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しおりを挟む「・・・・陛下と閣下の会話には、いつも冷や冷やさせられます」
その日の夜、私の髪を梳きながら、ヨハンナは本音を吐露した。
「あの陛下のことを面と向かって、ワンちゃん呼ばわりできる方なんて、皇国広しと言えども、閣下お一人だけでしょうね」
「・・・・・・・・」
ヨハンナの言葉はひかえめではあるものの、今までクリストフやバルドゥールさんにさんざん指摘されてきたことと同じ内容だった。
私は軽口を叩いているつもりで、陛下も寛容に許してくれるから、すっかり感覚が麻痺してしまっている。だけど今までの自分の言葉を思い返してみると、侮辱罪で投獄されてもおかしくないものばかりだった。
(・・・・成り行きで陛下のことをウルフドック呼ばわりしてしまって以来、私の中で陛下には、気高いワンちゃんのイメージが定着しちゃったのよね・・・・)
今や彼は、この国の皇帝だ。そんな高貴な方を、犬呼ばわりーーーー私と陛下の会話を聞いたヨハンナが、この世の終わりのような顔をしていたことも、冷静になった後では十分に納得できる。
(気をつけないといけない・・・・)
指摘されるたびに直そうと思うのに、陛下と話しているうちに、いつもの態度に戻ってしまっている。我ながら、学習能力が足りないと反省した。
「でも、陛下は怒っていませんでした。むしろ、閣下との自由な会話を、楽しんでいるように見受けられました。他の人なら侮辱罪に問われそうな言葉でも、陛下と閣下の間ではただの冗談になるのでしょう。すべてを許してしまえるほど、閣下にたいする陛下の愛が深いということなのかもしれません」
「ぶっ・・・・!」
飲みかけの水が喉につまり、私は咳きこんでしまう。
「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫・・・・」
ヨハンナが持ってきてくれたハンカチで、口元を拭う。
(ヨハンナは私のことを、陛下の愛人だと勘違いしてるのね)
閉じこめられているとは言っても、この待遇は囚人の扱いじゃない。それに高価な差し入れがあったり、時々陛下が夜に訪ねてくることなど、確かに誤解を招くような部分はあった。
でも訪問が夜になるのは陛下が忙しくて、他の時間が作れないからだし、差し入れは私を閉じこめていることにたいする、贖罪でもあるのだろうと思う。だから、深い意味はない。
そんな関係じゃないことを説明したいけれど、説明するにはまず、私達の背景から話さなければならなくなるので、ややこしい。
「閣下、私などが閣下に意見することは差し出がましいとは思いますが・・・・」
私が考えこんでいると、ヨハンナが躊躇いながらも話しかけてきた。自分の意見を言うべきかどうか、迷っているようだ。
「構わないわ。言って」
忌憚のない意見が欲しかったから、彼女の背中を押すためにそう言った。
「では、意見を述べさせてもらいます」
ヨハンナは深呼吸してから、顔を上げた。
「医術には素人の私から見ても、閣下の体調が思わしくないことはわかります。閣下は脱出を急いでいるようですが、そんなお身体では外に出たとしても、倒れてしまうでしょう。ここは警備が万全で、安全な場所です。だから身体が治るまでは、ここで休息をとったほうがいいのではありませんか?」
その時のヨハンナは、駄々をこねる子供の扱いに困っているような表情を浮かべていて、私はいたたまれない気持ちになった。
「・・・・監禁生活を喜ぶ人はいないわ」
「うーん・・・・」
ヨハンナはしばらく、言葉を探していた。
「陛下がなぜ、ここまで強硬なことをしているのか、その理由は私にはわかりかねますが・・・・今は情勢が不安定なので、陛下は、大事な人に危険が及ぶことを避けたいんじゃないでしょうか? 反乱軍が放った暗殺者が皇都に潜んでいる可能性もありますから。それならばいっそ、強引であっても、自分の目が届く範囲で守ろうと考えた結果なんだと思います」
ヨハンナは必死に言葉を選びながら、熱弁してくれた。
「・・・・あのね、ヨハンナ」
説明が少し面倒なので、避けようとしていたけれど、ヨハンナの熱弁を聞いてさすがにこれは流せないと思い、誤解を解くことにした。
「はい、なんでしょう?」
「私と陛下は、そんな関係じゃないの。その・・・・恋人とか、愛人じゃないのよ」
「そう・・・・なんですか?」
ヨハンナは目を丸くする。そんなに驚くようなことだったろうかと、私のほうが不思議になった。
「・・・・勘違いして、申し訳ありませんでした」
ヨハンナは釈然としない様子ながらも、そう言ってくれた。
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