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涼風至(すづかぜいたる)
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真っ暗な廊下をランタンの光を頼りに歩く。暦の上では秋だそうだが、まだまだ夜でも暑さを感じる気候であった。
小説の展開が佳境を迎えそうなところで空腹を感じたチカは、気合を入れるために空いた小腹をなだめすかすことにした。
夜は基本的に出歩かないことになってはいるものの、午前〇時までであれば、危険はそうない。“城”の内部を定期的に徘徊するそれは、午前〇時をすぎると現れるのだ。
読書の秋、食欲の秋。そんな言葉を思い浮かべながらチカは台所へと向かう。空気は冷たくはなかった。だが日中の暑さに比べればずいぶんとマシだ。ずっとこれくらいの気候であればいいのに、と思うくらいに。
「あ」
台所からは光が漏れている。どうやら先客がいるらしい。チカと同じように小腹を空かせただれかが、おおかた、今日焼いたクッキーを腹に入れにきているのだろう。
台所に入るとマグカップを片手にクッキーを食べていたユースケと目が合う。チカは、意外な先客に若干目を丸くした。一方のユースケもちょっとおどろいたような顔をしたが、クッキーを噛み砕く動きは止めない。
ユースケがクッキーを、マグカップに入ったなにかしらの飲み物で流し込んだのを見計らい、近づく。
ユースケが持つマグカップの中身が見えた。色からして牛乳、時間帯からしてそれはホットミルクかもしれない。
「なんだ、お前もなにか漁りにきたのか?」
「まあ……そんなところ」
チカがそう答えると、ユースケが銀色のバットを差し出す。乱雑に入れられたクッキーは、様々な形をしている。そのうちから星形のクッキーをつまんで、チカはサクサクと噛み砕いて行く。
「ん」
「ありがと……」
ユースケがミルクパンから牛乳をマグカップに注ぎ、チカに渡す。チカはユースケのそつのない動きを見て、普段の彼の姿に思いを馳せる。
ユースケはササの世話を焼くのが大好きらしい。重要なのはそれはササが相手の場合に限っていることだ。ササ以外の人間に対しては、ユースケはどこかクールなところがある。
なので、どういう風の吹き回しだろうとチカは思いながら、温かいミルクで口内を湿らせた。
「ユースケって甘いもの得意?」
とは言え、わざわざしてくれた親切に対し、直球に「どういう風の吹き回し?」などと聞くのは失礼だ。親しき仲にも礼儀あり。チカとユースケが親しい関係を築けているかは置いておくとしても、いや、だからこそ一定の礼儀は必要だろう。
そういうわけでチカは疑問を投げかけたい気持ちに封をして、別の疑問をそれとなく尋ねることにしたわけである。
ジンジャーマンの形のクッキーを手にしたユースケが、その頭をへし折る。そういう食べ方をするんだ……とチカは思いつつホットミルクに口をつける。
「甘いものならいくらでも食べられるな」
「へー……」
チカは思わずユースケの体型に目をやる。薄手の白いワンピースタイプの服を着て、下には長ズボンを穿いている。ややオーバーサイズであるために体の線は隠されているが、ユースケはどちらかと言えば華奢なほうだろう。
台所での手慣れた様子からして、夜食を口にするのはよくあることなのかもしれない。となれば、その割には痩せている。本人の体質なのか、あるいは“城”の不可思議なパワーが働いているかまでは、わからない。
「ササは?」
「サっちゃんは別に。甘いものは好きでも嫌いでもない感じだな。まあ、あれば結構食べるが」
たしかにササは大食いなほうだった。それだから、あれだけスタイルに恵まれているのだろうか? 平坦な肉体を持つチカからすると素直にうらやましい。
