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しおりを挟むーーーー花の香りがする。
花の香りのせいか、花畑にいる夢を見た。
この世のものではないような幻想的な花畑で、家族とともに時間を過ごした記憶の断片が、夢としてよみがえっていた。泣きたくなるほど幸福だったけれど、すぐにそれは儚く崩れ去ってしまい、代わりに幼いころのアリアドナが、私の前に立っていた。
アリアドナの口が動く。ーーーーその口から出てくる嘘を、聞いちゃいけないと叫んだけれど、幼い私には届かなかった。
そして、私は目覚める。
「・・・・・・・・」
瞼を開けると、見慣れないガラスの天井があった。
私はまどろみを引きずって、ぼんやりと天井の骨組みを見上げたまま、しばらくベッドに横になっていた。
「・・・・!?」
かなりの時間が過ぎてからようやく、どこかに置き去りになってきた理性が帰ってきた。自分を取り戻した私は、慌てて身体を起こす。
そこは全面ガラス張りで、花々に彩られた、温室と思われる空間だった。花壇から溢れんばかりに、花々が咲き誇っていて、その鮮やかさが目に痛い。
私が横たわっていたベッドは、花壇の中央にあった。
近くの木から落ちてきた赤い花弁が、シーツの上に散らばっていて、まるでおとぎ話の世界に迷いこんだような気分だった。
「こ、ここは・・・・」
混乱しながら、直前に起こったことを思い出そうと頭を回転させた。
「あーーーー」
そして国外に脱出しようとして襲撃され、ヨルグ陛下に助けられたところまでは思い出せた。ーーーーでも、その後の記憶が曖昧だ。
「あ、お目覚めになったんですね」
その時、一人の女性が温室に入ってきた。
彼女は、メイド服を着ていた。私が混乱のせいで質問すらできずにいると、彼女は私の前にやってきて、にっこりと笑う。
「はじめまして、アルムガルト侯爵。私は今日から、閣下の身の回りのお世話をさせていただく、ヨハンナという者です。よろしくお願いします」
「よ、よろしく・・・・」
丁寧に挨拶してくれたヨハンナさんを無視するわけにはいかず、そう答えた。だけど頭の中は、疑問符で埋め尽くされている。
「ヨハンナさん」
「ヨハンナとお呼びください。敬語は必要ありません」
「そう。それじゃ、ヨハンナ。どうして私はここにーーーー」
質問しようとしたところで、また温室の扉が開く音が聞こえた。
入り口に目を向けると、そこにヨルグ陛下の姿があった。
「陛下、閣下がお目覚めになったようです」
「そうか。侯爵と話があるから、下がってくれ」
ヨハンナが温室を出ていくと、陛下はベッドに腰かける。
「気分はどうだ? 医者は異常はないと言っていたが、念のためにもう一度診てもらったほうがいい」
「大丈夫です。それよりも、バルドゥールさんは無事ですか?」
意識を失う前、バルドゥールさんが近くにいたはずだ。
「あいつなら軽傷だったから、自分の足で歩けるようだったから、手当てをしてから解放した。今頃は、ご主人様のところじゃないか」
「ご主人様・・・・」
バルドゥールさんは、クリストフのところに戻ったのだろうか。とにかく彼が無事なら、それでいい。
(・・・・そもそも、ここはどこなの?)
