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しおりを挟むどうやらヨルグ陛下は、できるだけ私を一人にしないようにという指示を、ヨハンナ達に出しているようだった。
そのせいで特に仕事がない時でも、使用人が部屋の隅に待機している。
私の監視も、彼女達の仕事に含まれているようだ。だから仕方がないと受け入れてはいるものの、やはり監視されることには抵抗がある。それにもともと、一人で過ごすことが多かった私にとっては、一人の時間がまったくないというのは大きな苦痛になっていた。
思いきって、ヨハンナに一人にしてほしいと頼んでみたことはあったけれど、ヨハンナは何度も謝りつつも、頼みを聞いてくれることはなかった。そればかりか、ヨハンナの苦しそうな顔を見て、真面目な彼女に頼むべきじゃなかったと、私のほうが反省することになった。
とはいえ、彼女達にも仕事はあるので、一日の間にほんの少しではあるものの、一人の時間ができることはあった。
「はあ・・・・」
大きく伸びをして、一人の時間を満喫した。
心に余裕が生まれると、ふと、自分の手首にはまっているブレスレットのことが気になりはじめた。
(どうにかして、このブレスレットを壊せないかしら?)
今までにも何度か、一人になれた時に、ブレスレットを外せないか試していた。力技では無理だったから、次に思いつくかぎりの解除の言葉を言ってみたけれど、すべて外れだった。
(家具の角に、思いっきりぶつけてみるのもいいかもしれない)
そんな考えから、家具の角に、何度もブレスレットをぶつけてみた。だけどそうすると、ブレスレットだけじゃなく、私の腕までダメージが響く。
それでも諦めずにブレスレットを壊そうと、試行錯誤していると、ある時、ブレスレットの表面に、ひび割れを入れることに成功した。
「やった!」
思わずガッツポーズを作った瞬間、扉が開く音が聞こえた。
その音に、私は飛び上がりそうになる。幸い、私がいた場所と入り口は衝立で仕切られていたから、怪しい挙動は見られずにすんだ。
「調子はどうだ?」
部屋に入ってきたのは、ヨルグ陛下だった。
陛下の後ろには、ヨハンナともう一人、使用人がひかえている。二人とも何かを持っているようだった。
「また退屈してたのか?」
幸い陛下は、ブレスレットの欠損には気づかなかった。ブレスレットの表面に刻まれた細かな刻印が、ひび割れを見えにくくしているようだ。
「え、ええ、退屈してました・・・・」
なぜか陛下は怪訝そうにして、私の顔を覗きこんでくる。
「・・・・今日はずいぶん大人しいな」
ぎくりと、肩が強張ってしまった。気のせいかもしれないけれど、陛下の目つきが鋭くなったような気がして、私は挙動不審になってしまう。
「・・・・今までの私の態度が、あまりにも無礼すぎたという反省も含めて、これを機に、陛下への態度を改めようと思いまして・・・・」
「え? 今さら?」
自分では殊勝な言葉のつもりだったのに、陛下は逆に呆れていた。
「侮辱罪で処刑されてもおかしくないようなことをボンボン言っておいて、今さらまずいと気づいたのか? 遅くない?」
「・・・・・・・・」
私が憮然とすると、陛下は笑う。
「どうせ、ブレスレットを外そうとしてたんだろ」
「私を見張ってたんですか!?」
「憶測で言ってみただけだぞ。・・・・適当なことを言えば、侯爵は自分から自白してくれるから、俺も助かっている」
「・・・・陛下は本当に、相手から本音を聞きだすのがお上手ですね」
「罪を着せるな。俺はいつも通りに話しているだけなのに、そっちが勝手にボロを出して、自滅してるだけだぞ」
「・・・・・・・・」
ぐうの音も出ない。完膚なきまでに言い負かされてしまった。
「・・・・それで、今日はなにかご用ですか?」
これ以上自滅せずにすむように、私は本題に入ることにした。
「差し入れを持ってきた」
陛下はなにかを持ってきてくれたようだけれど、差し入れならもうたくさんもらっているから、これ以上もらうのは心苦しかった。
「日用品なら十分に足りてるから、大丈夫ですよ。他に必要なものは・・・・」
「ワンッ!」
犬の吠え声にさえぎられて、目が丸くなる。
ヨハンナが抱きかかえている子犬を見て、私はつかの間固まっていた。
「わ、ワンちゃん!?」
「・・・・侯爵も、そんなに高い声を出すことがあるんだな」
陛下に物珍しそうな目を向けられたことで、私は我に返る。少し恥ずかしかったから、空咳で誤魔化した。
「・・・・どうして子犬を連れてきたんですか?」
「バウムガルトナーが、侯爵は〝ちくわみたいな犬〟が好きだって言ってたから、引き取り手がいない子犬を探して、連れてきた」
「クリストフに?」
なぜそんな話題になったのだろうかと、戸惑う。
「それにしても・・・・ちくわ? 陛下、ちくわを知ってるんですか?」
「知るわけない。バウムガルトナーに聞きなおしたら、ちくわは茶色くて細長い食べ物だと言われた。その話をそのまま愛犬家に伝えてみたら、そいつがこの子犬を連れてきたんだ」
