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失われた契約者

第7話:英雄の凱旋

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戦場を焼いた炎が静まり、大地にはまだ赤い余熱が残っていた。

王国軍は勝利した。
圧倒的な敵を退け、民を守り抜いた。

その中心にいたのは、若き王子――アレス・フレア。
彼の背に燃えた“炎の翼”は、まるで天の加護のように兵を導いた。

王都に凱旋する日。
街の通りには人々があふれていた。

崩れかけた家々の間に、久しぶりの笑い声が戻る。

「殿下だ! 炎の王子だ!」

「フレアの血が蘇った!」

「万歳! アレス殿下、万歳!」

歓声の波。
赤い花びらが舞い、空を彩る。

それはまるで火の粉のようだった。

アレスは馬上で民に手を振った。
その微笑みは穏やかで、誇らしげだった。

だが――その背で、炎がわずかに揺れる。

> ――民の声は、心を温める。
>  だが同時に、心を縛る鎖にもなる。

イフリートの低い声が、心の奥で囁いた。

「……鎖?」

> ――賞賛は、欲望を育てる。
>  気をつけろ、王子。火は容易に姿を変える。

アレスはわずかに眉をひそめたが、すぐに笑顔を取り戻した。

「大丈夫だ、イフリート。俺はこの火を、民のために使う。それが契約の誓いだ」

> ――……ならば見届けよう。

イフリートの声は静かに消えた。

城門をくぐると、兵たちが整列して出迎えた。
将軍セリアがひざまずき、声を上げる。

「殿下のご帰還を、心よりお祝い申し上げます!」

アレスは手を差し出し、彼女を立たせた。
「皆のおかげだ。誰一人、欠けてはならなかった」

「いえ、あの炎がなければ、この勝利はありませんでした」

セリアの言葉に、兵たちは頷いた。
アレスの胸に、誇りと共に奇妙な重みが宿る。

(俺の火……か)

その夜、王都では勝利の祝祭が開かれた。
民は松明を掲げ、炎の道を作る。

子どもたちは火の輪の中をくぐり抜け、笑い合った。

アレスはバルコニーからその光景を見下ろしていた。

「……火を恐れていた国が、火を祝っている」

> ――人は恐れを忘れたとき、また新たな恐れを生む。

イフリートの声が低く響く。

「どういう意味だ?」

> ――恐れを知らぬ火は、やがて己を燃やす。
>  おまえの炎も例外ではない。

アレスは沈黙した。
遠くで花火が上がり、夜空を赤く染める。

人々の歓声が響くたびに、胸の奥がざわめいた。

(この火は、みんなの希望だ。それなのに、なぜこんなにも落ち着かない……)

その時、背後から足音が近づいた。

「殿下、祝いの席へお戻りを」

セリアが杯を持って立っていた。

「皆、殿下と共に飲みたいと」

「……すまない、少し風に当たっていたい」

セリアは一瞬ためらい、静かに杯を差し出した。

「ならば、これだけは」

杯には紅い酒が満たされていた。
アレスは受け取り、口をつける。

甘く、重い香り。
喉を通るその瞬間、心に小さな影が落ちた。

「……火の味だ」

セリアは微笑む。

「この酒は、“炎花(えんか)の実”から作られたものです。殿下の炎に相応しいでしょう?」

アレスは杯を見つめた。
紅く透き通る液体が、まるで血のように揺れる。

> ――その炎は、まだ幼い。
>  満たされたと思うな、王子。

イフリートの声が遠くで響いた。
だがその夜、アレスは初めて“自分の火”に酔った。

翌朝、陽が昇ると、王都の空には赤い旗がはためいていた。
“炎の王子”――その名が民の口に広まり、街の子どもたちは火の模様を描いた旗を振りながら駆けていく。

人々の目に映るアレスは、もはや“英雄”だった。

だがその光の裏で、誰も気づかぬほどの小さな影が、王子の心の奥にゆっくりと灯り始めていた。

 

――火は、まだ終わらない。
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