。
さて、どう返すのだろうと、私はベルント殿下の次の発言に注目する。
「・・・・新皇帝に招待されたのに、断ることなどありません」
ベルント殿下は口角を引きつらせながらも、敵が開いたパーティーで事を荒立てたくなかったのか、無難に返していた。
「それから、アルムガルト侯爵ーーーー」
私に目を向けた陛下は、ふと、怪訝そうな顔をする。
「・・・・そのドレスは、どうしたんだ?」
ドレスについたワインのシミに、気づいたようだった。
「侯爵が、ファーラー男爵夫人に言いがかりをつけ、もみあいになり、それでワインがこぼれたそうです」
私達が説明する前に、ベルント殿下が勝手に、ニーナの主張を伝えてしまった。なので私達は、何も言えなくなってしまう。
すると陛下は、ニーナでもシュリアでもなく、私を見た。
「そうなのか?」
「え?」
「今の話は、真実なのか?」
「いいえ、違います! 真っ赤な嘘です!」
私の代わりに、シュリアが声を上げてくれた。
「会場に向かっていた私達の前に、突然男爵夫人が現れ、ワインをかけてきたんです。侯爵が私を庇って前に出てくれたので、私は被害に遭わずにすみました。でも代わりに、侯爵のドレスが汚れてしまったのです」
今度は説明を邪魔されないように、シュリアはまくし立てるように訴えた。
「ベルントの話と、ずいぶん違うな」
「ファーラー男爵夫人が自分の失敗を誤魔化すため、先に嘘の証言をしました。殿下はその嘘に、惑わされてしまったのです」
「ち、違います、陛下、私はーーーー」
「しかも私も過去に一度、男爵夫人にワインをかけられたことがあります。そして同様の被害に遭った令嬢が、他にもいるのです」
相手の言葉をさえぎって、自分の主張を伝えるという手法を、今度はシュリアがやってのけた。ニーナとのやり取りで、黙っているままでは、潔白を主張できないと学んだようだった。
「・・・・それは問題だな」
陛下はニーナと、そしてベルント殿下を睨みつけた。
ニーナは震え上がり、彼女の嘘に踊らされたベルント殿下は赤面する。
「ファーラー男爵夫人。きちんと謝ったのか?」
「え?」
「まだなら、アルムガルト侯爵に今すぐ謝罪するんだ。そしてもう二度と、他の招待客にこんなことはしないと、この場で正式に誓ってもらう。でなければ今後二度と、皇室主催のパーティーには出席させない」
「ーーーー」
想像したよりも、重たい処分だった。
ニーナは夫の事業に関わらず、趣味も持っていないようだ。だから彼女にとっては、社交界の地位がすべてだ。出入りを禁じられるのは、手痛いはずだ。
「・・・・・・・・」
ニーナはそれでも私に謝りたくなかったのか、目でベルント殿下はギュンターに助けを求めた。
でもベルント殿下からしたら、ニーナの嘘のせいで恥をかいたようなものだから、助けるどころか、彼女に冷たい視線を返した。ギュンターもさっきはヤジを飛ばしてきたのに、今は無視を決めこんでいる。
「・・・・申し訳ありませんでした」
もう逃げられないと観念したのか、ニーナは小さな声で謝ってきた。
私がうなずくと、ニーナは今度は陛下のほうに向きなおる。
「今後はこのような軽率な失敗を、絶対にしないと誓います」
ニーナは最後まで、故意ではなく失敗だと言い張った。でも宣言した以上、彼女は今後二度と、同じ嫌がらせはできないだろう。それで十分だった。
ニーナは屈辱で、肩を震わせている。ニーナが今まで、シュリアを含めた令嬢達に屈辱を与えてきたことを考えれば、因果応報だった。
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