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しおりを挟むその夜はいつも以上に静かで、虫の音が涼やかに、夜空に響きわたっていた。
「最近、なにかお悩みなんですか?」
就寝前、鏡の前に座り、ヨハンナに髪を梳いてもらっていると、そんな質問をされた。最近は情勢のことを考えるようになったから、ヨハンナは私がふさぎこんでいると勘違いしたようだ。
「もし何かお悩みなら、私でよければ・・・・」
「何でもないわ。ぼんやりしてただけなの」
ヨハンナを安心させるため、私は鏡越しに笑いかけた。ヨハンナも笑い返してくれる。
「髪はこのままにしておきますか? それとも・・・・」
「眠る前に本を読みたいから、簡単に結んでくれる?」
「かしこまりました」
ヨハンナはリボンを手に取ると、私の髪を三つ編みに結いはじめた。
「あ、陛下」
うつむいてブレスレットを見つめていると、ヨハンナの驚いた声が聞こえた。
ハッとして顔を上げると、鏡越しに陛下と目が合う。
「侯爵と話があるから、下がってくれ」
「しかし、今、髪を結んでいますので・・・・」
「俺が代わりに結ぶ」
そう言って、陛下はヨハンナを下がらせると、代わりに私の後ろに立った。
「結べるんですか?」
「これぐらいできる」
陛下はそう言って、私の髪を手に取ると、手際よく結びはじめた。
「本当にお上手なんですね」
「ひどい髪形にされると思ったか?」
それを見て安心したのか、ヨハンナ達は退室していった。私と陛下は、部屋で二人きりになる。
「結び慣れているんですね」
「・・・・小さいころ、母親の髪を結んでいたんだ」
陛下の声が少し沈んだことに、すぐに気づいた。
(この話題は、続けないほうがよさそう)
北部の屋敷で、母親と二人きりで過ごした時間は、決して懐かしさだけでは語ることができない思い出だろう。
(小さいころの陛下はこんなふうに、病気のお母様の世話をしながら、ご機嫌をうかがっていたのかな?)
フロレンツィア様は我が子が庶子に落とされたことに憤り、先皇だけじゃなく、息子にも怒りをぶつけていたそうだ。幼いころ、彼がどんな境遇に置かれていたのかを考えると、いつも胸が痛くなる。
「なにか必要なものはないか?」
「特には・・・・ねだれば、何か買ってくれるんですか? 宝石とかでも?」
「何でも言え。女王様のご機嫌を損ねないよう、貢物をしないとな」
そう言われて、自分が秋の女王に選ばれたことを思い出した。
「では、こぶし大の宝石でもねだってみましょうか」
「・・・・それで俺を殴り殺すつもりじゃないだろうな?」
「ご冗談を。大事な宝石を、殺人の凶器に使ったりしません。陛下を殺すつもりなら、安物の花瓶を使います」
くだらないことを言いあっていると、空気がなごんだ。陛下も同じ気持ちだったのか、表情が柔らかくなっている。
「冗談はこれぐらいにして・・・・色々と事足りてるから、大丈夫ですよ」
「そうか。じゃ、外出をしたくはないか?」
警戒して、私は口をつぐむ。
「・・・・・・・・」
「なんで黙るんだ?」
「外の空気を吸いたいなんて、絶対に言いませんよ」
「外の空気を詰めた缶詰を、持ってこられるからか?」
「・・・・・・・・」
「・・・・侯爵は因果応報って言葉を、順調に回収していってるな」
私が憮然とすると、おかしくてたまらないといった感じで陛下は笑う。
「・・・・突然、どうしてそんなことを聞くんですか?」
「最近、ふさぎこんでると世話係に聞いた」
ヨハンナ達の、私がふさぎこんでいるという勘違いが、陛下にまで伝わってしまったようだ。
「散歩か、乗馬をしたいんじゃないのか?」
「冗談抜きで、外出を許可してくださるんですか?」
まさか外出の許可がもらえるとは思わず、振り返ってしまった。
「動くな。髪形が崩れるぞ」
「あ、すみません」
注意されて、すぐに顔を鏡のほうへ戻す。
「見張り付きか、皇宮の敷地から出ないなら、許可を出してやる。俺は人道的なんだ。誰かさんのように、狭い部屋に閉じこめ続けたりはしない」
「・・・・お言葉ですが、陛下。私だって安全が確保できるなら、外出を許可したかったんですよ。残念ながら私達には、陛下のような財力も、皇宮のような広い敷地もなかっただけです」
「わかった、わかった。・・・・それで、散歩と乗馬、どっちがいい?」
「乗馬がしたいです」
久しぶりに外出できると思うと、胸が高鳴った。
ここの暮らしは安全で快適だけれど、一方で代り映えがないことにはうんざりしていた。ほんの少しでも外出できれば、気晴らしになるはずだ。
それに私は、乗馬が好きだ。でもずっと忙しかったので、広い場所で、自由気ままに馬を走らせるということが長い間できていない。
「乗馬だな。・・・・明日の予定は?」
陛下が侍従に質問するのを聞いて、私は首を傾げる。
「もしかして、陛下も一緒に来るんですか?」
「来ちゃ悪いのか?」
「あ、いえ・・・・でも、見張りをつけるだけでいいんじゃないですか?」
陛下は多忙だろうから、私なりに気を使ってそう言ったのに、陛下は逆に、不機嫌そうな顔になった。
「・・・・そんなに一緒に来てもらいたくないのか?」
「違います。だって、陛下はお忙しいじゃないですか。付き合わせるのは申し訳ないんです」
「これは俺の息抜きでもあるんだ。・・・・結び終わったぞ」
いつの間にか、綺麗な三つ編みが完成していた。読書の邪魔にならないていどと考えていたから、こんなに綺麗に結んでもらったことが、逆に申し訳ない。
「これでどうでしょう、女王様」
「満足です」
私が笑うと、陛下も笑い返してくれた。
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