私は怖々と、陛下の目を見上げる。
「・・・・陛下、ここはどこですか?」
「皇宮の庭園の中にある、温室だよ」
「なぜ、温室の中にベッドが・・・・」
「今、離宮に侯爵の部屋を用意させている。準備が整うまで、ここで侯爵を休ませるために、一時的にベッドを運び入れた」
「私のーーーー部屋?」
聞き間違いだろうかと思い、問い返す。
「そう、部屋だ。この温室の続きに離宮があって、そこにもっと住みやすい部屋があるんだ」
「・・・・なぜ皇宮の中に、私の部屋が必要なんですか?」
「ーーーー侯爵にはしばらくの間、皇宮の中で暮らしてもらう」
うすうす察していた不安が、その言葉で現実になって、血の気が引いた。
「・・・・もしかして、私をここに監禁するつもりですか?」
陛下はこの問いかけには明確に答えず、ただ笑い返すばかりだった。
「私は一応はまだ、アルムガルトの当主です! 意思を無視して、拉致監禁なんて、許されることではありません!」
「よく言うよ。俺の意思を無視して、閉じこめたのはどこのどいつだ?」
「自分が拉致されたからといって、相手を拉致し返していいなんて法律はありませんよ」
「そもそもどの国にも、拉致していいなんて法律はないぞ」
「・・・・・・・・」
ああ言えばこう言う。でもだいたいの場合は、ヨルグ陛下のほうが正論なので、反論できなくなってしまう。
「そもそも、これは拉致じゃない。誘拐犯の身柄を拘束しただけだ」
物は言いようだった。前からなんとなく察していたことではあるけれど、陛下も私と同じで、屁理屈をこねるのが得意なようだ。
「だったら牢獄じゃなく、なぜここに連れてきたんですか?」
「侯爵が衰弱してへろへろになってたから、まずは治療を優先することにしたんだ。それに、アルムガルトが敵側につくのは困るからな」
「ベルント殿下に味方するつもりはないと、お伝えしたはずです」
「念のためだ。俺と敵対するつもりがないなら、ここにいても問題ないだろ」
「・・・・私を、閉じこめておけると思いますか?」
脅しを込めてそう聞くと、陛下は冷笑を返してきた。
「ホワイトレディの力を使うつもりか?」
「必要なら、そうします」
「やってみろ」
ヨルグ陛下は止めることも、慌てることすらなかった。不審に思いつつ、私は紋章が刻まれた手をかざして、ホワイトレディを召喚しようとする。
「・・・・!?」
ーーーーだけど何度念じても、ホワイトレディは表れなかった。手の甲にある紋章は、ただのタトゥーのように沈黙している。
「その手首にあるブレスレットが、侯爵の力を封じている」
混乱していると、陛下は私の手首を指差した。
いつの間にか私の手首には、見慣れないブレスレットがはめられていた。表面にきめ細やかな刻印が刻まれた、高価そうなブレスレットだった。
「神封じの矢と、同じ効力がある。魔法や召喚術を封じるんだ」
「・・・・っ」
私は急いで、ブレスレットを外そうとした。
「ーーーーちなみにそのブレスレット、侯爵がつけていたあの仮面と同じで、解除の言葉がないと外れないようになってるからな」
「・・・・・・・・」
狙ったようなタイミングでーーーー実際に狙っているのか、陛下が絶妙な時に補足してくるから、私の行動が滑稽なものになり下がる。
実際、外そうと力を込めても、ブレスレットはびくともしなかった。
「・・・・最初に言ってくれますか?」
「ジタバタしている侯爵が見たかったんだ」
低く笑っている陛下を睨みつけたけれど、豆腐に鎹だった。
「そういうわけだから、今は大人しくしてるんだな」
ヨルグ陛下は立ち上がった。
「一応忠告しておくが、逃げ出そうとしても無駄だぞ。入り口には外から鍵がかけられるように改造したし、窓も少ししか開かないようになってる」
「・・・・わざわざ丁寧に教えてくださるなんて、陛下はお優しいですね」
「侯爵が逃げ出そうとして、窓から転落して怪我でもしたら、大変だからな。もうそうなると、鎖で繋がなきゃならなくなる」
「・・・・ご自分が鎖で繋がれたことを、恨んでいるようですね」
「当たり前だろ。鎖で繋がれた上に、犬扱いされたんだからな。・・・・誘拐と監禁の罪状に、皇太子を犬扱いした侮辱罪も上乗せしておくべきか?」
「やめてください」
裁判所で自分の罪状を並べられた時のことを想像すると、頭痛がする。
しかめ面になった私とは対照的に、陛下は楽しそうに笑っていた。
「一体、何が狙いでーーーー」
追及を続けようとしたけれど、急な胸痛に襲われて、できなかった。
「・・・・大丈夫です」
急にうずくまった私を心配して、陛下が手を差し伸べてくれたけれど、私はその手を押し返した。
「・・・・とにかく、今は休め」
陛下はそう言って、身をひるがえした。
顔を伏せたままだったけれど、扉が閉まる音が聞こえた。
一人になると脱力感に襲われて、私は倒れるようにベッドに横になった。
「これから、どうなるんだろう・・・・」
思わず、声に出して呟いてしまう。
考えることにも疲れて、瞼を閉じると、いつの間にか眠りに落ちていた。
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