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水泉動(しみずあたたかをふくむ)
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気がついたら寝ていた。チカは広いベッドの上で目を覚ました。ワンピースの下でうっすらと寝汗をかいているのがわかった。
頭痛がひどかったのだ。昼食を作り終えたころには食べる気力すらほとんどなく、作った昼食は無理やり胃に収めて自室に戻った。
そしてベッドに横になったのだが、いつの間にか寝落ちしてしまっていたようだ。
寝ぼけまなこを動かして、ぼんやりと視界に入る景色を見る。見慣れた天井、次いで鎧戸でふさがれた窓が目に入る。鎧戸の隙間には光が見えない。
ここのところ日が落ちるのはずいぶんと早くなっている。チカには今が日が落ちたばかりなのか、夜中なのか判断がつかなかった。
ぼんやりとしているうちに目が覚めてきた。ひどかった頭痛は、今は治まっている。チカはそのことを認識し、ホッと安堵の息を吐いた。
そして気づいたのだが、ベッドのそばにアマネがいる。わざわざイスを持ってきて、ベッドの脇で座って読書をしているのだ。チカはそのことに気づいた瞬間、ちょっとだけびっくりした。
前髪をかきわけるように額に手をやり、そのまま緩慢な動作で上半身を起こした。体を動かしても頭痛はなく、再度安堵する。
「起きたのか」
アマネが開いていた本を閉じ、ぶっきらぼうな口調で言う。
チカは手短に「夕食は?」と聞いた。
「もう終わった。……おにぎりなら主室に置いてある」
「そっか、ありがと。ってかそんなに寝てたのかー……」
チカとしてはさほど長い時間眠っていた感覚はない。つい先ほどまで起きていて、ちょっと眠ったら時間が飛んでいた。そんな感覚だ。
「あ、お風呂も入らないとなあ……」
「つらいなら一日くらい入らなくてもいいだろ。今は冬だし」
「もうつらくないから入るよ」
「……大丈夫なのか?」
そう言ったアマネの顔が、あんまりにも心配そうだったので、チカは吹き出しそうになった。
アマネは仏頂面でいることが多い。しかしそれはチカからすると思春期の弟のようなものだ。特に、こういうときにちゃんとこちらを心配してくれるので、余計にそんな風に思ってしまう。
とは言え、心配してくれること自体は純粋にうれしい。アマネにとって、己は「どうでもいい」人間ではないということがわかるから。ちょっとした優越感がくすぐられる。
「今は大丈夫」
冬に入ってから、チカの頭痛の頻度は高くなるばかりだ。気温が関係しているのかまではよくわからない。ただ、本格的な冬に入ってからはひどくなる一方なので、季節が関係しているのではないかとチカは思っている。
内側から割れるような頭痛。床に転がって叫びたくなるほどのひどさではないが、なにかをする気力が奪われるのはたしかなので、困ったものだ。
しかし他の六人には心配をかけたくなくて、チカは我慢しがちだった。ストレートに「つらい」と主張することは、チカにとってはちょっとハードルがある。もちろん倒れては元も子もないから、本当にどうしようもなくつらいときは、きちんと自己申告はするが。
そんなチカの胸中を見透かしているのかいないのか、アマネは黙ってしまう。眉間にしわが寄っている。なにか難しいことを考えているのかもしれない。
だがチカはエスパーではないし、人の胸中を察することに長けているわけでもないので、アマネがなぜ黙りこくってしまったのかは、わからない。
ふたりのあいだに沈黙が落ちる。
ややあって、アマネが口を開いた。至極言いにくそうに言葉を紡ぐ。
「……お前のことだが」
「私?」
「以前のお前についていつかは話すって言ったが……」
そこでまたアマネは口を閉ざしてしまった。どういう言葉を選べばいいのかわからない。そんな風に迷っているようにチカには見えた。
アマネが言いにくそうにしているのは、珍しい。アマネは割と、言うべきときにはハッキリと言うタイプだ。そんなアマネが言い淀んでいる。
沈黙の居心地が悪くて、チカはアマネに助け舟を出すような言葉を口にする。
「別に気にしてないよ。待つって決めたから、いつまででも待つし……」
それはチカの偽らざる本心ではあった。あったが、一方で早く知れるのであれば知りたいというのも本心ではあった。
以前のチカについて話してもらえれば、それが呼び水になって忘れ去られた記憶が蘇るかもしれない。チカはそんな風に思っていた。いや、そう思いたかった。
六人と暮らしているうちに、彼ら彼女らに対してそれなりに愛着を持つに至った。だからこそ、以前の記憶を思い出したいという思いは強くなるばかりだ。六人とのこれまでの思い出を、失われたままにするのはなんだかさみしい。
けれども理由は定かではないが、六人がチカの過去について具体的に言及する機会はほとんどない。それが意図的なものだということはチカもわかっている。
だからと言って話をするよう、ゆするようなマネをしたくはない。今の関係も居心地がいいと感じているからこそ、そういう強引な手には打って出られないわけであった。
だからチカは以前決めた通りに、「待つ」という選択肢を取るしかない。
「……ううん。気にしてないわけじゃないけど、一度待つって決めたから、待つよ。別に意地悪で話さないわけじゃないってわかってるし」
アマネが沈痛な面持ちでチカを見る。チカは、なぜアマネがそんな顔をするかわからなかった。チカの過去はよほど陰惨なのだろうか。思い出さないほうがいいと言うくらいに。
「いつか話してくれるならそれでいいよ。でも絶対いつかは話してね? みんなとの思い出とか、やっぱり忘れたままってさみしいからさ」