チカはササの豊かで柔らかそうな胸部に思いを馳せる。深夜も近いということもあって、チカの思考力はダダ下がりしていた。
「サっちゃんをやらしい目で見んな」
どうやらチカの思考はダダ漏れであったようだ。あるいは、ユースケの勘が鋭すぎるのか。思うに、両方だろう。
ユースケのセリフはさほど真剣には聞こえなかったが、マジなやつだとチカは直感する。ユースケはササを、それはそれは大事にしているということは、チカも含めた他の五人の共通見解だからだ。
「……ま、サっちゃんは綺麗だから仕方ないか」
そう言うユースケの声はどこか誇らしげですらあった。チカには、どういった心理が働いてそういった口調に聞こえたのかまでは、わからなかった。
たしかにササは綺麗だ。細く柔らかな金の髪。美しい青の瞳に透き通るように白い肌。顔のパーツの配置は左右対称に近く、きっと大勢の女の子がため息をついて憧れるような美少女だ。
そんな美少女を、ユースケはどういう気持ちで世話を焼いているのだろう。幼馴染らしいので、もしかしたらそこにはいくらかの惰性も入っているのかもしれないが――チカにはちょっと想像が及ばない。
「ササの世話ってどこまでしてるの?」
「どこまで? 難しい質問をするな。……風呂に一緒に入るときは髪や体を洗ってやるが……」
チカは一瞬、ぶったまげた。しかしすぐにササとユースケの関係を思い出して、納得する。恋人同士であればそういうこともあるだろう、とチカは落ち着かない心臓をなだめにかかる。
「私たちと入るときは普通にひとりで全部やってるのに……」
「赤ん坊じゃないんだから、そりゃ全部できるだろ」
「ええ……」
わざわざ世話を焼かなくてもいいことは、どうやらユースケもわかっているらしい。わかっていて、その上で彼はせっせとササの面倒を見ているのだ。そしてササも、そんなユースケに身をゆだねている。
やはりササとユースケ、ふたりの関係は複雑怪奇だ。チカは心の中でひとりごちる。
それからしばらくなにかスイッチでも入ったのか、珍しくユースケからのろけ話を聞くことになったチカは、味のしないクッキーを頬張るハメになったのであった。
小説の展開が佳境を迎えそうなところで空腹を感じたチカは、気合を入れるために空いた小腹をなだめすかすことにした。
夜は基本的に出歩かないことになってはいるものの、午前〇時までであれば、危険はそうない。“城”の内部を定期的に徘徊するそれは、午前〇時をすぎると現れるのだ。
読書の秋、食欲の秋。そんな言葉を思い浮かべながらチカは台所へと向かう。空気は冷たくはなかった。だが日中の暑さに比べればずいぶんとマシだ。ずっとこれくらいの気候であればいいのに、と思うくらいに。
「あ」
台所からは光が漏れている。どうやら先客がいるらしい。チカと同じように小腹を空かせただれかが、おおかた、今日焼いたクッキーを腹に入れにきているのだろう。
台所に入るとマグカップを片手にクッキーを食べていたユースケと目が合う。チカは、意外な先客に若干目を丸くした。一方のユースケもちょっとおどろいたような顔をしたが、クッキーを噛み砕く動きは止めない。
ユースケがクッキーを、マグカップに入ったなにかしらの飲み物で流し込んだのを見計らい、近づく。
ユースケが持つマグカップの中身が見えた。色からして牛乳、時間帯からしてそれはホットミルクかもしれない。
「なんだ、お前もなにか漁りにきたのか?」
「まあ……そんなところ」
チカがそう答えると、ユースケが銀色のバットを差し出す。乱雑に入れられたクッキーは、様々な形をしている。そのうちから星形のクッキーをつまんで、チカはサクサクと噛み砕いて行く。
「ん」
「ありがと……」
ユースケがミルクパンから牛乳をマグカップに注ぎ、チカに渡す。チカはユースケのそつのない動きを見て、普段の彼の姿に思いを馳せる。
ユースケはササの世話を焼くのが大好きらしい。重要なのはそれはササが相手の場合に限っていることだ。ササ以外の人間に対しては、ユースケはどこかクールなところがある。
