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蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)
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目には見えないけれど、コオロギなどの虫の声がいたるところから聞こえてくるころ。マシロが唐突に「髪を切ろう」と言い出した。
たしかに、ショートカットだったチカの髪は今や肩につかんばかりとなっていて、少々うっとうしさを感じ始めていたところだった。
同時に、髪を切る切らないの話をしていて、チカは髪の伸びるスピードが遅くないかと思った。けれどもその、遅いと感じた比較対象はよくわからない。思い出そうとしても真っ白な霧の中にいるような気分になるだけだった。
「マシロが切ってくれるの?」
「うん」
気を取り直してマシロに問えば、元気のいい声が返ってくる。
「マシロはそんなに伸びてない感じがする……ってことはコーイチかアオに切ってもらってる?」
「コーイチにね。アオには怖くてハサミ、持たせらんない」
そう言いつつマシロの顔が笑っていたので、チカもつられて笑ってしまった。
「じゃあコーイチとアオの髪はマシロが?」
「そうだよー」
「……じゃあアマネは?」
「……チカが切ってた」
マシロの答えはチカが半ば予想した通りのものだったので、おどろきはなかった。
しかしマシロ同様にアマネもあまり髪が伸びた様子がない。ということは。
「今はコーイチとかに切ってもらってる?」
「そうだね。アマネもコーイチもちょっとイヤそうなのが面白いよ」
それは当人たちは微塵も面白くはないだろうが、傍観している側からすれば楽しそうではある。チカはちょっとその場面を想像してみたが、なるほど面白いと言うか、興味深いと言うか。
「チカの記憶喪失のパターンからして、カットの方法も覚えてるかなって思ったんだけど、その様子だと覚えてない?」
「どうなんだろ……正直、よくわかんない。ハサミ持ってみたらわかるのかな?」
「まー、今回はオレに切らせてよ」
「うん。お願いする」
「まかせて!」
チカは「そうか、以前の私もこういう感じでアマネの髪を切っていたのかもしれないんだな」と思うと、なんとなく落ち着かない気分になった。
顔に近い髪を触らせるのは、チカからすると親愛の証のようなものである。アマネのほうがどう思っているかはわからないが、チカはそうなのでなんだかマシロからその話を聞いてソワソワとしてしまった。
マシロが髪を切るための道具を取ってきたので、チカはイスに座る。布を巻かれて前に鏡を置かれて、その鏡の中には当たり前だがチカとマシロが映り込んでいた。
きっと、その光景はもう何度も見ていたはずだ。しかしチカの記憶にはない。ぽっかりと穴が開いていて、マシロに髪を切られるというシチュエーションを新鮮に感じている。
チカはそれに、なんとなくさみしさのようなものを覚えた。
けれども、マシロに過去のことを根掘り葉掘り聞くことはやめる。このあいだアマネに言ったように、チカは待つことに決めたのだ。
アマネの様子からして、恐らく他の五人も悩んでいるのだろう。今のところ、そういったそぶりは見せていないが。各々、考えているだろうことは、アマネの吐露した言葉から察せられた。
だからチカは待つ。それは少しもどかしく、怖かったが、もうそうと決めたので待つことにする。
そしてその結果がどうなろうとも、ありのままを受け止めたい。
鏡の中ではマシロが真剣な顔をしてチカの髪にハサミを入れる。願わくば、チカの過去はそんな彼女の顔をくもらせるものでないといい。こればかりはどうにも、今のチカにどうこうできる問題ではなかったが。
記憶を取り戻しても、永遠にこの六人と暮らして行けたらいい。
髪が切り落とされて行く音を聞きながら、チカはそっとそんな願いをかけた。
たしかに、ショートカットだったチカの髪は今や肩につかんばかりとなっていて、少々うっとうしさを感じ始めていたところだった。
同時に、髪を切る切らないの話をしていて、チカは髪の伸びるスピードが遅くないかと思った。けれどもその、遅いと感じた比較対象はよくわからない。思い出そうとしても真っ白な霧の中にいるような気分になるだけだった。
「マシロが切ってくれるの?」
「うん」
気を取り直してマシロに問えば、元気のいい声が返ってくる。
「マシロはそんなに伸びてない感じがする……ってことはコーイチかアオに切ってもらってる?」
「コーイチにね。アオには怖くてハサミ、持たせらんない」
そう言いつつマシロの顔が笑っていたので、チカもつられて笑ってしまった。
「じゃあコーイチとアオの髪はマシロが?」
「そうだよー」
「……じゃあアマネは?」
「……チカが切ってた」
マシロの答えはチカが半ば予想した通りのものだったので、おどろきはなかった。
しかしマシロ同様にアマネもあまり髪が伸びた様子がない。ということは。
「今はコーイチとかに切ってもらってる?」
「そうだね。アマネもコーイチもちょっとイヤそうなのが面白いよ」
それは当人たちは微塵も面白くはないだろうが、傍観している側からすれば楽しそうではある。チカはちょっとその場面を想像してみたが、なるほど面白いと言うか、興味深いと言うか。
「チカの記憶喪失のパターンからして、カットの方法も覚えてるかなって思ったんだけど、その様子だと覚えてない?」
「どうなんだろ……正直、よくわかんない。ハサミ持ってみたらわかるのかな?」
「まー、今回はオレに切らせてよ」
「うん。お願いする」
「まかせて!」
チカは「そうか、以前の私もこういう感じでアマネの髪を切っていたのかもしれないんだな」と思うと、なんとなく落ち着かない気分になった。
顔に近い髪を触らせるのは、チカからすると親愛の証のようなものである。アマネのほうがどう思っているかはわからないが、チカはそうなのでなんだかマシロからその話を聞いてソワソワとしてしまった。
マシロが髪を切るための道具を取ってきたので、チカはイスに座る。布を巻かれて前に鏡を置かれて、その鏡の中には当たり前だがチカとマシロが映り込んでいた。
きっと、その光景はもう何度も見ていたはずだ。しかしチカの記憶にはない。ぽっかりと穴が開いていて、マシロに髪を切られるというシチュエーションを新鮮に感じている。
チカはそれに、なんとなくさみしさのようなものを覚えた。
けれども、マシロに過去のことを根掘り葉掘り聞くことはやめる。このあいだアマネに言ったように、チカは待つことに決めたのだ。
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だからチカは待つ。それは少しもどかしく、怖かったが、もうそうと決めたので待つことにする。
そしてその結果がどうなろうとも、ありのままを受け止めたい。
鏡の中ではマシロが真剣な顔をしてチカの髪にハサミを入れる。願わくば、チカの過去はそんな彼女の顔をくもらせるものでないといい。こればかりはどうにも、今のチカにどうこうできる問題ではなかったが。
記憶を取り戻しても、永遠にこの六人と暮らして行けたらいい。
髪が切り落とされて行く音を聞きながら、チカはそっとそんな願いをかけた。
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