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霜始降(しもはじめてふる)
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サクサクパキパキ、霜を踏む音がする。もうそんな季節だっけ? チカは不思議に思った。時季は一〇月下旬。霜が降りるにはさすがに早く感じる。
サクサクパキパキ、硬い靴の裏で霜柱を折る音がする。それはまどろむチカのそばを過ぎ去って行ったような距離感だった。しかしそれが“城”の外にいることには変わりない。だから安全だと思ってチカは半分夢の中にいた。
いや、霜を踏む音すらも夢の一部だと考えていた。寝起きや入眠時にたまに起こる幻聴だとチカは思ったのだ。
実際、その霜を踏む音が近づき、遠ざかったのを聞いたあとに目覚めたが、部屋は霜が降るほど寒くは感じられなかった。となると外気温もそれほど低くはないだろう。やはりあれは幻聴だったのだ。
チカは起き上がって伸びをしたあとベッドから下りる。鏡つきのドレッサーの前で身だしなみを整えたあと、主室に備えつけられた小さな洗面台へと向かう。
白い洗面台へ視線を落とそうとしたところで、気づいた。廊下に繋がる扉の下の隙間から、真っ白な紙が差し込まれていることに。
当然、チカは「なんだろう」と思って扉へと寄り、紙を拾い上げた。雑に二つ折りにされた紙を開く。そこにはミミズがのたくったような文字でこう書かれていた。
『しもふりて しろいたる おとなうゆえ じゅんびされたし』
寝起きであったこともあり、始めチカは書かれていた文字を読むのだけでいっぱいだった。
ややあってから、紙に書かれていた文字を読み上げてみる。つたない文章だったが、なんとなく意味はわかる。
「霜が降って城に至り、訪問するから準備しろ……って解釈でいいのかな」
覇気のない声でだれに聞かせるでもなくチカは口にしてみた。
文章の意味はぼんやりとわかったものの、その意図までは読めなかった。
目覚めたばかりの頭ではよくわからなかったこともあり、ひとまずチカはその紙について棚上げする。そして洗面台の蛇口から出る冷たい水で顔を洗ってスッキリしたあと、改めて紙を手にした。
「なんだこれ」と思った。
次に考えたのはだれかのいたずらという線であったが、同室者であるアマネを含めた六人のうち、このようなことをする人間には心当たりがない。六人とも、こういったいたずらとは縁のないタイプだとチカは思っている。
最大限範囲を広げて考えれば、やりそうなのはアオだが、彼はこういったいたずらに労力を割く人間ではないだろう。
となるとやはりこれは――いたずらではないのかもしれない。その考えに至って、チカはちょっとゾッとした。
朝食の席で例の白い紙が他の部屋にも差し込まれていたことが判明した。急遽朝食を片付けたあと、七人ともが残ってどうするか話し合うことになる。
「まず……だれかのいたずらってセンはないんだよな?」
コーイチが問うと、みなその線はないと答える。
午前〇時を過ぎて、“城”を歩き回るのは自殺行為だ。それは七人ともが承知しており、また七人とも昨晩は夕食後に部屋に戻ってから外へは出ていないと言う。
「じゃあ、なんかが入り込んでるんかな……」
「まあ、そういうことになるな」
出した結論にコーイチはイヤそうな顔をする。一方のユースケはいつも通り涼しい顔をしてはいたものの、一連の出来事を懸念していることは伝わってくる。
「まー“城”のセキュリティなんてあってないようなもんだし、入ろうと思えばなんでも入れるでしょ」
「今もこの“城”の中にいるのかな……」
アオの言葉に、マシロがぼそりと不安になるようなことをつぶやく。チカは得体の知れないなにかが今も“城”に潜んでいるところを想像し、勝手に恐怖に駆られた。
「あとで“城”を巡回したほうがよさそうだな」
アマネがそう言えばみなうなずく。
しかし、手紙の意図がまったく読めないのがひたすらに不気味だった。律儀な犯行予告のつもりなのか、ただいたずらにこちらの恐怖心を煽ってもてあそんでいるのか……。
「この紙……気持ち悪いし、燃やしちゃっていい?」