「……ああ。……いつかは、話す」
「うん。いつまででだって待ってるから」
頭痛がひどかったのだ。昼食を作り終えたころには食べる気力すらほとんどなく、作った昼食は無理やり胃に収めて自室に戻った。
そしてベッドに横になったのだが、いつの間にか寝落ちしてしまっていたようだ。
寝ぼけまなこを動かして、ぼんやりと視界に入る景色を見る。見慣れた天井、次いで鎧戸でふさがれた窓が目に入る。鎧戸の隙間には光が見えない。
ここのところ日が落ちるのはずいぶんと早くなっている。チカには今が日が落ちたばかりなのか、夜中なのか判断がつかなかった。
ぼんやりとしているうちに目が覚めてきた。ひどかった頭痛は、今は治まっている。チカはそのことを認識し、ホッと安堵の息を吐いた。
そして気づいたのだが、ベッドのそばにアマネがいる。わざわざイスを持ってきて、ベッドの脇で座って読書をしているのだ。チカはそのことに気づいた瞬間、ちょっとだけびっくりした。
前髪をかきわけるように額に手をやり、そのまま緩慢な動作で上半身を起こした。体を動かしても頭痛はなく、再度安堵する。
「起きたのか」
アマネが開いていた本を閉じ、ぶっきらぼうな口調で言う。
チカは手短に「夕食は?」と聞いた。
「もう終わった。……おにぎりなら主室に置いてある」
「そっか、ありがと。ってかそんなに寝てたのかー……」
チカとしてはさほど長い時間眠っていた感覚はない。つい先ほどまで起きていて、ちょっと眠ったら時間が飛んでいた。そんな感覚だ。
「あ、お風呂も入らないとなあ……」
「つらいなら一日くらい入らなくてもいいだろ。今は冬だし」
「もうつらくないから入るよ」
「……大丈夫なのか?」
そう言ったアマネの顔が、あんまりにも心配そうだったので、チカは吹き出しそうになった。
アマネは仏頂面でいることが多い。しかしそれはチカからすると思春期の弟のようなものだ。特に、こういうときにちゃんとこちらを心配してくれるので、余計にそんな風に思ってしまう。
とは言え、心配してくれること自体は純粋にうれしい。アマネにとって、己は「どうでもいい」人間ではないということがわかるから。ちょっとした優越感がくすぐられる。
「今は大丈夫」
冬に入ってから、チカの頭痛の頻度は高くなるばかりだ。気温が関係しているのかまではよくわからない。ただ、本格的な冬に入ってからはひどくなる一方なので、季節が関係しているのではないかとチカは思っている。
内側から割れるような頭痛。床に転がって叫びたくなるほどのひどさではないが、なにかをする気力が奪われるのはたしかなので、困ったものだ。
しかし他の六人には心配をかけたくなくて、チカは我慢しがちだった。ストレートに「つらい」と主張することは、チカにとってはちょっとハードルがある。もちろん倒れては元も子もないから、本当にどうしようもなくつらいときは、きちんと自己申告はするが。
そんなチカの胸中を見透かしているのかいないのか、アマネは黙ってしまう。眉間にしわが寄っている。なにか難しいことを考えているのかもしれない。
だがチカはエスパーではないし、人の胸中を察することに長けているわけでもないので、アマネがなぜ黙りこくってしまったのかは、わからない。
ふたりのあいだに沈黙が落ちる。
ややあって、アマネが口を開いた。至極言いにくそうに言葉を紡ぐ。
「……お前のことだが」
「私?」
「以前のお前についていつかは話すって言ったが……」
そこでまたアマネは口を閉ざしてしまった。どういう言葉を選べばいいのかわからない。そんな風に迷っているようにチカには見えた。
アマネが言いにくそうにしているのは、珍しい。アマネは割と、言うべきときにはハッキリと言うタイプだ。そんなアマネが言い淀んでいる。
沈黙の居心地が悪くて、チカはアマネに助け舟を出すような言葉を口にする。
「別に気にしてないよ。待つって決めたから、いつまででも待つし……」
それはチカの偽らざる本心ではあった。あったが、一方で早く知れるのであれば知りたいというのも本心ではあった。
以前のチカについて話してもらえれば、それが呼び水になって忘れ去られた記憶が蘇るかもしれない。チカはそんな風に思っていた。いや、そう思いたかった。
六人と暮らしているうちに、彼ら彼女らに対してそれなりに愛着を持つに至った。だからこそ、以前の記憶を思い出したいという思いは強くなるばかりだ。六人とのこれまでの思い出を、失われたままにするのはなんだかさみしい。
けれども理由は定かではないが、六人がチカの過去について具体的に言及する機会はほとんどない。それが意図的なものだということはチカもわかっている。
だからと言って話をするよう、ゆするようなマネをしたくはない。今の関係も居心地がいいと感じているからこそ、そういう強引な手には打って出られないわけであった。
だからチカは以前決めた通りに、「待つ」という選択肢を取るしかない。
「……ううん。気にしてないわけじゃないけど、一度待つって決めたから、待つよ。別に意地悪で話さないわけじゃないってわかってるし」
アマネが沈痛な面持ちでチカを見る。チカは、なぜアマネがそんな顔をするかわからなかった。チカの過去はよほど陰惨なのだろうか。思い出さないほうがいいと言うくらいに。
「いつか話してくれるならそれでいいよ。でも絶対いつかは話してね? みんなとの思い出とか、やっぱり忘れたままってさみしいからさ」
「……ああ。……いつかは、話す」
「うん。いつまででだって待ってるから」
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