二人の転生悪女 ー偽聖女のヒロイン成り代わり作戦を防げー

炭田おと

文字の大きさ
115 / 152

114

しおりを挟む


 その時、こちらに近づいてくる、足音が聞こえた。他の招待客が、近づいてきているようだ。

 私とシュリアは、いったん黙る。ニーナも閉口したので、彼女も口論している場面を見られたくなかったのだろう。


 現れた人物を見て、私は思わず眉をひそめてしまう。


「これは、これはーーーー」



 ベルント殿下は私を見るなり、口角を吊り上げた。



 ベルント殿下の横には、ギュンター・フォン・フックスがいる。



(・・・・厄介な人達と出くわしてしまったわ)


 できれば会うことを避けたかった人だけれど、こうして顔を合わせてしまった以上、挨拶をしないわけにはいかなかった。


「ベルント殿下、お会いできて光栄です」


「こんなところで会うのは、奇遇だな、アルムガルト侯爵」


 ベルント殿下はわざと顎を上げて、私を見下ろした。彼は私にたいする嫌悪感を、隠そうともしていなかった。

 ベルント殿下はアリアドナと疎遠になっているそうだけれど、彼女のことがなくなっても、私のことが嫌いなようだった。


(こういう人だったわ)


 最近はベルント殿下と顔を合わせずにすんでいたから、彼の性格を思い出さずにすんでいた。


 ベルント殿下は平民が思い描く、〝嫌な貴族〟そのものだった。高貴な生まれのため矜持が高く、世の中のほとんどの人を見下していて、誰にたいしても高圧的だ。その上、嫌いな人間にたいしては、とても攻撃的だった。


「珍しい組み合わせだな。アルムガルト侯爵に、ファーラー男爵夫人、それに」


 私とニーナの顔を見たあと、彼の視線は、シュリアのほうへ流れた。


「ーーーー噂の聖女様か」


 ベルント殿下がシュリアに興味を見せたことに、一瞬、ひやりとした。


 原作では、ベルント殿下はシュリアに想いを寄せる設定だった。でもこの世界ではアリアドナの妨害のせいで、その流れは捻じ曲がっている。原作で起こるはずだった二人のイベントはほとんど発生していないから、ベルント殿下がシュリアの存在を認識したのはこれがはじめてなのかもしれない。


(ベルント殿下が、シュリアのことを好きになる可能性はあるのかしら? ・・・・でも今さら横やりが入るのは、困る)


 シュリアがアリアドナの妨害工作に困っている時なら、ベルント殿下の助けが必要だったかもしれない。でも今のシュリアは助けを必要としていないし、ベルント殿下の恋心が、陛下とシュリアの恋路を邪魔する可能性だってある。


「それで、なにを揉めてるんだ?」


「ファーラー男爵夫人が、アルムガルト侯爵にワインをーーーー」


「アルムガルト侯爵に、言いがかりをつけられて困っていました」


 ニーナはシュリアの声をさえぎって、自分の主張を言った。先に言えば、有利になると考えたのだろう。


「それでもみ合いになり、侯爵に腕をつかまれて、ワインが彼女にかかってしまったんです。侯爵は怒り、弁償代を請求されました」


「違います、そうでは・・・・!」


「アルムガルト侯爵。少しは態度をあらためたらどうだ?」


 シュリアが言い直そうとしたけれど、殿下は聞く耳を持たなかった。


「世間で自分がどう言われているか、知らぬわけもないだろう。そういう態度を改めないから、毒婦などと呼ばれるのだぞ」


「殿下、私は言いがかりなど・・・・」



「言い訳をするな!」



 突然怒鳴られて、肩が震えた。



 ワインをかけられたのはこっちなのに、事情も知らない人に悪いと決めつけられて説教されるなんて、本当にさんざんだ。でもベルント殿下の態度を見るかぎり、訂正しようとしてもうまくいかないだろう。



「殿下、本当に違うーーーー」


 抗議しようとしたシュリアを、手を握ることで止めた。ベルント殿下の敵意を、彼女に向けるわけにはいかなかった。


「・・・・申し訳ありません」


 視界の端で、ニーナがほくそ笑んでいる。


 一方シュリアは悔しそうに、唇を噛みしめていた。私は大丈夫だと伝えるため、シュリアの手を握りなおすと、彼女は唇を噛むのをやめた。


 それにしても、ニーナもよくもまあ、とっさにぺらぺらと嘘が出てくるものだ。そこだけは感心する。



「まったく・・・・」


 溜息を吐きだしながら、ベルント殿下はもう一度私を睨んだ。



「毒婦はこうやって、時々誰かが叱ってやらなければ、増長しますからな」


 ギュンターがここぞとばかりに、高笑いを付け加える。


「色々と学んで、最近はめっきり社交場に出てこなくなっていたようだが、今回の夜会には参加したのか。どういった心境の変化だ?」


 ベルント殿下に聞かれたけれど、答えづらい質問だった。普通に、新皇帝の即位を祝うため、と答えたいけれど、陛下の即位に不満を持っているベルント殿下は、私の言葉を自分への当てつけと受け取るかもしれない。