気がつけばチカは恐怖心からそんなことを口走っていた。
自分でもなぜこんなに恐れているのかはわからなかったが、どうにも手紙を読んでから悪寒と鳥肌が止まらないのだ。そんな手紙を、手元に置いておきたくないと思うのは、別段不思議なことではないだろう。
「いんじゃね? まとめて燃やしちまうか」
先に賛成をしたのはコーイチだった。手紙を燃やしたいというチカの意見に、気軽な調子で賛同する。
「まーいいんじゃない? 単純にキモいしね」
アオもそれに続けば、七人の意見は手紙を燃やすことで一致する。
そうなれば自然と七人そろって食堂にのすぐ隣にある台所へ向かうことになった。燃やしたときになにかしら起こる可能性もある。“城”ではいくらでも不可思議なことが起こるのだ。万全を期して、七人で手紙が燃えるのを見守ることになった。
コンロに火を熾す。立ち上がった炎の中へ、七人を代表してアマネが手紙を入れることになる。
二つ折りにした手紙の端に火が移る。
その途端、ドタドタドタッ! と重いものが廊下を走ってくる音が食堂まで響き渡った。
それは猛スピードで食堂の扉の前に来たかと思うと、今度は狂おしく扉が叩かれる。
チカはおどろいて体を硬直させた。他の六人も、大なり小なりおどろいている様子だった。
「アマネ! さっさと燃やせ!」
コーイチの言葉にアマネが舌打ちをしてコンロの火の中へ手紙をすべて投じる。
パチパチと紙が燃える音と共に、なぜか雨に濡れた土の香りが漂ってくる。
食堂の大扉の向こうで、声とも音とも言えないような、断末魔のようなものが聞こえた。その金属を引っかいたようなそれは長く長く続いて、手紙が完全に燃え尽きるまで絶えることはなかった。
大扉を挟んだ向こうから気配が消え、音も聞こえなくなってから、だれともなくため息をついて、ようやく肩の力が抜ける。
「……久々にビビった。鳥肌立っちゃったよ」
「だれだってそうなる……」
疲れた顔をするアオに、これまた精神的疲労をにじませたユースケが答える。
だれもが「あれはなんだったのか」と思っていたが、口にしても答えが得られないことはわかりきっていたので、代わりに深いため息をつくのであった。
「やっぱこーいうのは燃やす一択だな……」
コーイチの言葉に、みんな疲れた顔をしたまま、うんうんとうなずくのであった。
サクサクパキパキ、硬い靴の裏で霜柱を折る音がする。それはまどろむチカのそばを過ぎ去って行ったような距離感だった。しかしそれが“城”の外にいることには変わりない。だから安全だと思ってチカは半分夢の中にいた。
いや、霜を踏む音すらも夢の一部だと考えていた。寝起きや入眠時にたまに起こる幻聴だとチカは思ったのだ。
実際、その霜を踏む音が近づき、遠ざかったのを聞いたあとに目覚めたが、部屋は霜が降るほど寒くは感じられなかった。となると外気温もそれほど低くはないだろう。やはりあれは幻聴だったのだ。
チカは起き上がって伸びをしたあとベッドから下りる。鏡つきのドレッサーの前で身だしなみを整えたあと、主室に備えつけられた小さな洗面台へと向かう。
白い洗面台へ視線を落とそうとしたところで、気づいた。廊下に繋がる扉の下の隙間から、真っ白な紙が差し込まれていることに。
当然、チカは「なんだろう」と思って扉へと寄り、紙を拾い上げた。雑に二つ折りにされた紙を開く。そこにはミミズがのたくったような文字でこう書かれていた。
『しもふりて しろいたる おとなうゆえ じゅんびされたし』
寝起きであったこともあり、始めチカは書かれていた文字を読むのだけでいっぱいだった。
ややあってから、紙に書かれていた文字を読み上げてみる。つたない文章だったが、なんとなく意味はわかる。
「霜が降って城に至り、訪問するから準備しろ……って解釈でいいのかな」
覇気のない声でだれに聞かせるでもなくチカは口にしてみた。
文章の意味はぼんやりとわかったものの、その意図までは読めなかった。
目覚めたばかりの頭ではよくわからなかったこともあり、ひとまずチカはその紙について棚上げする。そして洗面台の蛇口から出る冷たい水で顔を洗ってスッキリしたあと、改めて紙を手にした。
「なんだこれ」と思った。
