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しおりを挟むそうして季節は流れ、モルゲンレーテに冬が訪れた。
建国記念祭を数週間後にひかえた夜、私はアルムガルト邸を出発した。
そして丸一日かけて、モルゲンレーテの首都に一番近い埠頭に到着した。
予想通り、数週間前からすでに、内海にあるその埠頭には、多くの船が停泊していた。宿屋も繁盛しているようで、すべての窓に明かりが灯り、夜だというのに道は、様々な肌と目の色を持つ人々の姿で混雑していた。
彼らはそれぞれの国の、民族衣装を身にまとっている。多種多様な文化が入り混じったこの場所では、私の変装も目立たなかった。
「船はどちらに停めたのですか?」
ここまで私を護衛してくれたバルドゥールさんが、私の横に立つ。
「あっちにあるはずです」
船の出入りが激しい場所なので、桟橋は長く造ってあり、私が用意した船はその端にあった。
桟橋の端ともなると、街の灯りは遠ざかり、夜でも騒いでいる人々の声が届かなくなる。私達は闇に閉ざされた、静謐な空気の中を、ランプを掲げて進んだ。
もしかしたら今でも、アリアドナが放った尾行が私達に張りついていて、船を見つけたところを狙って、襲撃してくるかもしれないと、警戒していた。
だけど、何事もなく、目的の船にたどり着くことができた。
「この船ですか?」
私が用意した船が、あまりにも小さかったことに驚いたのか、バルドゥールさんが確認してきた。
「ええ、漁船に偽装するために、ボロの船を選んだんです」
「中を確認してきます」
バルドゥールさんは、私の返事を待たずに、船の中に入っていった。念入りに調べたのか、しばらくしてから、彼は戻ってくる。
「侵入者はいませんでした」
「ありがとうございました。本来の業務に戻ってください」
「・・・・閣下が無事に帰ってくるのを待っています」
しんみりした気持ちになったのか、バルドゥールさんの声がわずかに沈む。
「大げさですね。必ず戻ってくるので、心配しないでください」
「・・・・・・・・」
「それではーーーーさようなら」
別れの言葉を告げて、私はバルドゥールさんに背を向ける。バルドゥールさんがその場にとどまり、見送ってくれている気配は感じたけれど、振り返らなかった。
でも船を目指す途中、何とも言えない違和感を覚え、歩みが遅くなる。
最初に感じた違和感は、臭いだった。海辺に漂っているはずがない臭いが、嗅覚を刺激してくる。
(これはーーーー揮発油のにおい?)
なぜ、揮発油の匂いがーーー不審に思った時、桟橋の下で、水が跳ねる音が聞こえた。
「閣下、こちらに来てください!」
声が飛んできたことで、バルドゥールさんが追いかけてきていることに気づいた。
「桟橋の下に、何者かが潜んでいます!」
そしてバルドゥールさんは、飛びかかるような勢いで私を抱き上げると、陸の方向へ転がった。
「・・・・っ!」
次の瞬間、爆風が追いかけてくる。濃紺一色だった世界に赤い色が弾けた。
爆風のせいでさらに勢いがつき、私達は桟橋の真ん中まで転がる。
「いたた・・・・」
痛みをこらえながら身体を起こして、さっきまで自分達がいた場所を見ると、炎の赤に染め上げられた世界と、黒い影にしか見えなくなった船と桟橋が見えた。
すぐに、アリアドナの攻撃なのだと悟る。
「やっぱり仕掛けてきたのね!」
一息つく間もなく、桟橋とは反対方向から、こちらに近づいてくる男達の姿を見つけた。彼らは剣を握りしめ、殺気を放っている。
あわよくば、船の爆破で私を始末したかったのだろう。だけど私が爆発を免れた場合に備えて、アリアドナは抜かりなく、暗殺者を埠頭に配置していたようだ。
「バルドゥールさん、腕が・・・・!」
バルドゥールさんは私を庇った時に、肩を負傷してしまったようで、袖から血が滴っていた。
「下がっていてください。私が何とかします」
私は紋章を持つ腕を前に出し、ホワイトレディを召喚しようとした。
私の呼びかけに応えて、ホワイトレディは一瞬、蝶の姿で出現する。
ーーーーでも形を持てたのは数頭だけで、それも空に舞い上がる前に、暗闇に吸い込まれるように消えてしまった。
「・・・・っ!?」
ホワイトレディを召喚できなかったことに、愕然とする。
(もう今の私には、ホワイトレディを召喚できる魔力すら残っていないの?)
