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失われた契約者

第28話:灰の歌

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それは、いつの時代から歌われてきたのか――
誰も知らない。

けれど、契約の森の外れを歩けば、かならずどこかで耳にする。

> ♪ 灰は眠り 火は息づく
>  風は灯を運び 命を撫でる
>  怖れを越えて 手を伸ばせ
>  火は君の心にある ♪

そう。
それが“灰の歌”。

この地に生まれた者たちは皆、この歌を子守唄のように口ずさんで育つ。
村の焚き火のまわりで、ひとりの少女がその歌を歌っていた。

銀髪を三つ編みにして、赤いマントを羽織ったその少女の名は――レナ。

まだ十歳にも満たないが、火打ち石を使うのが村でいちばん上手だった。
彼女は炎を見つめながら、歌い続ける。

> ♪ 火は力にあらず
>  心の灯にあれ ♪

その声は柔らかく、まるで森そのものが共鳴しているかのようだった。
焚き火のそばに座っていた祖母が、微笑みながら言った。

「レナ、その歌はね……ずっと昔の“巫女さま”の言葉なんだよ」

「巫女さま?」

「そう。“灰の巫女”と呼ばれた人。火の精霊と話をして、この森を生かしたんだ」

レナは目を輝かせた。

「本当に? 精霊さまと?」

祖母は頷く。

「ええ。その巫女さまがね、“火は怖くない、灯であれ”と教えてくれたの。それがこの歌になったんだよ」

レナはしばらく考え、小さな手を焚き火にかざした。
炎が彼女の指先に反射する。

「……あったかい」

「そうだろう?火は優しい。でも、乱暴に扱えば怒るんだ」

祖母の言葉に、レナは真剣に頷いた。


夜が更けて、星が降り注ぐ。
レナは焚き火の火を小さくすると、そっと歌の続きを口にした。

> ♪ 火を恐れず 火を抱け
>  灯を信じて 歩み出せ ♪

歌声が森へと流れていく。

その音を聞いた鹿が立ち止まり、鳥たちが木々の上で羽を休めた。
まるで世界そのものが、その歌を“覚えている”かのようだった。
 
そのころ、森の奥では――炎樹の根元で微かな光が瞬いた。
それはまるで誰かが目を覚ましたような、小さな輝き。

> ――この声……懐かしい。

かすかに、イフリートの意識が揺らいだ。
夢のような深い眠りの中で、遠くから聞こえるその歌を、確かに感じていた。

> ――火は、言葉を超えて伝わるのか。

それは喜びに似た感覚だった。
彼の知らぬ時代で、“火”は恐れではなく、希望の象徴になっていた。

> ――メイラ……おまえの詩は、生きている。

風が吹き抜け、森の枝がざわめいた。
灰花(はいか)が舞い上がり、空を漂う。
それは、まるで歌に合わせて踊るようだった。

レナはその光景に気づき、驚いて声を上げた。

「おばあちゃん! 花が、燃えてる!」

祖母は穏やかに微笑んだ。

「それは“精霊の灯”だよ。火を恐れぬ心がある夜だけ、森が応えてくれるのさ」

「……精霊さま、見てくれてるの?」

「きっとね。あの森には、まだ眠ってる火の神さまがいるから」

レナは小さく頷き、胸の前で手を合わせた。

「精霊さま、ありがとう。この火、消さないようにするね」

風が優しく彼女の髪を揺らした。
その瞬間、焚き火の炎がひときわ明るくなり、灰花のひとつが空へと飛び立った。

それは夜空を越え、森の中心へと流れていく。
炎樹の根元に触れたとき、微かな光が眠る精霊の胸に落ちた。

> ――……人の火は、美しい。

イフリートは静かに微笑んだ。

> ――いつか、この灯をもう一度、
>  “子”が継ぐだろう。

その声は誰にも届かない。
けれど、森は確かにそれを聞いていた。

夜明け。
空が赤く染まる。
風が歌う。

その音は、まるであの歌の続きを紡いでいるようだった。

> ♪ 灰は眠り 火は還る
>  心に宿り 未来を照らす ♪

そして世界は、再び新しい光へと目を覚ます。

――火は、歌となり、生き続ける。
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