「陛下が招待状を送ってくださいましたので・・・・」


「陛下も、なぜそなたに招待状など送ったのか・・・・」



 その時ニーナが、私の肩越しに誰かを見つけて、ハッと顔を強張らせる。



 振り返ると、廊下の先から、正装したヨルグ陛下が歩いてくるのが見えた。



 私達は、慌てて頭を下げる。



「陛下に、ご挨拶申し上げます」


「よく来てくれた」


 ヨルグ陛下は珍しくにこやかに、そう挨拶した。


 顔を上げると、陛下と目が合った。心臓が跳ねて、私は思わず目を伏せる。


「久しぶりだな、ベルント」


 陛下はまず、ベルント殿下に声をかけた。

 この二人が話をするのを見るのは、これがはじめてかもしれない。不仲だということは知っているけれど、どんな会話をするのか、想像もできなかった。


「招待状を送ったものの、正直お前は、俺の即位になにか思うところがあるようだから、来てくれないと思ってたよ」


 陛下の率直すぎる発言に、冷汗が流れた。ベルント殿下の顔は引きつっているし、シュリアやニーナの横顔も強張っている。


(挨拶代わりに煽るなんて・・・・ある意味、陛下らしいと言えるのかも)


 そもそも不仲の原因は、幼いベルント殿下が事あるごとに、ヨルグ陛下が庶子であることや、母親の離婚のことを馬鹿にしていたかららしい。兄として扱われなかったのだから、今さら弟として接する理由もないというのが、ヨルグ陛下の気持ちなのだろう。


 さて、どう返すのだろうと、私はベルント殿下の次の発言に注目する。


「・・・・新皇帝に招待されたのに、断ることなどありません」


 ベルント殿下は口角を引きつらせながらも、敵が開いたパーティーで事を荒立てたくなかったのか、無難に返していた。


「それから、アルムガルト侯爵ーーーー」


 私に目を向けた陛下は、ふと、怪訝そうな顔をする。


「・・・・そのドレスは、どうしたんだ?」


 ドレスについたワインのシミに、気づいたようだった。


「侯爵が、ファーラー男爵夫人に言いがかりをつけ、もみあいになり、それでワインがこぼれたそうです」


 私達が説明する前に、ベルント殿下が勝手に、ニーナの主張を伝えてしまった。なので私達は、何も言えなくなってしまう。


 すると陛下は、ニーナでもシュリアでもなく、私を見た。


「そうなのか?」

「え?」

「今の話は、真実なのか?」


「いいえ、違います! 真っ赤な嘘です!」


 私の代わりに、シュリアが声を上げてくれた。


「会場に向かっていた私達の前に、突然男爵夫人が現れ、ワインをかけてきたんです。侯爵が私を庇って前に出てくれたので、私は被害に遭わずにすみました。でも代わりに、侯爵のドレスが汚れてしまったのです」


 今度は説明を邪魔されないように、シュリアはまくし立てるように訴えた。


「ベルントの話と、ずいぶん違うな」


「ファーラー男爵夫人が自分の失敗を誤魔化すため、先に嘘の証言をしました。殿下はその嘘に、惑わされてしまったのです」


「ち、違います、陛下、私はーーーー」


「しかも私も過去に一度、男爵夫人にワインをかけられたことがあります。そして同様の被害に遭った令嬢が、他にもいるのです」


 相手の言葉をさえぎって、自分の主張を伝えるという手法を、今度はシュリアがやってのけた。ニーナとのやり取りで、黙っているままでは、潔白を主張できないと学んだようだった。


「・・・・それは問題だな」


 陛下はニーナと、そしてベルント殿下を睨みつけた。


 ニーナは震え上がり、彼女の嘘に踊らされたベルント殿下は赤面する。


「ファーラー男爵夫人。きちんと謝ったのか?」


「え?」


「まだなら、アルムガルト侯爵に今すぐ謝罪するんだ。そしてもう二度と、他の招待客にこんなことはしないと、この場で正式に誓ってもらう。でなければ今後二度と、皇室主催のパーティーには出席させない」


