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失われた契約者

第6話:炎の翼

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夜が明けきらぬ戦場。
冷たい霧の向こうで、金属の擦れる音と馬の嘶きが交錯していた。

王都を包む炎は鎮まり、今度はその“火”が外敵へ向かう。
フレア王国の再興をかけた反撃の朝だった。

「アレス殿下、敵の前衛は丘を越えました!」

「構うな。全軍、中央を維持――合図を待て!」

アレスは馬上で剣を握る。
胸の奥に刻まれた契約紋が、心臓の鼓動に合わせて熱を帯びていた。

> ――おまえの中に、火は息づいている。
>  恐れるな、ただ解き放て。

イフリートの声が、風のように耳の奥に響く。

敵軍は倍以上の兵を擁していた。
槍の林、弓の影。

それでも、アレスの目に恐怖はなかった。

「……火は、守るためにある」

小さく呟いた瞬間、剣の刃が橙に光る。
次の鼓動で――炎が、吹き上がった。

轟音。
アレスの周囲に焔が立ち昇り、兵たちの影を紅く染める。

「こ、これは……殿下の剣が燃えている!?」

「まさか、伝説の“火の契約”……!」

アレスは剣を掲げた。
炎が翼のように広がり、彼の背を包む。

その姿はまさに“炎の王子”――民が待ち望んだ希望そのものだった。

「突撃!」

号令と同時に、火の翼が羽ばたいた。
灼熱の風が吹き荒れ、敵軍の陣形を焼き崩す。

弓兵たちは矢を放つ暇もなく倒れ、馬は怯え、兵は逃げ惑う。

「これが……火の力……!」

アレスの瞳が紅に輝く。
炎は彼の意志と呼吸に呼応して、自在に形を変える。

防壁を焼き、槍を溶かし、仲間の盾を覆う。

まるで火そのものが“生きて”いるかのようだった。

丘の上から見ていた将軍セリアが息を呑んだ。

「殿下……まるで、空を翔ける炎の鳥……!」

兵たちも叫ぶ。

「炎の王子だ! 王子が帰ってきた!」

勝利の声が広がる中、アレスの胸には確かな実感があった。
この炎は破壊ではない。

護るために燃えている。
それを感じるたび、胸の紋章が脈打った。

> ――どうだ、人の子。
>  火はおまえに応えているか?

「応えているさ、イフリート。俺の剣は、おまえの炎で――俺の心は、この国で燃えている!」

> ――よかろう。
>  だが忘れるな、火は心と共に在る。
>  心が乱れれば、火もまた狂う。

「分かっている」

アレスは頷き、再び剣を振る。
炎の刃が弧を描き、敵の旗を焼き切った。

その瞬間、敵将が怯えながら叫ぶ。

「退けっ! 化け物の軍だ!」

逃げ惑う兵たち。
勝敗は一瞬で決した。

戦いが終わり、静寂が戻る。

焼けた大地の上に、アレスは膝をついた。
炎はすでに消え、残るのは暖かな残光だけ。

兵たちが駆け寄り、彼を囲む。

「殿下の御力……まるで神の御業のようでした!」

「この国は再び立ち上がれます!」

アレスは微笑んだ。

「……火は神ではない。俺たちの手の中にある、ただの“灯”だ」

彼の視線の先には、夕日に照らされた戦場の地平。
そこに立つ兵たちの影が、炎のように揺れていた。

> ――人の心に灯を残す。それこそが火の役目。
>  よくやった、王子アレス。

「ありがとう、イフリート。けれど、まだ始まったばかりだ。この国は、これから燃え続ける」

> ――ならば、我はおまえと共にあろう。

風が吹き、戦場の灰を運ぶ。
灰は光を帯び、空へと舞い上がる。

まるで――次の夜明けを告げる鳥の羽ばたきのようだった。

「立て、兵たちよ!」

アレスの声が響く。

「この火は、滅びの火ではない。希望を灯すための炎だ!」

「おおおおおおっ!」

歓声が戦場を包む。
その声は雲を突き抜け、遠く王都の廃墟にまで届いた。

――火は、まだ終わらない。
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