陛下は子犬を、私の目の高さに持ち上げた。私と子犬は、近い距離で見つめ合うことになる。
その子犬は胴長短足で、毛並みは赤と白がまじり、舌を出すと笑っているように見える。この世界にコーギーと同じ犬種が存在するのかどうかはわからないけれど、その子犬の見た目はコーギーに近く、愛嬌があった。
(あ、そうだ。サルビア村にいた時に、クリストフとそんな話をしたんだった)
陛下がハスキーに似ているという話題から、コーギーの話になったことを思い出した。好きだとは言わなかったけれど、クリストフは私の反応から、私がコーギーが好きだということを見抜いたのかもしれない。
「犬だけじゃないぞ」
陛下がそう言うと、鳥かごを持ったもう一人の使用人が、すっと前に出てくる。陛下は鳥かごを受け取り、それも私のほうへ差し出した。
鳥かごの中の止まり木には、身体が白く、尾羽が黄緑色で風切羽に模様がある小鳥がとまっていた。
「人間の言葉を真似る、不思議な鳥だそうだ」
「人間の言葉を真似る・・・・」
インコのような鳥なのだろうか。
『アルベルタは木から降りられなくなった猫!』
「・・・・・・・・」
「試しに言葉を覚えさせてみたら、毎日喋るようになったんだ」
陛下のそばにいたら、この子はきっとろくな言葉を覚えないだろう。
「ほら、抱いてみろ」
陛下が子犬をもう一度持ち上げて、差し出してきた。
それを見て、思わず頬が緩む。
言葉なんてわからないのに、声を聞き取るために耳をぴくぴくと動かしながら、尻尾を振り続けている子犬も、そんな子犬を得意満面で抱きかかえている陛下も、どちらも可愛く見えたからだ。
怖々と手を伸ばして、子犬を抱きかかえてみる。人懐っこい子犬だったようで、ぺろぺろと頬を舐めてくれた。
「ふふ、人懐っこい子ですね」
「この子犬も鳥も、どちらも侯爵に任せる。こいつらがいたら、退屈せずにすむだろ?」
テンションが上がって、ふわふわした気持ちが、その言葉で一気に現実まで落ちてきた。
「どうした?」
「・・・・私は、動物を飼うことには向いていません」
動物が好きで、余裕ができたらペットを飼いたいとずっと思っていた。
でもいつまでも忙しいままだったし、さらには暗殺者の脅威にさらされるような日々が続いて、とても動物を飼育できるような環境じゃないと気づかされた。だからペットを飼うことは諦めていたのだ。
それは今でも同じだ。今後、私の立場がどうなるかもわからないのに、この子達の命を預かれるはずがない。
「それなら、心配無用です。閣下がこの子達をお世話できないような状況になっても、私達が責任をもって、この子達を守ります」
ヨハンナが力強く、そう言ってくれた。
「だそうだ。侯爵が世話できなくなっても、ここにいる連中が代わりに世話をしてくれるんだから、心配ない」
陛下とヨハンナがそう言ってくれたことで、決心がついた。
子犬を抱きしめると、子犬は尻尾を振ってくれる。
「名前は、適当に決めろ」
「それじゃ、ワンちゃんの名前はヨルグにしましょう」
「却下だ」
冗談のつもりだったけれど、そばで聞いていたヨハンナがまた青ざめている。彼女の心臓に悪いから、これ以上冗談は言わないほうがよさそうだ。
「それにしても、不格好な犬だな。どうしてこんなに短足なんだ?」
「陛下はわかってないですね。この短い足が可愛いんじゃないですか」
それから私達は、どんな名前がいいかという話題でおおいに盛り上がった。
ああでもないこうでもないと長々と話しあったのに、結局子犬の名前は、〝チクワ〟、小鳥の名前は〝ピーピー〟に決まってしまった。
そして気づけば、すっかり夜が更けていた。
私が壊れたブレスレットのことをようやく思い出したのは、入浴後にベッドに入った後だった。
ベッドに腰かけて、ホワイトレディを呼び出せないか、試してみる。
すると手の平から、真っ白な蝶が出現し、飛び立っていった。
けれど発現できたのは、数頭だけだった。
ブレスレットの効力を弱らせることには成功したみたいだけれど、ホワイトレディのすべての力を解放することは難しいようだ。
(でも、一部でも力を発現できるなら、クリストフに手紙を送ることができるかもしれない)
私は立ち上がると、テーブルに近づいて、メモ用紙の端を切り取る。
羽ペンにインクをつけたものの、数分間、何を書こうか迷っていた。紙の面積が狭いので、届けられたとしても、必要最低限の情報しか伝えられない。
迷ったあげく、私は自分の状況と、最近の政局のことを教えてほしいということを、短文で箇条書きにした。そしてそれを、ホワイトレディの蝶の身体に巻きつける。
蝶を放つため、窓を開ける。窓はほんの少ししか開かなかったけれど、小さな蝶が抜け出るには十分な広さだった。
蝶は壁と窓の隙間をすり抜けて、夜空に駆け上がる。
(どうか、届いて)
星々の光の中に溶けていく蝶を見上げながら、そう願った。
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