「ーーーー」


 想像したよりも、重たい処分だった。


 ニーナは夫の事業に関わらず、趣味も持っていないようだ。だから彼女にとっては、社交界の地位がすべてだ。出入りを禁じられるのは、手痛いはずだ。


「・・・・・・・・」


 ニーナはそれでも私に謝りたくなかったのか、目でベルント殿下はギュンターに助けを求めた。


 でもベルント殿下からしたら、ニーナの嘘のせいで恥をかいたようなものだから、助けるどころか、彼女に冷たい視線を返した。ギュンターもさっきはヤジを飛ばしてきたのに、今は無視を決めこんでいる。



「・・・・申し訳ありませんでした」



 もう逃げられないと観念したのか、ニーナは小さな声で謝ってきた。



 私がうなずくと、ニーナは今度は陛下のほうに向きなおる。



「今後はこのような軽率な失敗を、絶対にしないと誓います」


 ニーナは最後まで、故意ではなく失敗だと言い張った。でも宣言した以上、彼女は今後二度と、同じ嫌がらせはできないだろう。それで十分だった。


 ニーナは屈辱で、肩を震わせている。ニーナが今まで、シュリアを含めた令嬢達に屈辱を与えてきたことを考えれば、因果応報だった。



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

断罪前に“悪役"令嬢は、姿を消した。

パリパリかぷちーの
恋愛
高貴な公爵令嬢ティアラ。 将来の王妃候補とされてきたが、ある日、学園で「悪役令嬢」と呼ばれるようになり、理不尽な噂に追いつめられる。 平民出身のヒロインに嫉妬して、陥れようとしている。 根も葉もない悪評が広まる中、ティアラは学園から姿を消してしまう。 その突然の失踪に、大騒ぎ。

【完結】婚約発表前日、貧乏国王女の私はお飾りの妃を求められていたと知りまして

Rohdea
恋愛
────とうとうこの時が来たのね 決められた運命を受け入れて生きていくつもりだったのに──── 貧乏国の王女のウェンディ。 貧乏だろうと王女として生まれたからには、国のために生きるのが当たり前。 そう思って生きて来た。 そんなある日、婚約が決まったことを父親から告げられる。 その相手は女癖が悪いという噂の他国の王子。 複雑な思いを抱くもこれは国のためにも受け入れるべき結婚。断るなんて選択肢はない。 そう腹を括ったウェンディに対して、なぜか様子がおかしくなったのは、 護衛騎士のエリオット。 そんな彼の様子を不思議に思いながらも、婚約者となった王子、ヨナスとの対面を果たすウェンディ。 愛はなくてもせめてお互いを尊重しやっていけたなら…… そう考えていたウェンディに対してヨナスは、 はっきりと“お飾りの妃”を求めているのだと口にした。 それを聞いたウェンディは────…… ⋆˳˙ ୨୧…………………………………………………………………………………………………………………୨୧˙˳⋆ 関連作 『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』 『誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら』 『記念日当日、婚約者に可愛くて病弱な義妹の方が大切だと告げられましたので』 ※こちらのシリーズ作品のスピンオフとなります。 リクエストのありました、 全ての作品に出ていて記念日~ではヒーローにまで昇進した、 陽気な公爵令息エドゥアルトの両親の話。 時系列的に『誕生日当日~』より前の話。 なのでベビーは出ませんが、若かりし頃のガーネットは登場します。 (追記 その後を書いたのでベビーたちも登場しました)

[完結]私を巻き込まないで下さい

シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。 魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。 でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。 その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。 ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。 え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。 平凡で普通の生活がしたいの。 私を巻き込まないで下さい! 恋愛要素は、中盤以降から出てきます 9月28日 本編完結 10月4日 番外編完結 長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~

八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。 しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。 それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。 幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。 それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。 そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。 婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。 彼女の計画、それは自らが代理母となること。 だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。 こうして始まったフローラの代理母としての生活。 しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。 さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。 ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。 ※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります ※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)

小石だと思っていた妻が、実は宝石だった。〜ある伯爵夫の自滅

みこと。
恋愛
アーノルド・ロッキムは裕福な伯爵家の当主だ。我が世の春を楽しみ、憂いなく遊び暮らしていたところ、引退中の親から子爵家の娘を嫁にと勧められる。 美人だと伝え聞く子爵の娘を娶ってみれば、田舎臭い冴えない女。 アーノルドは妻を離れに押し込み、顧みることなく、大切な約束も無視してしまった。 この縁談に秘められた、真の意味にも気づかずに──。 ※全7話で完結。「小説家になろう」様でも掲載しています。

処理中です...