なので、どういう風の吹き回しだろうとチカは思いながら、温かいミルクで口内を湿らせた。
「ユースケって甘いもの得意?」
とは言え、わざわざしてくれた親切に対し、直球に「どういう風の吹き回し?」などと聞くのは失礼だ。親しき仲にも礼儀あり。チカとユースケが親しい関係を築けているかは置いておくとしても、いや、だからこそ一定の礼儀は必要だろう。
そういうわけでチカは疑問を投げかけたい気持ちに封をして、別の疑問をそれとなく尋ねることにしたわけである。
ジンジャーマンの形のクッキーを手にしたユースケが、その頭をへし折る。そういう食べ方をするんだ……とチカは思いつつホットミルクに口をつける。
「甘いものならいくらでも食べられるな」
「へー……」
チカは思わずユースケの体型に目をやる。薄手の白いワンピースタイプの服を着て、下には長ズボンを穿いている。ややオーバーサイズであるために体の線は隠されているが、ユースケはどちらかと言えば華奢なほうだろう。
台所での手慣れた様子からして、夜食を口にするのはよくあることなのかもしれない。となれば、その割には痩せている。本人の体質なのか、あるいは“城”の不可思議なパワーが働いているかまでは、わからない。
「ササは?」
「サっちゃんは別に。甘いものは好きでも嫌いでもない感じだな。まあ、あれば結構食べるが」
たしかにササは大食いなほうだった。それだから、あれだけスタイルに恵まれているのだろうか? 平坦な肉体を持つチカからすると素直にうらやましい。
チカはササの豊かで柔らかそうな胸部に思いを馳せる。深夜も近いということもあって、チカの思考力はダダ下がりしていた。
「サっちゃんをやらしい目で見んな」
どうやらチカの思考はダダ漏れであったようだ。あるいは、ユースケの勘が鋭すぎるのか。思うに、両方だろう。
ユースケのセリフはさほど真剣には聞こえなかったが、マジなやつだとチカは直感する。ユースケはササを、それはそれは大事にしているということは、チカも含めた他の五人の共通見解だからだ。
「……ま、サっちゃんは綺麗だから仕方ないか」
そう言うユースケの声はどこか誇らしげですらあった。チカには、どういった心理が働いてそういった口調に聞こえたのかまでは、わからなかった。
たしかにササは綺麗だ。細く柔らかな金の髪。美しい青の瞳に透き通るように白い肌。顔のパーツの配置は左右対称に近く、きっと大勢の女の子がため息をついて憧れるような美少女だ。
そんな美少女を、ユースケはどういう気持ちで世話を焼いているのだろう。幼馴染らしいので、もしかしたらそこにはいくらかの惰性も入っているのかもしれないが――チカにはちょっと想像が及ばない。
「ササの世話ってどこまでしてるの?」
「どこまで? 難しい質問をするな。……風呂に一緒に入るときは髪や体を洗ってやるが……」
チカは一瞬、ぶったまげた。しかしすぐにササとユースケの関係を思い出して、納得する。恋人同士であればそういうこともあるだろう、とチカは落ち着かない心臓をなだめにかかる。
「私たちと入るときは普通にひとりで全部やってるのに……」
「赤ん坊じゃないんだから、そりゃ全部できるだろ」
「ええ……」
わざわざ世話を焼かなくてもいいことは、どうやらユースケもわかっているらしい。わかっていて、その上で彼はせっせとササの面倒を見ているのだ。そしてササも、そんなユースケに身をゆだねている。
やはりササとユースケ、ふたりの関係は複雑怪奇だ。チカは心の中でひとりごちる。
それからしばらくなにかスイッチでも入ったのか、珍しくユースケからのろけ話を聞くことになったチカは、味のしないクッキーを頬張るハメになったのであった。
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