ホワイトレディが蝶という形態ですら形作れないほどに、今の私の身体には、魔力の残量がないのだろうか。
私がうろたえている間にも、暗殺者達は近づいてきていた。
「閣下、私の後ろにいてください」
バルドゥールさんは事情を察し、前に出て、私を背中で庇ってくれた。
でも、負傷した状態で相手にするには、敵の数が多すぎる。目立たないようにと護衛を一人しか連れてこなかったことが、裏目に出ていた。
じわりじわりと、間合いを詰められている。桟橋に取り残され、両側は海、後ろは火に包まれている状況で、私達には退路がなかった。
間合いが近づくと、私達を仕留めるため、暗殺者達はいっせいに走り出した。迎えうつため、バルドゥールさんも姿勢を低くする。
「・・・・っ!?」
だけど次の瞬間、雷光のような光の柱が、私達の前に直撃した。
真っ白な帯が私達を分断して、暗殺者達の姿が見えなくなる。私はあまりの眩さに、目をつむった。
「ぎゃあっ!?」
光の向こう側から、暗殺者達の悲鳴が響いてきた。同時に桟橋が崩れていく音が聞こえ、激しい揺れで立てなくなり、私は膝をつく。
(何が起こったの?)
光は尾を引きながら、ゆっくりと夜空に溶けていく。
光が直撃した場所だけ桟橋が破壊され、溝のような穴ができていた。橋の断面が黒ずみ、煙が上がっているところを見ると、強力な火力で一瞬にして焼き切られたようだった。
暗殺者達は、向こう側で倒れていた。ぴくりとも動かないので、生きているのか死んでいるのかもわからない。
「な、なにが起こったんだ?」
バルドゥールさんも、事態を理解できず、呆然としていた。
橋の向こう側から、誰かの足音が響いてきた。でも煙の薄い壁があるせいで、近づいてくる人物の姿が、輪郭しかわからない。
私達は警戒したけれど、さっきの衝撃でこちら側の桟橋も脆くなっているようで、足場がぐらぐらと揺れて、体勢が安定しない。だから逃げることも、身構えることもできなかった。
「わっ・・・・!」
その人物が、壊れた部分を飛び越えてこちらに着地する。その衝撃でまた足場が、激しく揺れた。
「バルドゥールさん!」
バルドゥールさんは海に落ちてしまう。私も落下しそうになったけれど、身体が水面にぶつかる前に、誰かの手が引き上げてくれた。
「まったく・・・・」
私を抱きとめてくれたのは、ヨルグ陛下だった。
「・・・・だから言ったんだ。弱った状態で、一人で外国に逃げようとするなんて、自殺行為だって」
「なぜここに・・・・」
答える代わりに、陛下は私の顔に手の平を向ける。
次の瞬間、私は急激な眠気に襲われて、頭を支えられなくなった。崩れるように倒れた私を、陛下が抱き上げる。
「・・・・へい・・・・か?」
「もう大丈夫だ」
視界がぼやけ、瞼が重くてたまらない。疲れからくる眠気ではなく、なんらかの魔法を使われたとわかったけれど、手遅れだった。
そのまま私は、砂浜のほうへ運ばれたようだった。
「アルホフ、全員捕えたか?」
陛下が声を聞いて、アルホフ卿が近くにいることを知った。
静かだった砂浜は、いつの間にか大勢の気配でひしめき合っていた。武具が鳴る音が聞こえたので、陛下が連れてきた兵士達の気配なのだろう。
「数人、取り逃がしましたが、港は封鎖済みですので、逃しません」
「首謀者に報告されると面倒だ。絶対に、一人も取り逃がすな」
「お任せください」
アルホフ卿が敬礼した姿が、ぼんやりと見えた。
「バルドゥールという男が海に落ちてるから、一応引き上げて、手当てをしておけ。あいつは自力で浜に上がってたから、軽傷だろうが、念のためだ。それから、今日ここで起こったことが外に漏れないようにしろよ。お前らが近衛兵であることも、町の連中には絶対に悟られるな」
「港の関係者に、火災のことをどう説明しましょうか?」
「治安維持部隊と、密輸船の間で小競り合いがあったとでも言っておけばいい。船が出せない間の保証金も、桟橋の再建費用もこちらが出すといえば、納得するはず」
「仰せの通りに」
そしてアルホフ卿は、私達から離れていったようだった。
「俺は皇都に戻る。馬車の用意を」
「かしこまりました」
移動していることはわかったけれど、意識は覚醒と眠りの間にある水面のような場所に引っかかっていて、自分がどこにいるのかもよくわからなかった。
「待って・・・・」
必死に声を絞り出したけれど、ひどくかすれていた。
「もう安全だ。だから、眠ってろ」
優しい囁きが聞こえて、大きな手が、私の目の上にかぶさる。
なぜか安心感を覚えて、私の意識は眠りの中に沈んでいった。
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