二人の転生悪女 ー偽聖女のヒロイン成り代わり作戦を防げー

炭田おと

文字の大きさ
137 / 152

136

しおりを挟む


 どうやらヨルグ陛下は、できるだけ私を一人にしないようにという指示を、ヨハンナ達に出しているようだった。


 そのせいで特に仕事がない時でも、使用人が部屋の隅に待機している。


 私の監視も、彼女達の仕事に含まれているようだ。だから仕方がないと受け入れてはいるものの、やはり監視されることには抵抗がある。それにもともと、一人で過ごすことが多かった私にとっては、一人の時間がまったくないというのは大きな苦痛になっていた。

 思いきって、ヨハンナに一人にしてほしいと頼んでみたことはあったけれど、ヨハンナは何度も謝りつつも、頼みを聞いてくれることはなかった。そればかりか、ヨハンナの苦しそうな顔を見て、真面目な彼女に頼むべきじゃなかったと、私のほうが反省することになった。


 とはいえ、彼女達にも仕事はあるので、一日の間にほんの少しではあるものの、一人の時間ができることはあった。


「はあ・・・・」


 大きく伸びをして、一人の時間を満喫した。


 心に余裕が生まれると、ふと、自分の手首にはまっているブレスレットのことが気になりはじめた。


(どうにかして、このブレスレットを壊せないかしら?)


 今までにも何度か、一人になれた時に、ブレスレットを外せないか試していた。力技では無理だったから、次に思いつくかぎりの解除の言葉を言ってみたけれど、すべて外れだった。


(家具の角に、思いっきりぶつけてみるのもいいかもしれない)


