ドグマの城

やなぎ怜

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霎時施(こさめときどきふる)

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 しとしとと外で小雨が降りしきる中、チカはベッドで丸くなっていた。

 なんてことは――あるだろう。ひどい月経痛は放置しておくと大変なことになる。チカにだってそれくらいの知識はある。けれども今はどうこうできず、ただ嵐という名の痛みが去るのを待つことしかできない。

 これがなんらかの怪我であれば日が変わるまでの辛抱だ。この“城”の力なのか、チカたちの体質なのかは定かではないが、怪我をしても日をまたげば綺麗に治る。

 しかし、どうも月経痛はそのシステムの範疇外であるらしい。チカからすれば、理不尽極まりない。午前レイ時を過ぎても、月経痛は治まらないのだ。ただただ、痛みのピークが過ぎ去るのを待つしかないわけであった。

 そういうわけでチカはベッドの上で身を丸めて痛みが過ぎ去るのを待っている。掛け布団の中、腰の辺りには湯たんぽを常備して。その熱のお陰で痛みは多少マシであったが、まだ多少である。痛いものは痛い。

 こんな内側から引きちぎられるような痛みに襲われるのは久しぶりだった。

 チカの見た目はミドルティーンの子供である。それがこの月経痛とどうかかわってくるかは医者でもないのでわからないが、チカはこの痛みは年齢的なものもあるのではないかとにらんでいた。

 加えて、月経の周期が安定していないこともある。これも年齢的なものかもしれないし、もしかしたら環境の問題かもしれない。

 記憶喪失という状況は、明らかにストレス源であろう。チカ自身はあまり気にしないようにしているが、単純に考えて通常覚えているはずのことを、覚えていないことだらけというのは、ストレスになるだろう。

 チカは己が繊細な精神の持ち主だと思ったことはない。けれども図太いというほどでもないと思っており、とすればやはり記憶喪失がストレスとなって月経不順を引き起こしている可能性は、じゅうぶんにあるだろう。

 そして、そうやってチカが考えるということは、周囲の人間もその考えに至れるということを意味していた。チカはおどろくほどの知能もなければ、突飛な奇人変人でもなかったので、彼女と同じ道程をたどってその結果を出すのはなんら不思議なことではない。

 つまりは、心配をかけてしまっている。

 外で小雨が降りしきっているということは、空には雨雲が敷き詰められているのだろう。太陽の光がさえぎられて、“城”の内部は少し肌寒い。しかしストーブを使うほどでもないとチカは感じていたので、湯たんぽで暖を取っている。

 昼からずっとグロッキー状態のチカを、特にマシロと――アマネは心配をしてくれている。

 それはありがたく、一方で申し訳ない気持ちになる。うれしいが、なんとなく放っておいて欲しい気持ちにもなる。月経は病気ではないし、峠を越えればすぐに元気も復活することをわかっているからだろう。チカとしては今の状況はむずがゆいわけであった。

 繰り返しになるが、チカは己の神経を図太いとは思ってはいないものの、繊細なタチでもないと思っている。

 だから、他の六人が気にするように、記憶喪失の件がチカに大きな影響を――ストレスを――与えているとか、そういうことはあんまりないだろうと思っていた。

 六人は、どういうことか以前のチカについて手取り足取り懇切丁寧に教えてくれるわけではない。完全にそうではないにせよ、意図的にその話題を避けているフシがある。

 六人はそのことを、もしかしたら後ろめたく思っているのかもしれない。だからチカが体調を崩すと、チカが思っているよりも心配してくれるのかもしれない。

「おい、夕食持ってきたぞ。……起きれるか?」

 ぶっきらぼうな言葉とは対照的に、いつもより柔らかく聞こえる声でアマネが言う。

 チカがうとうととしているあいだに、アマネは夕食を済ませて部屋に戻ってきたようだ。わざわざチカの夕食を持って。

 チカは「起きてる」と取り繕って、緩慢な動作で上半身を起こした。

「食欲あるか?」
「……ある。たぶん」

 痛みを訴える子宮と、胃の位置が近いせいかイマイチ今の己がどれほど空腹であるのか、チカにはわからなかった。

 とは言え、わざわざ作ってもらった夕食を無下にするのも気が引ける。ベッドにいても食べやすいようにと考えたのだろう、中くらいのおにぎりふたつのうち、ひとつを手に取った。

「痛みは?」

 どこか険しさを感じられる表情のまま、アマネが湯たんぽを取り換えてくれる。掛け布団の内側に温かさが戻る。

 いつになく甲斐甲斐しいアマネに、チカはまたむずがゆさを覚えた。

「まだツライけど……今まで通りなら明日はもう普通に動けるようになるはず」
「……無理すんなよ」
「心配しすぎのような……」
「日をまたいでも治らねえんだから、心配もするだろ」

 もそもそとチカがおにぎりを頬張っているあいだに、アマネがグラスに水を注いでくれた。

 やはりいつになく甲斐甲斐しいとチカは思った。そしてやはり、それがむずがゆいような、気恥ずかしいような気持ちにさせられた。しかし当然、そんなアマネの優しさをうれしく思っているチカもいて。

「そんな深刻に考えなくても」

 言ったあとで、失敗したかなとチカは思った。謙虚も過ぎればただの嫌味だ。アマネが悪い風に受け取ってないことを祈りつつ、チカはちらりと上目遣いにアマネを見る。

 アマネは、

「……仲間だと思ってるんだから、心配くらいさせろ」

 とぶっきらぼうに言ったあと、顔をそらしてしまった。しかしランタンに照らされた横顔は、どこか赤くも見えて、チカはまたうれしくもむずがゆい気持ちにさせられたのであった。
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