74 / 78
雉始雊(きじはじめてなく)
しおりを挟む
「あれはキジの求愛の声だよ」
“城”の外から「ケーン、ケーン」という鳴き声が響いてきたのに耳を傾けていれば、隣にいたマシロがそう言った。
「マシロってキジは見たことあるの?」
「図鑑で見たよ。あと肉も食べたことある」
「へー」
ちなみにチカはすぐにキジの姿を思い浮かべることができたが、その知識はマシロのように図鑑などを由来とするものなのか、実際に目にしたことがあっての記憶なのかまでは、わからなかった。
「求愛と言えば」
チカはマシロの話の矛先が己に向かうのを感じ取った。ドキッと心臓が小さく跳ねて、なんとなく居心地の悪い気持ちになる。
マシロはいつもの無邪気な目でチカを見た。
「アマネとはどう?」
「どうもこうも……ただ部屋をシェアしている相手、以上のことはないよ」
「ふーん。でもアマネがどう思ってるかはわからないよね」
「えー……マシロは私とアマネがどうにかなって欲しいの?」
「まあね」
チカはてっきり「そういうわけじゃないけど」というような、否定の言葉が返ってくるのではないかと思っていた。が、違った。その予測はチカの淡い期待が見せた一時の幻だったようだ。
「それって……私の過去と関係ある感じ?」
「うーん……そういうわけじゃないけど」
今度は肯定の言葉が返ってくると思いきや、否定の言葉がやってきた。なかなか、今日のマシロの反応は読めない。単にチカが少々動揺してしまっているから、という理由もあるかもしれないが。
「でもさ、親しい相手がいるのっていいことだと思うんだよね」
「それは友達のままじゃダメなの? 私は……他のみんなとは割と親しくできてると思っているけれど」
チカはちょっと嘘をついた。マシロやササとは親しくできている自覚はあったが、そのほかの男性陣とは言うほど仲が良いというわけではない。しかし、信用はしている。愉快犯的気質があるアオだけは、ちょっとそれも怪しいが……。
「うーん、だってアマネってチカのこと好きでしょ? だからふたりが親しくなったらうれしいなって、それだけ」
「いや……アマネは別に私のことをそういう意味で好きなわけじゃないんじゃないかな……」
「そうかな」
「そうだよ。だって別に、口説かれたりしたこともないし……。それに、いっしょのベッドで寝てるけど、なんていうか……危機感? みたいなものは感じたことないし」
アマネは仏頂面でいることばかりだし、言葉遣いもぶっきらぼうで荒いが、態度はそこまでつっけんどんというわけではない。だからチカはアマネを信頼していた。同じベッドを共有していても、それをイヤだと思ったこともなければ、怖いと思ったこともない。
けれどもだからと言って、それを即、己への好意につなげるのは、いささか短絡的過ぎる。
単にアマネは表面的なものから感じられる印象よりも、紳士的。そういうことだろう。チカはそう捉えていた。
「そうなんだ。……じゃあチカはアマネのこと、好き?」
「友愛的な意味でね」
「……チカはアマネに対してクールだね」
「そう?」
マシロにそう言われたものの、冷淡であるつもりはなかったので首をかしげざるを得ない。
「でもさ、記憶が戻ったときにアマネとどうにかなってたら、私が困らないかなって思っちゃうんだよね」
「そう思うとアマネとどうこうなりたいと思えない?」
「だって……怖くない?」
未だに記憶が戻らない状態には、もはや慣れてしまってきている。
しかしそれでもチカはいつかは失われた記憶が再び戻ってくると半ば信じて疑っていなかった。そしてそのときのことを考えると、大きく現在の人間関係を変えるのは得策ではない。そう考えていた。
「……もうすぐチカが記憶喪失になってから一年経つけど」
「そうだね。時が流れるのは早いね……」
「ごめんね、チカ」
「え?」
「なんかチカの知りたいこと全然話せなくて。あと別にアマネと絶対にくっついで欲しいとか思ってるわけじゃないから。ただ、ふたりには幸せでいて欲しいなって、思ってるだけだから」
マシロの言葉に、チカは困惑することしかできなかった。
「オレは……チカとアマネが幸せだったら、それでよかった」
独り言のようなマシロの言葉を受け取ったあと、チカの頭を痛みが襲う。
内側から割れるような痛みだった。