 そんな考えから、家具の角に、何度もブレスレットをぶつけてみた。だけどそうすると、ブレスレットだけじゃなく、私の腕までダメージが響く。



 それでも諦めずにブレスレットを壊そうと、試行錯誤していると、ある時、ブレスレットの表面に、ひび割れを入れることに成功した。



「やった!」


 思わずガッツポーズを作った瞬間、扉が開く音が聞こえた。


 その音に、私は飛び上がりそうになる。幸い、私がいた場所と入り口は衝立で仕切られていたから、怪しい挙動は見られずにすんだ。


「調子はどうだ?」


 部屋に入ってきたのは、ヨルグ陛下だった。

 陛下の後ろには、ヨハンナともう一人、使用人がひかえている。二人とも何かを持っているようだった。


「また退屈してたのか?」


 幸い陛下は、ブレスレットの欠損には気づかなかった。ブレスレットの表面に刻まれた細かな刻印が、ひび割れを見えにくくしているようだ。


「え、ええ、退屈してました・・・・」


 なぜか陛下は怪訝そうにして、私の顔を覗きこんでくる。


「・・・・今日はずいぶん大人しいな」


 ぎくりと、肩が強張ってしまった。気のせいかもしれないけれど、陛下の目つきが鋭くなったような気がして、私は挙動不審になってしまう。


「・・・・今までの私の態度が、あまりにも無礼すぎたという反省も含めて、これを機に、陛下への態度を改めようと思いまして・・・・」


「え? 今さら?」


 自分では殊勝な言葉のつもりだったのに、陛下は逆に呆れていた。


「侮辱罪で処刑されてもおかしくないようなことをボンボン言っておいて、今さらまずいと気づいたのか? 遅くない?」


「・・・・・・・・」


 私が憮然とすると、陛下は笑う。


「どうせ、ブレスレットを外そうとしてたんだろ」

「私を見張ってたんですか!?」

「憶測で言ってみただけだぞ。・・・・適当なことを言えば、侯爵は自分から自白してくれるから、俺も助かっている」

「・・・・陛下は本当に、相手から本音を聞きだすのがお上手ですね」

「罪を着せるな。俺はいつも通りに話しているだけなのに、そっちが勝手にボロを出して、自滅してるだけだぞ」

「・・・・・・・・」


 ぐうの音も出ない。完膚なきまでに言い負かされてしまった。



「・・・・それで、今日はなにかご用ですか?」


 これ以上自滅せずにすむように、私は本題に入ることにした。


「差し入れを持ってきた」


 陛下はなにかを持ってきてくれたようだけれど、差し入れならもうたくさんもらっているから、これ以上もらうのは心苦しかった。


「日用品なら十分に足りてるから、大丈夫ですよ。他に必要なものは・・・・」



「ワンッ!」


 犬の吠え声にさえぎられて、目が丸くなる。



 ヨハンナが抱きかかえている子犬を見て、私はつかの間固まっていた。


「わ、ワンちゃん!?」


「・・・・侯爵も、そんなに高い声を出すことがあるんだな」


 陛下に物珍しそうな目を向けられたことで、私は我に返る。少し恥ずかしかったから、空咳で誤魔化した。


「・・・・どうして子犬を連れてきたんですか?」

「バウムガルトナーが、侯爵は〝ちくわみたいな犬〟が好きだって言ってたから、引き取り手がいない子犬を探して、連れてきた」

「クリストフに?」


 なぜそんな話題になったのだろうかと、戸惑う。


「それにしても・・・・ちくわ? 陛下、ちくわを知ってるんですか?」

「知るわけない。バウムガルトナーに聞きなおしたら、ちくわは茶色くて細長い食べ物だと言われた。その話をそのまま愛犬家に伝えてみたら、そいつがこの子犬を連れてきたんだ」


 陛下は子犬を、私の目の高さに持ち上げた。私と子犬は、近い距離で見つめ合うことになる。


 その子犬は胴長短足で、毛並みは赤と白がまじり、舌を出すと笑っているように見える。この世界にコーギーと同じ犬種が存在するのかどうかはわからないけれど、その子犬の見た目はコーギーに近く、愛嬌があった。


(あ、そうだ。サルビア村にいた時に、クリストフとそんな話をしたんだった)


 陛下がハスキーに似ているという話題から、コーギーの話になったことを思い出した。好きだとは言わなかったけれど、クリストフは私の反応から、私がコーギーが好きだということを見抜いたのかもしれない。


「犬だけじゃないぞ」


 陛下がそう言うと、鳥かごを持ったもう一人の使用人が、すっと前に出てくる。陛下は鳥かごを受け取り、それも私のほうへ差し出した。


 鳥かごの中の止まり木には、身体が白く、尾羽が黄緑色で風切羽かざきりばねに模様がある小鳥がとまっていた。


「人間の言葉を真似る、不思議な鳥だそうだ」


「人間の言葉を真似る・・・・」


 インコのような鳥なのだろうか。


『アルベルタは木から降りられなくなった猫!』


「・・・・・・・・」


「試しに言葉を覚えさせてみたら、毎日喋るようになったんだ」


 陛下のそばにいたら、この子はきっとろくな言葉を覚えないだろう。


「ほら、抱いてみろ」


 陛下が子犬をもう一度持ち上げて、差し出してきた。


 それを見て、思わず頬が緩む。


 言葉なんてわからないのに、声を聞き取るために耳をぴくぴくと動かしながら、尻尾を振り続けている子犬も、そんな子犬を得意満面で抱きかかえている陛下も、どちらも可愛く見えたからだ。


 怖々と手を伸ばして、子犬を抱きかかえてみる。人懐っこい子犬だったようで、ぺろぺろと頬を舐めてくれた。


「ふふ、人懐っこい子ですね」


「この子犬も鳥も、どちらも侯爵に任せる。こいつらがいたら、退屈せずにすむだろ?」


 テンションが上がって、ふわふわした気持ちが、その言葉で一気に現実まで落ちてきた。


「どうした?」


「・・・・私は、動物を飼うことには向いていません」


 動物が好きで、余裕ができたらペットを飼いたいとずっと思っていた。

 でもいつまでも忙しいままだったし、さらには暗殺者の脅威にさらされるような日々が続いて、とても動物を飼育できるような環境じゃないと気づかされた。だからペットを飼うことは諦めていたのだ。

 それは今でも同じだ。今後、私の立場がどうなるかもわからないのに、この子達の命を預かれるはずがない。


「それなら、心配無用です。閣下がこの子達をお世話できないような状況になっても、私達が責任をもって、この子達を守ります」


 ヨハンナが力強く、そう言ってくれた。


「だそうだ。侯爵が世話できなくなっても、ここにいる連中が代わりに世話をしてくれるんだから、心配ない」


 陛下とヨハンナがそう言ってくれたことで、決心がついた。


 子犬を抱きしめると、子犬は尻尾を振ってくれる。


「名前は、適当に決めろ」


「それじゃ、ワンちゃんの名前はヨルグにしましょう」


「却下だ」


 冗談のつもりだったけれど、そばで聞いていたヨハンナがまた青ざめている。彼女の心臓に悪いから、これ以上冗談は言わないほうがよさそうだ。


「それにしても、不格好な犬だな。どうしてこんなに短足なんだ?」

「陛下はわかってないですね。この短い足が可愛いんじゃないですか」


 それから私達は、どんな名前がいいかという話題でおおいに盛り上がった。


 ああでもないこうでもないと長々と話しあったのに、結局子犬の名前は、〝チクワ〟、小鳥の名前は〝ピーピー〟に決まってしまった。



 そして気づけば、すっかり夜が更けていた。



 私が壊れたブレスレットのことをようやく思い出したのは、入浴後にベッドに入った後だった。

 ベッドに腰かけて、ホワイトレディを呼び出せないか、試してみる。


 すると手の平から、真っ白な蝶が出現し、飛び立っていった。


 けれど発現できたのは、数頭だけだった。


 ブレスレットの効力を弱らせることには成功したみたいだけれど、ホワイトレディのすべての力を解放することは難しいようだ。


(でも、一部でも力を発現できるなら、クリストフに手紙を送ることができるかもしれない)


 私は立ち上がると、テーブルに近づいて、メモ用紙の端を切り取る。

 羽ペンにインクをつけたものの、数分間、何を書こうか迷っていた。紙の面積が狭いので、届けられたとしても、必要最低限の情報しか伝えられない。

 迷ったあげく、私は自分の状況と、最近の政局のことを教えてほしいということを、短文で箇条書きにした。そしてそれを、ホワイトレディの蝶の身体に巻きつける。


 蝶を放つため、窓を開ける。窓はほんの少ししか開かなかったけれど、小さな蝶が抜け出るには十分な広さだった。


 蝶は壁と窓の隙間をすり抜けて、夜空に駆け上がる。


(どうか、届いて)


 星々の光の中に溶けていく蝶を見上げながら、そう願った。



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! アルファポリス恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 *他サイトでも公開中 なろう日間総合ランキング2位に入りました!

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

断罪前に“悪役"令嬢は、姿を消した。

パリパリかぷちーの
恋愛
高貴な公爵令嬢ティアラ。 将来の王妃候補とされてきたが、ある日、学園で「悪役令嬢」と呼ばれるようになり、理不尽な噂に追いつめられる。 平民出身のヒロインに嫉妬して、陥れようとしている。 根も葉もない悪評が広まる中、ティアラは学園から姿を消してしまう。 その突然の失踪に、大騒ぎ。

【完結】婚約発表前日、貧乏国王女の私はお飾りの妃を求められていたと知りまして

Rohdea
恋愛
────とうとうこの時が来たのね 決められた運命を受け入れて生きていくつもりだったのに──── 貧乏国の王女のウェンディ。 貧乏だろうと王女として生まれたからには、国のために生きるのが当たり前。 そう思って生きて来た。 そんなある日、婚約が決まったことを父親から告げられる。 その相手は女癖が悪いという噂の他国の王子。 複雑な思いを抱くもこれは国のためにも受け入れるべき結婚。断るなんて選択肢はない。 そう腹を括ったウェンディに対して、なぜか様子がおかしくなったのは、 護衛騎士のエリオット。 そんな彼の様子を不思議に思いながらも、婚約者となった王子、ヨナスとの対面を果たすウェンディ。 愛はなくてもせめてお互いを尊重しやっていけたなら…… そう考えていたウェンディに対してヨナスは、 はっきりと“お飾りの妃”を求めているのだと口にした。 それを聞いたウェンディは────…… ⋆˳˙ ୨୧…………………………………………………………………………………………………………………୨୧˙˳⋆ 関連作 『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』 『誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら』 『記念日当日、婚約者に可愛くて病弱な義妹の方が大切だと告げられましたので』 ※こちらのシリーズ作品のスピンオフとなります。 リクエストのありました、 全ての作品に出ていて記念日~ではヒーローにまで昇進した、 陽気な公爵令息エドゥアルトの両親の話。 時系列的に『誕生日当日~』より前の話。 なのでベビーは出ませんが、若かりし頃のガーネットは登場します。 (追記 その後を書いたのでベビーたちも登場しました)

[完結]私を巻き込まないで下さい

シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。 魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。 でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。 その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。 ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。 え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。 平凡で普通の生活がしたいの。 私を巻き込まないで下さい! 恋愛要素は、中盤以降から出てきます 9月28日 本編完結 10月4日 番外編完結 長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~

八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。 しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。 それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。 幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。 それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。 そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。 婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。 彼女の計画、それは自らが代理母となること。 だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。 こうして始まったフローラの代理母としての生活。 しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。 さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。 ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。 ※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります ※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)

処理中です...