次に考えたのはだれかのいたずらという線であったが、同室者であるアマネを含めた六人のうち、このようなことをする人間には心当たりがない。六人とも、こういったいたずらとは縁のないタイプだとチカは思っている。
最大限範囲を広げて考えれば、やりそうなのはアオだが、彼はこういったいたずらに労力を割く人間ではないだろう。
となるとやはりこれは――いたずらではないのかもしれない。その考えに至って、チカはちょっとゾッとした。
朝食の席で例の白い紙が他の部屋にも差し込まれていたことが判明した。急遽朝食を片付けたあと、七人ともが残ってどうするか話し合うことになる。
「まず……だれかのいたずらってセンはないんだよな?」
コーイチが問うと、みなその線はないと答える。
午前〇時を過ぎて、“城”を歩き回るのは自殺行為だ。それは七人ともが承知しており、また七人とも昨晩は夕食後に部屋に戻ってから外へは出ていないと言う。
「じゃあ、なんかが入り込んでるんかな……」
「まあ、そういうことになるな」
出した結論にコーイチはイヤそうな顔をする。一方のユースケはいつも通り涼しい顔をしてはいたものの、一連の出来事を懸念していることは伝わってくる。
「まー“城”のセキュリティなんてあってないようなもんだし、入ろうと思えばなんでも入れるでしょ」
「今もこの“城”の中にいるのかな……」
アオの言葉に、マシロがぼそりと不安になるようなことをつぶやく。チカは得体の知れないなにかが今も“城”に潜んでいるところを想像し、勝手に恐怖に駆られた。
「あとで“城”を巡回したほうがよさそうだな」
アマネがそう言えばみなうなずく。
しかし、手紙の意図がまったく読めないのがひたすらに不気味だった。律儀な犯行予告のつもりなのか、ただいたずらにこちらの恐怖心を煽ってもてあそんでいるのか……。
「この紙……気持ち悪いし、燃やしちゃっていい?」
気がつけばチカは恐怖心からそんなことを口走っていた。
自分でもなぜこんなに恐れているのかはわからなかったが、どうにも手紙を読んでから悪寒と鳥肌が止まらないのだ。そんな手紙を、手元に置いておきたくないと思うのは、別段不思議なことではないだろう。
「いんじゃね? まとめて燃やしちまうか」
先に賛成をしたのはコーイチだった。手紙を燃やしたいというチカの意見に、気軽な調子で賛同する。
「まーいいんじゃない? 単純にキモいしね」
アオもそれに続けば、七人の意見は手紙を燃やすことで一致する。
そうなれば自然と七人そろって食堂にのすぐ隣にある台所へ向かうことになった。燃やしたときになにかしら起こる可能性もある。“城”ではいくらでも不可思議なことが起こるのだ。万全を期して、七人で手紙が燃えるのを見守ることになった。
コンロに火を熾す。立ち上がった炎の中へ、七人を代表してアマネが手紙を入れることになる。
二つ折りにした手紙の端に火が移る。
その途端、ドタドタドタッ! と重いものが廊下を走ってくる音が食堂まで響き渡った。
それは猛スピードで食堂の扉の前に来たかと思うと、今度は狂おしく扉が叩かれる。
チカはおどろいて体を硬直させた。他の六人も、大なり小なりおどろいている様子だった。
「アマネ! さっさと燃やせ!」
コーイチの言葉にアマネが舌打ちをしてコンロの火の中へ手紙をすべて投じる。
パチパチと紙が燃える音と共に、なぜか雨に濡れた土の香りが漂ってくる。
食堂の大扉の向こうで、声とも音とも言えないような、断末魔のようなものが聞こえた。その金属を引っかいたようなそれは長く長く続いて、手紙が完全に燃え尽きるまで絶えることはなかった。
大扉を挟んだ向こうから気配が消え、音も聞こえなくなってから、だれともなくため息をついて、ようやく肩の力が抜ける。
「……久々にビビった。鳥肌立っちゃったよ」
「だれだってそうなる……」
疲れた顔をするアオに、これまた精神的疲労をにじませたユースケが答える。
だれもが「あれはなんだったのか」と思っていたが、口にしても答えが得られないことはわかりきっていたので、代わりに深いため息をつくのであった。
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