“城”の外から「ケーン、ケーン」という鳴き声が響いてきたのに耳を傾けていれば、隣にいたマシロがそう言った。
「マシロってキジは見たことあるの?」
「図鑑で見たよ。あと肉も食べたことある」
「へー」
ちなみにチカはすぐにキジの姿を思い浮かべることができたが、その知識はマシロのように図鑑などを由来とするものなのか、実際に目にしたことがあっての記憶なのかまでは、わからなかった。
「求愛と言えば」
チカはマシロの話の矛先が己に向かうのを感じ取った。ドキッと心臓が小さく跳ねて、なんとなく居心地の悪い気持ちになる。
マシロはいつもの無邪気な目でチカを見た。
「アマネとはどう?」
「どうもこうも……ただ部屋をシェアしている相手、以上のことはないよ」
「ふーん。でもアマネがどう思ってるかはわからないよね」
「えー……マシロは私とアマネがどうにかなって欲しいの?」
「まあね」
チカはてっきり「そういうわけじゃないけど」というような、否定の言葉が返ってくるのではないかと思っていた。が、違った。その予測はチカの淡い期待が見せた一時の幻だったようだ。
「それって……私の過去と関係ある感じ?」
「うーん……そういうわけじゃないけど」
今度は肯定の言葉が返ってくると思いきや、否定の言葉がやってきた。なかなか、今日のマシロの反応は読めない。単にチカが少々動揺してしまっているから、という理由もあるかもしれないが。
「でもさ、親しい相手がいるのっていいことだと思うんだよね」
「それは友達のままじゃダメなの? 私は……他のみんなとは割と親しくできてると思っているけれど」
チカはちょっと嘘をついた。マシロやササとは親しくできている自覚はあったが、そのほかの男性陣とは言うほど仲が良いというわけではない。しかし、信用はしている。愉快犯的気質があるアオだけは、ちょっとそれも怪しいが……。
「うーん、だってアマネってチカのこと好きでしょ? だからふたりが親しくなったらうれしいなって、それだけ」
「いや……アマネは別に私のことをそういう意味で好きなわけじゃないんじゃないかな……」
「そうかな」
「そうだよ。だって別に、口説かれたりしたこともないし……。それに、いっしょのベッドで寝てるけど、なんていうか……危機感? みたいなものは感じたことないし」
アマネは仏頂面でいることばかりだし、言葉遣いもぶっきらぼうで荒いが、態度はそこまでつっけんどんというわけではない。だからチカはアマネを信頼していた。同じベッドを共有していても、それをイヤだと思ったこともなければ、怖いと思ったこともない。
けれどもだからと言って、それを即、己への好意につなげるのは、いささか短絡的過ぎる。
単にアマネは表面的なものから感じられる印象よりも、紳士的。そういうことだろう。チカはそう捉えていた。
「そうなんだ。……じゃあチカはアマネのこと、好き?」
「友愛的な意味でね」
「……チカはアマネに対してクールだね」
「そう?」
マシロにそう言われたものの、冷淡であるつもりはなかったので首をかしげざるを得ない。
「でもさ、記憶が戻ったときにアマネとどうにかなってたら、私が困らないかなって思っちゃうんだよね」
「そう思うとアマネとどうこうなりたいと思えない?」
「だって……怖くない?」
未だに記憶が戻らない状態には、もはや慣れてしまってきている。
しかしそれでもチカはいつかは失われた記憶が再び戻ってくると半ば信じて疑っていなかった。そしてそのときのことを考えると、大きく現在の人間関係を変えるのは得策ではない。そう考えていた。
「……もうすぐチカが記憶喪失になってから一年経つけど」
「そうだね。時が流れるのは早いね……」
「ごめんね、チカ」
「え?」
「なんかチカの知りたいこと全然話せなくて。あと別にアマネと絶対にくっついで欲しいとか思ってるわけじゃないから。ただ、ふたりには幸せでいて欲しいなって、思ってるだけだから」
マシロの言葉に、チカは困惑することしかできなかった。
「オレは……チカとアマネが幸せだったら、それでよかった」
独り言のようなマシロの言葉を受け取ったあと、チカの頭を痛みが襲う。
内側から割れるような痛みだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる